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52 雨の馬車道
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翌朝、休憩のために立ち寄った街で外を見ると、昨日より落ち着いたとはいえ、雨は降り続いている。
あずきはすっかり眠っていたから気付かなかったが、何でも夜中は結構な大雨だったらしい。
「馬車を走らせて正解でしたね。王都のそばの道では土砂崩れがあったそうです。暫くは通行できないでしょう」
馬車に戻ったサイラスは、朝食のパンをあずきに渡すとそう言って外を眺めた。
見れば緑や白の豆が入っているが、この国はパンひとつでも豆を切り離せないらしい。
豆にはほんのりと塩味が利いており、パンの甘みを引き立てて、美味しかった。
「今夜遅くなる前には、神殿に到着すると思います」
「遠いのね」
既に夜通し馬車で移動しているのに、まだ道のりの半分程度ということか。
「そうですね。王領の果てですので。普通ならば二泊ほどかけて移動します。今回は雨のせいで負担をかけることになって、申し訳ありません」
「サイラスのせいじゃないし、行きたいとお願いしたのは私だから。気にしないで」
あずきは豆のパンを食べると、渡された瓶のジュースを飲みほした。
結局、豆の神殿に到着したのは、日が落ちた頃。
雨はほとんどやんでいて、暗い空にはいくつか星の光を見ることもできた。
真っ白な石造りの神殿は暗い中でも光を浴びたように際立って見えて、日本のライトアップされた寺院を思い起こさせる。
中に入って通された部屋は王宮に比べれば小ぶりとはいえ、一般的日本人からすると十分すぎる広さの部屋だ。
無駄な装飾はなく色合いも落ち着いた雰囲気で、ソファーとテーブルのある部屋の奥には寝室がある。
ソファーに腰かけて深く息を吐くと、髪が赤褐色のままだったことに気付いた。
「もう神殿の中だから、いいよね」
ふと思い出してポケットを探ってみると、黄緑色の豆ケースが入っていたことに気付く。
持ってくるつもりはなかったが、ポケットに入れたままだったらしい。
せっかくなので中にエンドウ豆が入っていないか見てみると、いくつかの豆と共にピンク色の落花生が目に入る。
連絡を取るための豆……クライヴが片方を持っている豆だ。
何となく見たくなくて、エンドウ豆を取り出すとすぐに豆ケースの蓋を閉じる。
「黒に戻して。――〈エンドウ豆の三色〉」
豆が光って消えると、あずきの髪は見慣れた黒髪に戻る。
それを見ると、何だかどっと疲れを感じた。
少し気分を変えようと窓を開けると、すっかり晴れた夜空に金色の月が昇っている。
淡く輝く金色の月は、クライヴの髪の色にも似ていた。
「嫌だ。恋する乙女じゃないんだから」
自分の考えに思わず苦笑しながらも、月から目を逸らせない。
「心配……しているかな」
サイラスの伝言が伝えられているだろうし、豆の聖女が神殿に行くことは何の問題もないだろう。
かえって、無駄に時間を取られないことを喜んでいるかもしれない。
あずきがいなければ、ナディアに会いに行くことも可能だ。
「……クライヴにとっては、いいことしかないのか」
少し、寂しいと思う。
だが、そう思う方が間違いなのだ。
あずきは豆の聖女として、この世界に召喚された。
聖女として振る舞い、神の豆を育て、そして帰る。
だから、これでいい。
「そうよ。帰ったら、学校もある。推薦入学は決まっているけど、授業はあるんだから。ついていけるかなあ」
羊羹男の計らいで行方不明になっていないのはありがたいが、授業の遅れを取り戻すのは大変そうだ。
クライヴのことを考えている余裕なんてないだろう。
「まあ、まずはせっかく神殿に来たんだから、豆魔法のことを調べよう」
当面の目標を決めると、あずきは窓を閉めて眠りについた。
翌日、朝から風呂に入ってさっぱりすると、用意されていたのは真っ白なワンピースのようなものだった。
ゆったりとした袖で、丈は足首に届きそうなほど長い。
ワンピースは頭と手を通せばいいので何とかなったが、一緒に用意されていた着物の帯のようなものの使用法がよくわからない。
腰に巻けばいいのかとも思ったが、聞いてみた方が早い。
なので用意されていた水を飲んで部屋で待っていると、ノックして入ってきたのはサイラスだった。
「ああ、神官服もとてもお似合いですよ」
紺色の瞳を細めた笑顔は、やはりクライヴに少し似ている。
何となく見たくなくて、コップを置くふりをして視線を逸らした。
「それで、何故そちらはテーブルの上に置いてあるのですか?」
謎の帯を見て不思議そうなサイラスに使い道がわからないと伝えると、困ったように苦笑する。
そういう顔も似ているから、本当に困ってしまう。
「こうして肩にかけて、腰のところでこの留め具を使います」
サイラスは赤褐色の帯のようなものを手に取ると、あずきの肩にかける。
左肩から斜めにおろした帯を、右の腰のあたりで淡い緑色の石がついた留め具で固定した。
「この小豆色は、神殿の中でも最高位の色です。神官長と限られた神官だけが身に着けることを許されています」
確かに、サイラスが下げている帯も、赤褐色……いや、小豆色だ。
あずきはすっかり眠っていたから気付かなかったが、何でも夜中は結構な大雨だったらしい。
「馬車を走らせて正解でしたね。王都のそばの道では土砂崩れがあったそうです。暫くは通行できないでしょう」
馬車に戻ったサイラスは、朝食のパンをあずきに渡すとそう言って外を眺めた。
見れば緑や白の豆が入っているが、この国はパンひとつでも豆を切り離せないらしい。
豆にはほんのりと塩味が利いており、パンの甘みを引き立てて、美味しかった。
「今夜遅くなる前には、神殿に到着すると思います」
「遠いのね」
既に夜通し馬車で移動しているのに、まだ道のりの半分程度ということか。
「そうですね。王領の果てですので。普通ならば二泊ほどかけて移動します。今回は雨のせいで負担をかけることになって、申し訳ありません」
「サイラスのせいじゃないし、行きたいとお願いしたのは私だから。気にしないで」
あずきは豆のパンを食べると、渡された瓶のジュースを飲みほした。
結局、豆の神殿に到着したのは、日が落ちた頃。
雨はほとんどやんでいて、暗い空にはいくつか星の光を見ることもできた。
真っ白な石造りの神殿は暗い中でも光を浴びたように際立って見えて、日本のライトアップされた寺院を思い起こさせる。
中に入って通された部屋は王宮に比べれば小ぶりとはいえ、一般的日本人からすると十分すぎる広さの部屋だ。
無駄な装飾はなく色合いも落ち着いた雰囲気で、ソファーとテーブルのある部屋の奥には寝室がある。
ソファーに腰かけて深く息を吐くと、髪が赤褐色のままだったことに気付いた。
「もう神殿の中だから、いいよね」
ふと思い出してポケットを探ってみると、黄緑色の豆ケースが入っていたことに気付く。
持ってくるつもりはなかったが、ポケットに入れたままだったらしい。
せっかくなので中にエンドウ豆が入っていないか見てみると、いくつかの豆と共にピンク色の落花生が目に入る。
連絡を取るための豆……クライヴが片方を持っている豆だ。
何となく見たくなくて、エンドウ豆を取り出すとすぐに豆ケースの蓋を閉じる。
「黒に戻して。――〈エンドウ豆の三色〉」
豆が光って消えると、あずきの髪は見慣れた黒髪に戻る。
それを見ると、何だかどっと疲れを感じた。
少し気分を変えようと窓を開けると、すっかり晴れた夜空に金色の月が昇っている。
淡く輝く金色の月は、クライヴの髪の色にも似ていた。
「嫌だ。恋する乙女じゃないんだから」
自分の考えに思わず苦笑しながらも、月から目を逸らせない。
「心配……しているかな」
サイラスの伝言が伝えられているだろうし、豆の聖女が神殿に行くことは何の問題もないだろう。
かえって、無駄に時間を取られないことを喜んでいるかもしれない。
あずきがいなければ、ナディアに会いに行くことも可能だ。
「……クライヴにとっては、いいことしかないのか」
少し、寂しいと思う。
だが、そう思う方が間違いなのだ。
あずきは豆の聖女として、この世界に召喚された。
聖女として振る舞い、神の豆を育て、そして帰る。
だから、これでいい。
「そうよ。帰ったら、学校もある。推薦入学は決まっているけど、授業はあるんだから。ついていけるかなあ」
羊羹男の計らいで行方不明になっていないのはありがたいが、授業の遅れを取り戻すのは大変そうだ。
クライヴのことを考えている余裕なんてないだろう。
「まあ、まずはせっかく神殿に来たんだから、豆魔法のことを調べよう」
当面の目標を決めると、あずきは窓を閉めて眠りについた。
翌日、朝から風呂に入ってさっぱりすると、用意されていたのは真っ白なワンピースのようなものだった。
ゆったりとした袖で、丈は足首に届きそうなほど長い。
ワンピースは頭と手を通せばいいので何とかなったが、一緒に用意されていた着物の帯のようなものの使用法がよくわからない。
腰に巻けばいいのかとも思ったが、聞いてみた方が早い。
なので用意されていた水を飲んで部屋で待っていると、ノックして入ってきたのはサイラスだった。
「ああ、神官服もとてもお似合いですよ」
紺色の瞳を細めた笑顔は、やはりクライヴに少し似ている。
何となく見たくなくて、コップを置くふりをして視線を逸らした。
「それで、何故そちらはテーブルの上に置いてあるのですか?」
謎の帯を見て不思議そうなサイラスに使い道がわからないと伝えると、困ったように苦笑する。
そういう顔も似ているから、本当に困ってしまう。
「こうして肩にかけて、腰のところでこの留め具を使います」
サイラスは赤褐色の帯のようなものを手に取ると、あずきの肩にかける。
左肩から斜めにおろした帯を、右の腰のあたりで淡い緑色の石がついた留め具で固定した。
「この小豆色は、神殿の中でも最高位の色です。神官長と限られた神官だけが身に着けることを許されています」
確かに、サイラスが下げている帯も、赤褐色……いや、小豆色だ。
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