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53 豆青の瞳の呪縛
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「……ということは、この緑色の石って」
「豆がモチーフです。留め具は豆の緑色が尊いとされています。王家の色である豆青の次に、この緑色ですね」
「それ、聞いたことがある色だわ」
確か、豆青は王家の象徴なのだとクライヴが言っていた。
「王位を継ぐのは、豆青の瞳を持つ者と決まっています。同時に、豆の聖女と契約して召喚できるのも、豆青の瞳を持つ者だけです」
あずきが会った中でミントグリーン……豆青の瞳を持つ人は、国王とクライヴだけだ。
サイラスは弟だが瞳の色は紺色で、他に兄弟がいるという話も聞かない。
異世界に渡る時に聖女と契約できなければ猫の姿のままだった、とクライヴは言っていた。
そんな冒険を国王がするわけにもいかなかったのだろうから、実質クライヴ以外に聖女の契約者になれる人物はいなかったというわけか。
豆青の瞳がただの呪縛のようで、ますます不憫だ。
早く解放してあげたいが、とりあえず今は離れて豆魔法を学ぶのが得策だろう。
サイラスに案内されて神殿の中を歩く。
さすがは豆の神殿を名乗るだけあって、敷地も建物も広い。
そして、無駄に豆の装飾が多い。
椅子の背もたれに豆、階段の手すりに豆、扉にも豆、床にも豆。
他がシンプルなせいで、余計に豆の存在が際立ち、気になって仕方なかった。
「そうだ。豆といえば、王都の噴水の猫の像。ここに、元になった猫の像があるって聞いたわ」
「噴水。……ああ、豆猫様ですね。でしたら、こちらです」
いくつかの部屋を抜けて到着したそこには、一体の石像が安置されていた。
あずきの背よりもずっと高い位置にあるそれを見た瞬間、あずきの脳裏に亡き愛猫ササゲの姿が思い浮かんだ。
「これは、神の化身といわれる猫の姿を模した像で……どうしました? アズキ様」
サイラスに声をかけられて、あずきは自分が涙ぐんでいることに気付く。
ただの石像で、ササゲではない。
なのに、こんなに懐かしい。
この一年、薄々感じていたが、あずきはササゲの死をまだ十分に受け入れ切れていない。
だから、ただの猫の像にさえ、こんなに反応してしまうのだろう。
「ごめんなさい。飼っていた猫に似ていたの」
「その猫は?」
「一年前に死んだわ」
「そうですか」
サイラスは目を伏せてうなずくと、猫の像を見上げる。
「異世界での猫は、こちらでは人の姿だと言われています。私がその猫なら、アズキ様の涙を止められるのですが」
そう言うと、視線を戻したサイラスがあずきの手にそっと自身の手を重ねた。
「どうぞ、何かあれば私を頼ってください。微力ながら、アズキ様の力となるべく尽くします」
一瞬びっくりするが、すぐにサイラスの手をゆっくりと放す。
「ありがとう。でも、そういうのはいいよ。無理はしないで。……クライヴみたいに、役割に縛り付けたくない」
「殿下は契約者ですので、確かに縛られる部分はあったかもしれません。ですが、私はただの神官。アズキ様には敬愛の情をもって接していますので、気になさらないでください」
「うん。ありがとう」
サイラスは最初からあずきを聖女として扱っていると宣言しているぶんだけ、少し気が楽になる。
だが瞳の色は違えど兄弟ゆえにクライヴと顔が似ているので、あまり会いたくはなかった。
「そうだ。一応、手紙を書いておこうかな」
サイラスの伝言で既に事情は把握しているだろうが、あずき本人からも一言くらい説明をするべきだろう。
クライヴはきちんと役割を果たしてあずきをかまってくれたのだから、最低限の礼儀はわきまえなければいけない。
だが、紙を用意してもらっていざ書こうとして、重大な事実に気付いた。
「そうだ。私、文字は書けないんだ。日本語じゃ、読めないよね」
ポリーに見せた時に読めないと言われたから、日本語で書いても意味がない。
そこでふと閃いたあずきは、紙とペンをもって神殿の書庫に向かった。
王宮の書庫に負けず劣らず広い書庫に到着すると、テーブルに紙とペンを置き、本を探し始める。
自力で文字をかけないとはいえ、読むことはできる。
ならば、使えそうな文章を模写すればいいではないか。
我ながらナイスアイデアだと思ったのだが、ここは豆の神を祀る豆の神殿。
本を開けども開けども、豆や豆の神のことばかり書いてあるので、微妙に使えない。
「何なのよ。一冊くらい『やあ、ぼく羊羹男。元気に遊ぼう』とか言ってもいいじゃない」
羊羹男のテレビでの有名なセリフをブツブツと呟きながら探すが、やはりちょうどいい文章が見当たらない。
さすがに『豆の恩寵は国の隅々に及び、その豆の愛に感謝を捧げる』なんて手紙を送り付けたら、あずきがおかしくなったと騒ぎになりそうだ。
……いや、豆が大好きな豆王国だから、かえって喜ばれるのだろうか。
何とか『元気』という一言を見つけたあずきは、苦心してその文字を写すと、豆を入れて封をした。
疲れ切ったあずきはサイラスに手紙を王宮に出すようお願いすると、そのまま自室のベッドで横になる。
移動の疲れか、はたまた謎の豆な本を読みすぎたせいか。
そのままあずきはぐっすりと朝まで眠ってしまった。
「豆がモチーフです。留め具は豆の緑色が尊いとされています。王家の色である豆青の次に、この緑色ですね」
「それ、聞いたことがある色だわ」
確か、豆青は王家の象徴なのだとクライヴが言っていた。
「王位を継ぐのは、豆青の瞳を持つ者と決まっています。同時に、豆の聖女と契約して召喚できるのも、豆青の瞳を持つ者だけです」
あずきが会った中でミントグリーン……豆青の瞳を持つ人は、国王とクライヴだけだ。
サイラスは弟だが瞳の色は紺色で、他に兄弟がいるという話も聞かない。
異世界に渡る時に聖女と契約できなければ猫の姿のままだった、とクライヴは言っていた。
そんな冒険を国王がするわけにもいかなかったのだろうから、実質クライヴ以外に聖女の契約者になれる人物はいなかったというわけか。
豆青の瞳がただの呪縛のようで、ますます不憫だ。
早く解放してあげたいが、とりあえず今は離れて豆魔法を学ぶのが得策だろう。
サイラスに案内されて神殿の中を歩く。
さすがは豆の神殿を名乗るだけあって、敷地も建物も広い。
そして、無駄に豆の装飾が多い。
椅子の背もたれに豆、階段の手すりに豆、扉にも豆、床にも豆。
他がシンプルなせいで、余計に豆の存在が際立ち、気になって仕方なかった。
「そうだ。豆といえば、王都の噴水の猫の像。ここに、元になった猫の像があるって聞いたわ」
「噴水。……ああ、豆猫様ですね。でしたら、こちらです」
いくつかの部屋を抜けて到着したそこには、一体の石像が安置されていた。
あずきの背よりもずっと高い位置にあるそれを見た瞬間、あずきの脳裏に亡き愛猫ササゲの姿が思い浮かんだ。
「これは、神の化身といわれる猫の姿を模した像で……どうしました? アズキ様」
サイラスに声をかけられて、あずきは自分が涙ぐんでいることに気付く。
ただの石像で、ササゲではない。
なのに、こんなに懐かしい。
この一年、薄々感じていたが、あずきはササゲの死をまだ十分に受け入れ切れていない。
だから、ただの猫の像にさえ、こんなに反応してしまうのだろう。
「ごめんなさい。飼っていた猫に似ていたの」
「その猫は?」
「一年前に死んだわ」
「そうですか」
サイラスは目を伏せてうなずくと、猫の像を見上げる。
「異世界での猫は、こちらでは人の姿だと言われています。私がその猫なら、アズキ様の涙を止められるのですが」
そう言うと、視線を戻したサイラスがあずきの手にそっと自身の手を重ねた。
「どうぞ、何かあれば私を頼ってください。微力ながら、アズキ様の力となるべく尽くします」
一瞬びっくりするが、すぐにサイラスの手をゆっくりと放す。
「ありがとう。でも、そういうのはいいよ。無理はしないで。……クライヴみたいに、役割に縛り付けたくない」
「殿下は契約者ですので、確かに縛られる部分はあったかもしれません。ですが、私はただの神官。アズキ様には敬愛の情をもって接していますので、気になさらないでください」
「うん。ありがとう」
サイラスは最初からあずきを聖女として扱っていると宣言しているぶんだけ、少し気が楽になる。
だが瞳の色は違えど兄弟ゆえにクライヴと顔が似ているので、あまり会いたくはなかった。
「そうだ。一応、手紙を書いておこうかな」
サイラスの伝言で既に事情は把握しているだろうが、あずき本人からも一言くらい説明をするべきだろう。
クライヴはきちんと役割を果たしてあずきをかまってくれたのだから、最低限の礼儀はわきまえなければいけない。
だが、紙を用意してもらっていざ書こうとして、重大な事実に気付いた。
「そうだ。私、文字は書けないんだ。日本語じゃ、読めないよね」
ポリーに見せた時に読めないと言われたから、日本語で書いても意味がない。
そこでふと閃いたあずきは、紙とペンをもって神殿の書庫に向かった。
王宮の書庫に負けず劣らず広い書庫に到着すると、テーブルに紙とペンを置き、本を探し始める。
自力で文字をかけないとはいえ、読むことはできる。
ならば、使えそうな文章を模写すればいいではないか。
我ながらナイスアイデアだと思ったのだが、ここは豆の神を祀る豆の神殿。
本を開けども開けども、豆や豆の神のことばかり書いてあるので、微妙に使えない。
「何なのよ。一冊くらい『やあ、ぼく羊羹男。元気に遊ぼう』とか言ってもいいじゃない」
羊羹男のテレビでの有名なセリフをブツブツと呟きながら探すが、やはりちょうどいい文章が見当たらない。
さすがに『豆の恩寵は国の隅々に及び、その豆の愛に感謝を捧げる』なんて手紙を送り付けたら、あずきがおかしくなったと騒ぎになりそうだ。
……いや、豆が大好きな豆王国だから、かえって喜ばれるのだろうか。
何とか『元気』という一言を見つけたあずきは、苦心してその文字を写すと、豆を入れて封をした。
疲れ切ったあずきはサイラスに手紙を王宮に出すようお願いすると、そのまま自室のベッドで横になる。
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