神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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77 にゃわおん

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「え?」
「私としては、どの世界で何をしていようが、あずきが幸せならそれでいい。あずきの願いを叶えるために、その坊主を呼んだだけだ」

 さも当然とばかりにそう言ってティーカップを置いて羊羹男ヨウカンマンが立ち上がると、テーブルと椅子は光に包まれて消えた。

「だから、何で?」
 羊羹男ヨウカンマンはこれでも一応、神だ。
 ただの人間でしかないあずきのために何故ここまでするのか、どうしてもわからない。

「『幸せになってね』と言われたんだろう? だから、おまえは頑張っていた」
「……何でそれ、知ってるの」

 それは、あずきの実の母の遺言だ。
 あの言葉があったから、泣き暮らすことなく生活してきた。
 ものは考えようだと自分に言い聞かせ、楽しく幸せに生きるよう心掛けてきたのだ。

「まだ、わからんか」
 大袈裟に肩を竦めた羊羹男ヨウカンマンは、そのままあずきのそばに歩み寄ってきた。
「何が?」

「――にゃわおん」

 羊羹男ヨウカンマンの口が動くと、そこから出たのは猫の鳴き声だった。
 この鳴き声を、あずきは聞いたことがある。
 特徴のある、何度も何度も聞いた鳴き声。
 小さい頃からずっと一緒だった、あのふわふわの生き物の声。


『猫と豆は、共に神の使いです。この世界の者が異世界に渡ると猫の姿になり、逆にこの世界の猫は異世界の渡り人だと言われています。神もお休みなる際には猫の姿になると言われていますし、猫と豆は我が国ではとても大切な存在なのですよ』


 以前、サイラスに聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。
 豆猫様の噴水の石像、神殿の猫の石像……あれらは、神の仮の姿を模していると言っていた。
 それは、つまり。

「……ササゲ?」

「ササゲというのは、アズキが飼っていたという猫ですよね?」
 クライヴの質問にうなずくが、視線は羊羹男ヨウカンマンから逸らせない。

「やっと、気付いたか。呑気な娘だ」
 穏やかな笑みを浮かべる羊羹男ヨウカンマンに、あずきは思わず一歩近付く。
「嘘。本当に?」
「ああ。ちょっと色々あってな。あちらの世界で休息をとっていた」

「――モフモフは?」
 羊羹男ヨウカンマンの声を遮る勢いでそう言うと、頭部の羊羹がぷるりと揺れた。
「何?」

「ササゲはね、滑らかかつしっとりとして、さらさらふわふわの至極の肌触りなのよ。そんな、のっぺりつるりんベタベタした羊羹じゃない」
 ササゲのモフモフボディの魅力を熱く語ると、羊羹男ヨウカンマンは不満そうに眉を顰めた。

「失礼な。この気高き、あんこボディの素晴らしさがわからんのか」
「……お願い」
 今までの会話と鳴き声からして、疑っているわけではない。
 ただ、一年前にお別れしたあの猫に、もう一度会いたかった。

「……仕方ないな」


 羊羹男ヨウカンマンがそう呟いた次の瞬間、そこにいたのは一匹の猫だった。
 薄い小豆色の毛並み、ミントグリーンの瞳で、長いしっぽの先が少しだけ曲がっている。
 記憶の中のササゲそのものの猫が、そこにいた。

「ササゲ?」
「にゃーん」
 あずきの呼びかけに答える声も、昔と何ら変わらない。

「ササゲなのね?」
「にゃわおん」
 特徴的なその鳴き声を聞いて、あずきの目から涙がこぼれた。

「おいで」
 ササゲを抱っこすると、そのふわふわの毛に顔をうずめる。
「ササゲだあ……。この耳、この足、この肉球。肉球の香ばしい匂いに、お腹の匂い……」
 体中を撫で回してお腹に顔を突っ込むと、にゃにゃにゃとササゲがもがいて暴れ始めた。

「会いたかったよう、ササゲ。――ああ、目に毛が入った!」
「こっちはお腹がびしょ濡れだ、馬鹿ものが」
 あずきの手を離れたササゲは、あっという間に羊羹男ヨウカンマンの姿になり、自身の服の濡れっぷりを嘆いている。


「……満たされたか」
「うん。私の心に猫型の穴を開けたのはササゲなのに、ササゲが穴を埋めたわ」
「何のことだ?」
「いいの。こっちの話」

 濡れた服を羊羹男ヨウカンマンが撫でると、まるで元々濡れていなかったように綺麗に乾いている。
 やはり、この不思議生物は神らしいが、ササゲだとわかった今は何だか愛着が湧いていた。

「一時的とはいえ、私の主だった者の望みだ。少しくらいのサービスはしてやる」
「違うでしょ? 主じゃないよ。家族だよ」
 すると羊羹男ヨウカンマンはきょとんとして数回瞬きをし、そして笑った。

「ああ、そうだな。――おい、豆坊主。あずきを泣かせるなよ」
「――豆に誓って」
 クライヴが間髪入れずに答えたが、それは誓いになっているのだろうか。
 だが豆の神と豆王子の中で何かが通じ合っているらしく、二人共満足そうないい笑顔だ。


「……そろそろ、時間だな」

 羊羹男ヨウカンマンはそう言うと、背中のマントをはためかせた。
 風も無ければ動いてもいないので、恐らくは神の力による演出だろう。
 必要性はよくわからないが、何だか楽しそうなので突っ込まないでおこう。

「もう、会えないの?」
「いや。おまえは豆の聖女だ。それも、過去に類を見ないほどの豆の祝福を受けている。豆魔法であんこを捧げよ。さすれば、応えてやらんこともない」
 それはつまり、あんこを出せば会えるということか。
 あずきの瞳がきらりと輝いた。

「わかったわ。めちゃくちゃ、あんこを出すわ」
「えっ」
 隣のクライヴが少し怯えた声を出したが、聞かなかったことにしよう。

「そんなに頻回に呼ばれても、私にも出社日……いや、都合が」
 羊羹男ヨウカンマンまでもが引いているので、あずきは仕方なく息をついた。
「うん。たまにでいいよ」

「それじゃあな、アズキ。幸せになれよ」
 にこりと微笑むその姿は、幼児番組のヒーローというよりも父や兄に通じるものがある。
 あずきはうなずくと、今までの感謝を込めてできる限りの笑顔を返す。

「ありがとう、ササゲ。またね、羊羹男ヨウカンマン

 クライヴに抱き寄せられると、そのまま眩い光に包まれた。
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