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76 まさかの、あんこです
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「――何をしてるの? というか、一ヶ月?」
契約完了して元の世界に戻り、お墓参りをしてこの真っ白空間に戻ってきた。
あずきとしては数時間の出来事なのだが、これは時間の流れが違うということなのか。
「はい。契約を終えて、アズキが元の世界に帰って、もう一ヶ月です。その間、一日たりともアズキのことを忘れたことはありません」
「そりゃあ、それだけあんこを食べていたら、小豆まみれだわ」
一ヶ月あんこというのが、毎日おやつにあんこを食べる程度なのか、三食欠かさずにあんこを食べるほどなのかはわからない。
だが、何にしても小豆を摂取しすぎだと思う。
「違います。あなたのことです」
クライヴがあずきの手を包み込むように、ぎゅっと握りしめる。
「あんこを克服した今、自信をもってようやく言えます。――アズキ、好きです」
その言葉に、あずきの鼓動が跳ねる。
だが、それよりも気になることがあった。
「……ちょっと待って。何それ? 今まで、あんこ待ちだったの?」
「図らずも」
「何なのよ、あんこ!」
クライヴが好意を持ってくれていたというのは、素直に嬉しい。
だが、それを阻んでいたのが世界や身分の違いでも、美しい他の女性でもなく――あんこ。
つまり今まであずきが悩んでいたあれこれは、すべてあんこが原因とも言える。
……あずきは人生で初めて、あんこに敵意を感じた。
「それに、アズキは元の世界に帰りたいのだと思っていました。だから迷惑をかけてはいけないと、我慢して。……でも、離れて痛感しました。アズキがいない世界は、つらいです」
そう言うと、その場にひざまずいてあずきの手を取った。
「――好きです。俺と共に、リスト王国に来てください」
金髪美少年な王子が、ひざまずいて手を取り、告白と共に国に一緒に来てほしいと言う。
あずきの鼓動は今や軽快なステップを踏んで小躍りしていた。
……だが、その話の前に伝えたいことがある。
「私、別にクライヴがあんこ嫌いでも良かったわよ?」
「――ええ? そんな馬鹿な。だって、アズキの魔法が。……俺にあんこやあんこクッキーを何度も勧めたじゃありませんか」
驚愕という言葉がぴったりの表情で、クライヴが訴える。
この言い方だと、あんこクッキーを勧められるのはクライヴにとって苦痛だったのだろう。
「あれは、単なる甘味としての差し入れよ。嫌いだと知っていたら、あげなかったわ」
好意を持つ相手に、あえて嫌いな食べ物を食べさせるような歪んだ性癖など、持っていない。
「そ、そうだったんですか。俺はてっきり、あんこを浴びるように食べない俺に、魅力を感じていないのだとばかり」
「何なの、それ。豆王国の魅力の基準がよくわからないわ」
「リスト王国です」
「はいはい。豆と猫とイケメンの王国ね」
律儀に訂正してくるクライヴをあしらうと、あずきはため息をついた。
まさかあんこの差し入れが事態を悪化させていたとは。
ますます、あんこへの敵意が育ちそうだ……あんこ自体に罪がないのは、わかっているが。
考え込むあずきを見て、クライヴが手を握ったまま立ち上がる。
「それで、アズキは俺のことをどう思っているんですか?」
「どう、って」
「俺は、アズキが愛しいです。豆魔法を使う神聖な存在に、こんな想いを抱く俺が失礼なのでしょう。ですが、こればかりは誤魔化しようがありません。アズキがそばにいて、笑ってくれたなら――俺は幸せです」
豆青の瞳はまっすぐにあずきに向けられていて、そうして見つめられているだけで胸の奥がほんのりと温かくなっていくのがわかる。
「私も。クライヴにいてほしい。……元の世界に戻っても、全然嬉しくなかったの。もうクライヴに会えないと思ったら、寂しかった」
「俺と一緒にいてください、アズキ」
「うん」
クライヴは麗しい顔が蕩けるように破顔し、ぎゅっとあずきを抱きしめた。
力が強くて痛いくらいなのに、そんなものの何倍も嬉しい気持ちが溢れて、あずきの口元も綻ぶ。
「――おい。その辺でいいか?」
空気を読まない静かな声に、あずきとクライヴはびくりと震える。
見れば、羊羹男は真っ白な椅子に腰かけて足を組み、白いテーブルからティーカップを取ると優雅に口をつけた。
一体いつの間にどこから憩いのティーセットを出したのか疑問だが、あれでも神なので何でもありなのだろう。
「あずきは坊主の世界に行くということでいいのか? もう戻せないぞ。後悔はないか」
「後悔はしないけど、心配はあるわ。私はお墓参りの帰りだったけど、これって失踪になるの? それとも自然死? あんまり迷惑をかけたくないんだけど」
失踪で長期間心配をかけるのは心苦しいが、死んだら死んだでショックだろうし、お葬式やら何やらで出費もかさむ。
「そのあたりは任せておけ。あずきは元々両親と一緒に死んでいたことにしよう。おまえの痕跡は消しておくから、案ずるな」
「ありがとう。……ねえ。何でそんなに色々してくれるの? 日本に戻った時には制服だったけど、豆ケースや豆は豆王国のものだし、わざわざ持たせてくれたんでしょう? それに、私が連絡豆を使ったからクライヴを呼んだ、って言っていたよね」
あずきは既に契約を終えているのだから、豆の聖女でも何でもない。
それなのに何故、羊羹男はここまでしてくれるのだろうか。
「……あずきが言ったんだろう。幸せになれない、と」
契約完了して元の世界に戻り、お墓参りをしてこの真っ白空間に戻ってきた。
あずきとしては数時間の出来事なのだが、これは時間の流れが違うということなのか。
「はい。契約を終えて、アズキが元の世界に帰って、もう一ヶ月です。その間、一日たりともアズキのことを忘れたことはありません」
「そりゃあ、それだけあんこを食べていたら、小豆まみれだわ」
一ヶ月あんこというのが、毎日おやつにあんこを食べる程度なのか、三食欠かさずにあんこを食べるほどなのかはわからない。
だが、何にしても小豆を摂取しすぎだと思う。
「違います。あなたのことです」
クライヴがあずきの手を包み込むように、ぎゅっと握りしめる。
「あんこを克服した今、自信をもってようやく言えます。――アズキ、好きです」
その言葉に、あずきの鼓動が跳ねる。
だが、それよりも気になることがあった。
「……ちょっと待って。何それ? 今まで、あんこ待ちだったの?」
「図らずも」
「何なのよ、あんこ!」
クライヴが好意を持ってくれていたというのは、素直に嬉しい。
だが、それを阻んでいたのが世界や身分の違いでも、美しい他の女性でもなく――あんこ。
つまり今まであずきが悩んでいたあれこれは、すべてあんこが原因とも言える。
……あずきは人生で初めて、あんこに敵意を感じた。
「それに、アズキは元の世界に帰りたいのだと思っていました。だから迷惑をかけてはいけないと、我慢して。……でも、離れて痛感しました。アズキがいない世界は、つらいです」
そう言うと、その場にひざまずいてあずきの手を取った。
「――好きです。俺と共に、リスト王国に来てください」
金髪美少年な王子が、ひざまずいて手を取り、告白と共に国に一緒に来てほしいと言う。
あずきの鼓動は今や軽快なステップを踏んで小躍りしていた。
……だが、その話の前に伝えたいことがある。
「私、別にクライヴがあんこ嫌いでも良かったわよ?」
「――ええ? そんな馬鹿な。だって、アズキの魔法が。……俺にあんこやあんこクッキーを何度も勧めたじゃありませんか」
驚愕という言葉がぴったりの表情で、クライヴが訴える。
この言い方だと、あんこクッキーを勧められるのはクライヴにとって苦痛だったのだろう。
「あれは、単なる甘味としての差し入れよ。嫌いだと知っていたら、あげなかったわ」
好意を持つ相手に、あえて嫌いな食べ物を食べさせるような歪んだ性癖など、持っていない。
「そ、そうだったんですか。俺はてっきり、あんこを浴びるように食べない俺に、魅力を感じていないのだとばかり」
「何なの、それ。豆王国の魅力の基準がよくわからないわ」
「リスト王国です」
「はいはい。豆と猫とイケメンの王国ね」
律儀に訂正してくるクライヴをあしらうと、あずきはため息をついた。
まさかあんこの差し入れが事態を悪化させていたとは。
ますます、あんこへの敵意が育ちそうだ……あんこ自体に罪がないのは、わかっているが。
考え込むあずきを見て、クライヴが手を握ったまま立ち上がる。
「それで、アズキは俺のことをどう思っているんですか?」
「どう、って」
「俺は、アズキが愛しいです。豆魔法を使う神聖な存在に、こんな想いを抱く俺が失礼なのでしょう。ですが、こればかりは誤魔化しようがありません。アズキがそばにいて、笑ってくれたなら――俺は幸せです」
豆青の瞳はまっすぐにあずきに向けられていて、そうして見つめられているだけで胸の奥がほんのりと温かくなっていくのがわかる。
「私も。クライヴにいてほしい。……元の世界に戻っても、全然嬉しくなかったの。もうクライヴに会えないと思ったら、寂しかった」
「俺と一緒にいてください、アズキ」
「うん」
クライヴは麗しい顔が蕩けるように破顔し、ぎゅっとあずきを抱きしめた。
力が強くて痛いくらいなのに、そんなものの何倍も嬉しい気持ちが溢れて、あずきの口元も綻ぶ。
「――おい。その辺でいいか?」
空気を読まない静かな声に、あずきとクライヴはびくりと震える。
見れば、羊羹男は真っ白な椅子に腰かけて足を組み、白いテーブルからティーカップを取ると優雅に口をつけた。
一体いつの間にどこから憩いのティーセットを出したのか疑問だが、あれでも神なので何でもありなのだろう。
「あずきは坊主の世界に行くということでいいのか? もう戻せないぞ。後悔はないか」
「後悔はしないけど、心配はあるわ。私はお墓参りの帰りだったけど、これって失踪になるの? それとも自然死? あんまり迷惑をかけたくないんだけど」
失踪で長期間心配をかけるのは心苦しいが、死んだら死んだでショックだろうし、お葬式やら何やらで出費もかさむ。
「そのあたりは任せておけ。あずきは元々両親と一緒に死んでいたことにしよう。おまえの痕跡は消しておくから、案ずるな」
「ありがとう。……ねえ。何でそんなに色々してくれるの? 日本に戻った時には制服だったけど、豆ケースや豆は豆王国のものだし、わざわざ持たせてくれたんでしょう? それに、私が連絡豆を使ったからクライヴを呼んだ、って言っていたよね」
あずきは既に契約を終えているのだから、豆の聖女でも何でもない。
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