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75 クライヴの真実
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目を開けると、真っ白な空間に頭部の羊羹を揺らした羊羹男が立っていた。
「……今度は、何?」
八つ当たりでしかない不機嫌な態度に、羊羹男が腰に手を当てた。
「何とは、何だ。あずきの願いを叶えてやろうというのに」
「何それ」
あずきとしては、さっさと家に帰って、布団に潜り込みたい。
たくさん眠って、明日からを生き抜く力を蓄えなければいけないのだ。
羊羹男に付き合って羊羹を食べている場合ではない。
「ポケットの中の豆を出せ」
何故豆のことを知っているのかと思ったが、羊羹男はこれでも一応神様だ。
それくらいは見抜けるものなのかもしれない。
促されるままに二つに割れたピンク色の落花生を出すと、何故か突然光り出した。
何が何だかわからないまま光る落花生を見ていると、そのまま光と共に消え去る。
それと同時に、羊羹男の傍らには金髪に豆青の瞳の美少年が立っていた。
「……え? クライヴ?」
「――アズキ!」
叫ぶなり勢い良く抱きしめられたが、あまりの力に少しばかり息が苦しい。
「な、何?」
一度腕が緩むと、両手で頬を包み込むようにして上を向けられる。
目の前に豆青の瞳が接近して、あずきは衝撃から何も言うことができない。
「本物だ。――アズキ」
再び抱きしめられ、何かを確かめるように頭を撫で続けられる。
「……な、何? どういうこと?」
さっぱり事態が理解できず、視線をさまよわせた先には頭部の羊羹を揺らす羊羹男の姿があった。
「連絡豆は、持つ者を繋ぐ豆。まして豆の聖女の連絡豆だ。世界の壁を超えて呼ぶ力がある。……わかっていてやったのか、坊主」
羊羹男に話しかけられ、ようやくクライヴの手が止まる。
「アズキがもうすぐ帰るというのはわかっていました。それでも俺を呼んで――必要としてほしかっただけです」
「ふむ。まあ、ここに呼んでやったのは私の力だが。……他ならぬあずきが望むのだから、仕方がない」
「アズキが?」
驚きの声と共に、クライヴの視線があずきに注がれる。
ほんの少し離れただけなのに、この豆青の瞳を見るのも久しぶりのような気がしてしまう。
「私ね、もう一度会いたかったの。クライヴは私がいなくなって清々しただろうけど」
すると、クライヴの眉間に一気に皺が寄った。
「何を言っているんです? この間もそうでした。苦手って何のことですか。好きな人と幸せになれって――アズキは帰ったのに!」
穏やかなクライヴには珍しく、怒っている。
だが、その理由がよくわからない。
もしかすると演技していることがバレていないと思っていて、再び演技し始めたのかもしれない。
「だって私、聞いちゃったのよ。クライヴは私のこと見るのと触れるのは平気だけど、本当は苦手で、演技していたんでしょう?」
ついに、本人に言ってしまった。
知っていたなら無駄な演技をしなかったと怒るだろうか、それともそんなことはないと演技を続けるのだろうか。
恐る恐るクライヴの様子を見ていると怒るでもなく、かといって笑顔で演技している感じでもない。
困惑しているというのが、ぴったりな気がした。
「何ですか、それ。……あ。まさか」
「それなのに、私に笑顔で接してくれたでしょう? それだけ豆の聖女が大切なんだってわかっていたけど。大切なのは聖女であって私じゃないって、わかってたけど。でも……会いたくなったの。来てくれてありがとう。……ごめんね」
「――違います!」
急に大声を出され、あずきの肩がびくりと震える。
「その、見るのと触れるのは平気というのは……あんこのことです」
「……あんこ?」
急に何を言い出すのだろう。
豆王国の豆王子は、思考も豆に毒されているのだろうか。
それとも、演技しようにもどうにもならなくて迷走しているのだろうか。
「俺……あんこが、苦手なんです」
『人を殺しました』という言葉と同じ重さで話しているが、何だかおかしい。
「見るのと触れるのはギリギリ大丈夫ですが。口に入れると、あのもっさりとした舌触りが本当に駄目で」
「……はあ」
真剣に訴えられているが、やはり内容がおかしくて頭に入ってこない。
「ですが、あんこは主神に縁のある神聖な食べ物です。アズキの豆魔法も、まず最初にあんこが出たでしょう? この国の王子として恥ずべきことなので、言えませんでした」
「……いや。あんこ嫌いってだけのことでしょう?」
食べ物の好き嫌いなんて、そんなに深刻に考えるものではない気がする。
だが、クライヴはもはや泣きそうな勢いで訴えた。
「そんな! 神聖な豆で作られた、聖なる食べ物。主神の体を構成する、大切な供物です。なのに俺は……情けない」
苦渋の顔で唇を噛みしめているが、あずきとしてはまったくその気持ちがわからない。
あんこが嫌いというだけで、ここまで問題になるのだろうか。
だがその時、豆の神殿で街に行った時の会話が浮かんで来た。
『――もう古い風習ですが。かつては、豆に敬意を払わない者は村八分にされたと言います。それを、「豆八分」と言うのです』
今はもうない風習だと言ってはいたが、恐らく民間信仰レベルで豆王国民には浸透しているのだろう。
ましてクライヴは豆王国の豆王子で、豆の聖女の契約者だったのだ。
神の供物である神聖なあんこを食べられないというのは、想像以上に彼を苛んだのかもしれない。
「……わからない。わからないわよ、豆王国の豆への愛……」
「リスト王国です。――でも大丈夫です。克服しました!」
「克服って、何?」
踏み絵よろしく、あんこを踏みつけられるようになったとでも言うのだろうか。
「アズキがいなかったこの一ヶ月、ずっとあんこを食べていました」
「……今度は、何?」
八つ当たりでしかない不機嫌な態度に、羊羹男が腰に手を当てた。
「何とは、何だ。あずきの願いを叶えてやろうというのに」
「何それ」
あずきとしては、さっさと家に帰って、布団に潜り込みたい。
たくさん眠って、明日からを生き抜く力を蓄えなければいけないのだ。
羊羹男に付き合って羊羹を食べている場合ではない。
「ポケットの中の豆を出せ」
何故豆のことを知っているのかと思ったが、羊羹男はこれでも一応神様だ。
それくらいは見抜けるものなのかもしれない。
促されるままに二つに割れたピンク色の落花生を出すと、何故か突然光り出した。
何が何だかわからないまま光る落花生を見ていると、そのまま光と共に消え去る。
それと同時に、羊羹男の傍らには金髪に豆青の瞳の美少年が立っていた。
「……え? クライヴ?」
「――アズキ!」
叫ぶなり勢い良く抱きしめられたが、あまりの力に少しばかり息が苦しい。
「な、何?」
一度腕が緩むと、両手で頬を包み込むようにして上を向けられる。
目の前に豆青の瞳が接近して、あずきは衝撃から何も言うことができない。
「本物だ。――アズキ」
再び抱きしめられ、何かを確かめるように頭を撫で続けられる。
「……な、何? どういうこと?」
さっぱり事態が理解できず、視線をさまよわせた先には頭部の羊羹を揺らす羊羹男の姿があった。
「連絡豆は、持つ者を繋ぐ豆。まして豆の聖女の連絡豆だ。世界の壁を超えて呼ぶ力がある。……わかっていてやったのか、坊主」
羊羹男に話しかけられ、ようやくクライヴの手が止まる。
「アズキがもうすぐ帰るというのはわかっていました。それでも俺を呼んで――必要としてほしかっただけです」
「ふむ。まあ、ここに呼んでやったのは私の力だが。……他ならぬあずきが望むのだから、仕方がない」
「アズキが?」
驚きの声と共に、クライヴの視線があずきに注がれる。
ほんの少し離れただけなのに、この豆青の瞳を見るのも久しぶりのような気がしてしまう。
「私ね、もう一度会いたかったの。クライヴは私がいなくなって清々しただろうけど」
すると、クライヴの眉間に一気に皺が寄った。
「何を言っているんです? この間もそうでした。苦手って何のことですか。好きな人と幸せになれって――アズキは帰ったのに!」
穏やかなクライヴには珍しく、怒っている。
だが、その理由がよくわからない。
もしかすると演技していることがバレていないと思っていて、再び演技し始めたのかもしれない。
「だって私、聞いちゃったのよ。クライヴは私のこと見るのと触れるのは平気だけど、本当は苦手で、演技していたんでしょう?」
ついに、本人に言ってしまった。
知っていたなら無駄な演技をしなかったと怒るだろうか、それともそんなことはないと演技を続けるのだろうか。
恐る恐るクライヴの様子を見ていると怒るでもなく、かといって笑顔で演技している感じでもない。
困惑しているというのが、ぴったりな気がした。
「何ですか、それ。……あ。まさか」
「それなのに、私に笑顔で接してくれたでしょう? それだけ豆の聖女が大切なんだってわかっていたけど。大切なのは聖女であって私じゃないって、わかってたけど。でも……会いたくなったの。来てくれてありがとう。……ごめんね」
「――違います!」
急に大声を出され、あずきの肩がびくりと震える。
「その、見るのと触れるのは平気というのは……あんこのことです」
「……あんこ?」
急に何を言い出すのだろう。
豆王国の豆王子は、思考も豆に毒されているのだろうか。
それとも、演技しようにもどうにもならなくて迷走しているのだろうか。
「俺……あんこが、苦手なんです」
『人を殺しました』という言葉と同じ重さで話しているが、何だかおかしい。
「見るのと触れるのはギリギリ大丈夫ですが。口に入れると、あのもっさりとした舌触りが本当に駄目で」
「……はあ」
真剣に訴えられているが、やはり内容がおかしくて頭に入ってこない。
「ですが、あんこは主神に縁のある神聖な食べ物です。アズキの豆魔法も、まず最初にあんこが出たでしょう? この国の王子として恥ずべきことなので、言えませんでした」
「……いや。あんこ嫌いってだけのことでしょう?」
食べ物の好き嫌いなんて、そんなに深刻に考えるものではない気がする。
だが、クライヴはもはや泣きそうな勢いで訴えた。
「そんな! 神聖な豆で作られた、聖なる食べ物。主神の体を構成する、大切な供物です。なのに俺は……情けない」
苦渋の顔で唇を噛みしめているが、あずきとしてはまったくその気持ちがわからない。
あんこが嫌いというだけで、ここまで問題になるのだろうか。
だがその時、豆の神殿で街に行った時の会話が浮かんで来た。
『――もう古い風習ですが。かつては、豆に敬意を払わない者は村八分にされたと言います。それを、「豆八分」と言うのです』
今はもうない風習だと言ってはいたが、恐らく民間信仰レベルで豆王国民には浸透しているのだろう。
ましてクライヴは豆王国の豆王子で、豆の聖女の契約者だったのだ。
神の供物である神聖なあんこを食べられないというのは、想像以上に彼を苛んだのかもしれない。
「……わからない。わからないわよ、豆王国の豆への愛……」
「リスト王国です。――でも大丈夫です。克服しました!」
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