俺が彼女を二度殺した理由。

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コスプレ女と平行世界

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「んで……、ここに来た理由を教えてくれませんか? まさか新手のハニートラップとかじゃないですよね?」

 ラブホテルの一室に入り、俺は本題を切り出した。
 どうでもいいが、今俺は部屋の隅のソファーに腰掛けている。
 そして、その正面に配置されてある丸型テーブルを挟み、俺と向かい合うように彼女たち3人がベッドに座っている、という状況だ。
 某大人の映像作品の冒頭インタビューを彷彿とさせる。

「まさか。この制服を見て本当にそう思いますか?」
「もはやコスプレにしか見えないんですが……」
「それはともかくまずは……、近江さん、申し訳ありませんでした!」
「は?」

 思わず間の抜けた声で反応する。

「あなたが殺人を犯していないことは知っていました」
「まぁ実際やってませんからね……」
「あのような方法でこの場所へあなたを連れ出したのも理由があります。というのも、今からあなたにお話しする内容は決して他に漏らしてはならないからです。事情があるとは言え、結果として強引なやり方であったことは率直にお詫び申し上げます」
「そうですね。強引な上に何故か再犯扱いされましたからね。でもどうしてラブホテルなんですか? 防音対策がされている施設ならもっと他にあったでしょう」
「もちろん防音も一つの理由です。それに、ホラ! 例え防音が不十分でも、イタしている時は夢中で隣の部屋の声なんて気にならないじゃないですか!」

 しょーもない。本当にしょーもない。
 見た目はクールビューティーな感じだが、この女基本的にオカシイんじゃないか?

「童貞と分かっていながら、近江さんをドギマギさせてしまったことも本当に申し訳ないと思っています!」
「ちょっと待て! 童貞なのは殺人の方だ! 人の経歴を勝手に詐称するな!」

 そもそも〝殺人童貞〟って何だよ。素人童貞みたいに言うな。

「とは言え、完全に冤罪というわけでもないんですけどね」
「は?」

 再び間の抜けた声を出してしまった。

「犯人はわかっています。犯人はズバリ、もう一人のあなた!」
「……おっしゃる意味が分かりませんが」
「そうだろうと思います。詳細をお話しする前にまずは私の自己紹介から」

 コホンと咳払いを交え、彼女は続ける。

「改めまして。私は独立行政法人、平行世界監視機構・理事の浄御原 律きよみはら りつと申します。お察しの通り、警察官ではありません」

 平行世界、って……。
 あまりにも唐突かつファンタジーなワードに、俺は呆気にとられた。
 てか、コイツお偉いさんかよ。

「ちなみに近江さんは平行世界について、どの程度知識をお持ちですか?」
「マンガや小説でそんなジャンルがありますよね。あとは掲示板とかで異世界に行ったって書きこんでいる人もいたっけ。眉唾ものですけど」
「大体の方はそのレベルの認識ですね。まぁ簡単に言えば〝もう一つの可能性〟といったところでしょうか。近江さん、あなたは人生において『あの時別の道を選んでいたらな』と思ったことはありますか?」

 そんなの……、山程あるに決まっている。

「思い当たるフシがあるようですね」
「そりゃまぁ。絶賛人生燻り中ですから。後悔がない方が不自然かと」
「人は後悔する生き物です。多くの方は近江さんのように、少なからず後悔を抱えて生きています。それは進学や就職、結婚といった大きなものから、朝食を食べたか食べなかったかなどの小さなものまで。『人の可能性は無限大』とは言いますが、文字通り人々の可能性の分だけ、世界は無数に枝分かれしていきます。人々の〝if〟が具現化し生じた世界、それこそが平行世界」

 まぁそうだな。ここまでは新鮮味のない良く聞く話だ。

「その名の通り、各世界線は平行関係にあり、基本的に交わることはありません。しかし、稀にですが世界線同士の空間に歪みが生じることがあります。そうなってしまえば話は別。わずかな事象でも他の世界線に影響を与えてしまいます。それこそ個人の存在そのものが危ぶまれるほどに。当機構は各世界線を監視し、それらの秩序が脅かされるのを未然に防ぐことを命題としています」

 ……なるほど。まぁこの際、現実味の有る無しは一旦置いておこう。正直その手の創作物なんざこの世に腐るほど横行しているし、サブカルに詳しくない俺でも理解できなくもない話だ。問題は彼女がウソを言っているかどうか。
 もう少し様子をみるとするか。

「随分と激務なんすね。何人で回しているんだか知りませんが、朝飯抜いたことを後悔してるヤツのifストーリーまで干渉してたら、その内過労死しますよ」
「あら? 意外にすんなり受け入れてくれるんですね」
「子どもの夢を頭ごなしに否定しないのは、大人としてのあるべき姿です」
「……私は子どもですか。まぁ最大限好意的に見て、半信半疑であると認識しておきます」

 散々、人殺しだの童貞だの言われたんだ。このくらいの軽口いいだろ。

「そういうことでお願いします」
「話を戻しましょう。私の業務量について気にされていたようですが、ご心配なく。というのも、基本的に監視自体は専用のAIが行っておりますので。私たち職員の主な仕事は、実際に〝問題〟の生じた世界線の歪みを修正することですから」

 なるほど。俺はいわくつき物件というわけか。

「そして当機構は極秘かつ唯一無二の組織。口止め料、と言えば言葉は悪いですが、私たちの存在を知った方へある特典を差し上げる決まりとなっています」
「特典、ですか……」
「はい。ズバリそれは〝罪の被せ〟」

 ビシッと人差し指を突き立て決めポーズをとっているが、此方は何のこっちゃ分からない。

「例えば、近江さんがホンの出来心で犯してしまった痴漢や盗撮、幼女誘拐などの罪を人生で一度だけ、他の世界線の自分に押し付けることができます」

 どうやらこの女の中で俺は、童貞だが性的好奇心が旺盛なロリコンらしい。
 話が進まんから、ここはスルーしよう。

「わりとド級な特典ですね……。そんな罪のたらい回しなんてやっていたら、その内またこちらに返ってくるんじゃないですか?」
「いい質問ですね。〝一度〟被せられた罪は、原則として他の世界線に被せることはできません。その点はご心配なく。思う存分欲望の限りを尽くしていただいて結構です」

 どこぞの分かりやすい解説者かの如く淡々と説明してくれるのはいいが、此方としてはピンと来ない。
 そして最後の一言は忘れることにしよう。

「とは言え、他者に著しく影響を及ぼす重罪は例外です。具体的には殺人や強盗、外患誘致などがそれに該当しますね」

 じゃあ幼女誘拐もアウトじゃねーか。
 いや、痴漢や盗撮が軽い罪ってわけでもないだろうが。基準が分からん。

「……何か今の話を聞いていると、他の世界線の俺に本来禁止されているはずの殺人の罪を被せられたってことになりますけど」
「その通り! さすが連続幼女誘拐魔! 理解が早くて助かります」
「…………」

 俺はそろそろ出るところに出ても許されるだろうか。

「私の渾身の茶目っ気を連続でスルーされると傷つきます」
「アンタのはただの悪意だろうが……。そもそも犯人は他の世界線の俺なんですよね? ココには被害者がいないと思うんですけど」
「単純に罪だけが被せられるカタチですね。近江さんが罪を被ったと同時に〝あちら〟のあなたが追及されることはなくなります」

 なにそれ、コワイ。被害者のいない殺人事件で裁かれるとかムチャクチャだろ。

「長くなりましたが、ここからが本題です。繰り返しになりますが、あなたは殺人の罪を被せられています。本来であれば1000を超える筐体で構成される監視AIが兆候を察知し、禁則は未然に防がれるのですが、どういう訳だかそれらの大半が不具合を起こしてしまい、私たちとしても対応が大幅に遅れてしまいました。外部からのハッキングか、もしくはあまり考えたくはありませんが我々の中に裏切り者がいたか」

 仮に裏切り者がいたとすれば同情する。組織はいつだって内部から崩壊していくものだ。

「いずれにせよ、今あなたがとれる行動は二つしかありません。一つは、このまま罪を被り償うか。そしてもう一つは事件を起こしたもう一人の〝近江さん〟の元へ行き、罪を返上するか。罪の返上については、今回のケースは禁則に当たりますので例外となります。もっとも無差別殺人を犯すような〝可能性〟ですから、話の通じる相手かどうかは保証できませんが」

 そりゃそうだろう。最悪、出会って4秒で殺害だ。

「禁則とは言え、契約は契約。一度被ってしまった罪はそれぞれの〝可能性〟との間に合意がなければ返上されることはありません。私たちとしても大変不本意ではありますが、そこに直接干渉することはできないのです。もちろん、最大限サポートはさせていただくつもりですが。日本には死刑制度があります。この意味……、分かりますね?」
 
 巻き込まれ体質であることは十分自覚している。まさかもう一人の自分とやらにまで足を引っ張られるハメになるとは。だが、ここでごねるのは生産的ではない。諦めて現状を受け入れる。それが今俺にできるベストだ。
 もうあの時の二の舞を演じてはならないのだから。

「まぁ要するに死にたくなけりゃ、テメェのケツはテメェで拭きやがれってことですかね?」
「おっしゃる通り! いよっ! 連続盗撮魔!」
「テメェマジでいい加減にしろよこのクソアマッ!!」

 俺が叫ぶと、彼女を挟み込むように座っていた男二人が立ち上がる。
 マズイ。さすがに言い過ぎたか。
 そう思い、俺は少し身構える。

「時間がありません。私たちがこの世界の警察の目を欺き、あなたをここまで連れ出しましたが、時間の問題です。いずれ身元が割れ、あなたを拘束しにやってくるでしょう。私は一度機構へ戻り、本日の報告と残りの仕事を片づけなければなりません。私が戻ってくる間、彼らがあなたの身の安全を守ります」

「貞永《さだなが》と申します。先ほどは失礼しました」
「建武《けんむ》と申します。先ほどは失礼しました」

 二人の連れは名乗ると、俺に対し平身低頭謝ってくる。

「まずは彼らと全力で追っ手を撒いて下さい!」

 ……まぁ、あとで質問タイムを設ける必要はあるが、今はそんな場合でもなさそうだ。

「まだ疑問は山ほどありますが、お縄になってからでは遅いですし、あなたの言う通りにしますよ」

 俺がそう言い終えたかと思うと、辺りが急に騒がしくなってきた。
 どうやら本物の国家権力様のお出ましのようだ。

「マズいっ! 日本の警察の捜査力を侮っていました! 従業員と顔を合わせないラブホテルなら足がつきにくいとは思っていたのですが!」

 ラブホテルはそれが理由か。
 それなら、最初からそう言って欲しいものだ。
 彼女も何だかんだで、戦略的な思考を持ち合わせていたようだ。
 一応あの歳で理事? まで昇り詰めたのだから、当然と言えば当然か。

「明日の朝迎えにあがります。それまで必ず逃げ切って下さいね! では、good luck!」

 そう告げると、彼女はそそくさと部屋から出ていった。

 文字通りこれから命を懸けた鬼ごっこか始まるというわけか。
 全くシャレにならん。
 まぁ屈強な男二人が味方してくれるのだから、こちらにいくらかは分があるのだろう。
 そう思い、少しだけ気が抜けると先刻から気になっていたことを思い出した。

「あのー、つまらないこと聞いていいですか?」

 俺は男の一人に問いかけた。

「何でしょうか?」
「彼女の着てた服って、そちらの機構の制服かなにかですか?」
「いえ、今日初めて見ましたね」

 どうやら、本当にただのコスプレだったようだ。
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