闇堕ちヒロインと呪われた吸血鬼は至極平凡な夢を見る〜吸血鬼になった僕が彼女を食べるまで〜

手塚ブラボー

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第1章 ラスラ領 アミット編

18 ペリドット、逃げる

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『ペリドット青年!! クリーンヒットォォォ!!!』

 司会の興奮したアナウンスが響き渡る。

「オオオオォォォッッッ!!!」

 同時に大歓声に包まれる闘技場。
 頭が割れる程の大音量に僕は耳を塞ぎたくなった。

「あのガキやるじゃねぇか!!」
「すげぇ!! あのベヒモスに2発も食らわせるなんて!!」
「今の一撃は深かったぜ!?」
「いいぞ!!」

 興奮した観衆のほとんどが今や僕の応援をしている。

 ……足が震える。
 いまさらになって身体の震えを感じた。
 そして、少しだけの、いや、絶大な高揚感を感じた。
 これが戦闘……
 これが生きるということか……?
 血が沸騰するような感覚。
 頭がぼんやりとする。

 この調子だ。
 この要領で戦えば何とかなりそうだ。
 注意しなければいけないことは、奴の攻撃を一撃でも受けてしまわないこと。
 
 そんなの不可能だ。
 
 普通ならそう思う。
 けれども今の僕は普通ではない能力を手にしているじゃないか。
 これが何なのかはまったくもって理解できない。
 理解できなくても……今はいい。
 いいんだ。
 得体の知れないチカラでも、無いよりはマシだ。
 このあと僕の体がどうなったって関係ない。
 関係ないのだ。
 重要なのは今。
 今が全て。
 ベヒモスと対峙している今が、僕の全てなのだ。
 戦いの後に僕がどうなったって……考えるな。

 今を生きる!!

 
 しかしそんな高揚感も続かなかった。


 二撃目を喉に深く受けたベヒモスは一瞬地面にひれ伏したが、すぐに起き上がり僕を睨みつけている。
 とうとう本気を出した。
 ベヒモスの黒く濡れた瞳が怒気を孕んでいた。
 
 
 僕はそのとき、唯一の装備品であり頼みの綱の、ことに気が付くのだった。

 短剣は「ガチャン」と音を立てて、柄の部分を残し地面に転がった。

「あ…………」


 一瞬、闘技場が水を打ったように静まり返った。
 誰もが想像だにしなかった展開。
 
 こんなことってある?



 その沈黙を打ち破ったのは、今や満身創痍まんしんそういのベヒモスの強大な咆哮である。

「グオオオオオォォォォッッッ!!!」

 その喧々けんけんたる大音量に誰もが耳を塞ぎ恐怖する。

 絶対絶滅のピンチ。
 目の前には怒り狂った魔獣ベヒモス。
 対する僕は丸腰……

 もう、これはどうしようもない。
 選択肢は一つだけ。

「逃げるしかないじゃないかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 兎に角逃げるしかない!
 逃げてるだけじゃ勝てないことはわかっている!
 だけれど、逃げないと喰われるだけだ!!

 力の限り走った!
 走りながら、僕は今までの16年間の短い人生を振り返る。

 今日で僕の人生もおしまいか……
 いいことなんて一つも無かったな……
 サラを救い出すこともできなかったし、仕事も続かなかったし、父さんや母さんにも、心配掛けてばかりだったな……
 ごめんよ。

 リディア、もしお前が無事だったなら、一つだけ約束してくれないか?
 僕はベヒモスの餌になるけどさ、サラのことを救ってくれないか?
 頼むよ……
 でないと、死んでも死にきれないよ。
 
 ああ、最後にサラに会いたかったなぁ。
 あの細くて艷やかな髪の毛を撫でたかった。
 陶器のような白い肌に頬ずりをして、それで照れて赤くなった頬を指で突っつきたかったなぁ。
「もういい加減にしてよ! お兄ちゃん!」なんて怒られたかったなぁ。
 後ろから抱きついて温もりと匂いを堪能したかったよぉ。
 サラ。お兄ちゃんが死んで生まれ変わったら、お兄ちゃんと結婚してくれないか?

 メリーユー。

 ___そういや、なんだか最近死にそうになってばかりだな……
 昨日だって死にかけて運良く助かったってのに、このザマだよ……
 結局、僕に掛けられた3つの呪いって何だったのかな……

 あれ? そういえばアイリーンさんが何か言っていたよな?
 危険なときは呼べ?
 僕に守護精霊をつけた?

 そんなのどうやって呼べばいいんだよ……
 アイリーンさん。
 
 ああ、僕に魔術が使えたらな…………
 もっと何とかできたのかな……?
 僕は変われたのかな……
 僕は一体、どこで人生を間違えたのだろう……

 ______悔しい。
 
 僕の人生は一体何だったんだろう。
 こうやって消費されていくのが僕の人生なのか。
 こんな終わり方、望んじゃいなかった。
 
 小さな頃の僕は、何になりたかった?
 何に夢中だった?
 
 そうだ……魔術師セロ。
 あのお伽話の英雄になりたかった。
 そうだった。
 忘れていたよ……

 どうしてこんなに大切なことを忘れていたのかな。
 
 どうして?
 それが無理だと思っていたからだ。
 
 父さんでも魔術師にはなれなかっただろ?
 僕が魔術師になるなんて……それこそお伽話だ。

 
 魔術師アイリーン。
 僕は君の様になりたかったんだ。
 幻想の魔術師。
 ソウルメイト。


 お願ですアイリーンさん。
 もし僕の声があなたの元に届くのならば、サラのことを、リディアのことを助けてやってください。

 そして、もし少しでも余裕があったならば、僕のことを……
 どうか僕のことを……


 助けてください____________









 スッ______
 辺りから音が消えた。


「______待たせたな」

 どこからか、僕へ呼びかける声が聞こえてきた。
 この声は______どこかで______
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