38 / 149
第34話 修造チャレンジ
しおりを挟む
「よろしくお願いしますッ!」
「声が小ァァァさいッッ!!」
「よ〝 ろ〝 し〝 く〝 お〝 願〝 い〝 し〝 ま〝 す〝 ッ 〝 !!」
挨拶をやり直しさせられること都合10回。喉が痛くなった頃にようやく合格を貰って、聖たちはトレーニング施設と宿舎を兼ねている建物の中に入ることを許された。ここまでの大声を出したのは生まれて初めてかもしれないと大袈裟ではなく本気で思いながら、聖は荷物を詰め込んだラケットバックを背負って割り当てられた部屋に向かう。
<いいねェ、なンつーか昭和魂ってヤツを感じるよ>
無関係だからと高見の見物を決め込むアドの物言いに、聖は渋い顔を浮かべる。あのテンションにこれから1週間付き合うのだと思うと、帰りたいという気持ちの芽がすくすくと育っていくのを嫌でも感じてしまう。だが、せっかくATCの篝コーチが特別に手配してくれた機会だ。全国から有望なジュニアが集うこの『修造チャレンジ』で、聖は自身の更なるレベルアップを計る為、萎えかけた気持ちを奮い立たせた。
『修造チャレンジ』は、元プロテニス選手である松岡修造が引退後に主軸となって始まったジュニア育成プロジェクトだ。年に3度、1週間前後のプログラムが組まれ、全国から有望なジュニア選手を選抜し、技術指導だけではなく世界で戦うプロを目指すのに必要な物事を学ばせる短期合宿である。松岡修造を育成した名コーチ、ボブ・ブレッドも以前は参加しており、プロの世界で活躍することを夢見る選手たちの指導に力を注いでいた。ブレッド氏の亡きあとも新たにヘッドコーチを迎え入れ、現在でも継続して実施されている。
今回、『修造チャレンジ』に集まった選手は合計で18名。U16、U14、U12のカテゴリーからそれぞれ6名ずつの選手がそれぞれ全国から呼び集められた。本来ならばジュニア時代に実績のない聖が参加するのは難しいのだが、ATCの篝コーチの推薦で特別に参加が許された。
★
「5階の10号室、ここだな」
部屋に入ると、嗅ぎ慣れない薄いルームフレグランスが鼻をついた。室内は当然ながら清潔で、しかしそのきれい過ぎる内装は住み慣れた自宅と比べるとどうも落ち着かない。いわゆる生活感というものが抜け落ちているせいだろう。とはいえ、今日から1週間はこの宿泊施設で初対面の者を含む同世代の選手達6人と寝食を共にする。そのうち慣れるだろうと思いながら、聖は手近なベッドを自分の場所に選んだ。
聖のほかには同じATC所属の能条蓮司と、地方からやってきた同世代らしい4人だ。先ほど顔を合わせたばかりでまだお互いに自己紹介すらしていない。聖たちはまず荷物を置き、速やかにテニスウェアへ着替えて、集合場所に向かった。
<むさ苦しいなァ~! 女子と一緒に練習してェ~!>
コートに向かう道すがら、不満そうにアドが漏らす。
(ホント、頼むから変なチャチャ入れて邪魔しないでよ)
先ほどのやり取りから察するに、色々と厳しい合宿になるだろうと予想している聖は、余裕の無いときにアドが頭の中でやかましく煽ってきたりすることを懸念して釘を刺す。普段の練習の時ですら隙を見せると口悪く野次を飛ばしてくるので、最近ではすっかり聞き流す術を身に付けたように思える。
<オスガキがのたうち回る姿ばっか見てられっか! こっちから願い下げだ!>
(はいはい、それでよろしく)
★
「よし次!!」
「ハイッ! 大阪から来ました! 靭テニスアカデミー所属、平疾風ですッ! 夢はグランドスラム優勝ッ! よろしくお願いしますッ!」
コートについた選手達は横一列に並び、順番に自己紹介をしていく。別段、大きな声でやれとは言われていなかったが、最初の挨拶で大声を繰り返したせいか全員が無駄に声を張り上げている。その様子を、松岡修造を中心としたコーチ陣が正面で無言のまま見据えており、その威圧感たるや相当なものだ。両親とも、学校の先生とも違う、学生である聖はなかなか触れ合う機会の少ない、大人の男たち。それも全員が一流の元アスリートで、背も高く中には外国人も含まれている。彼等のかもし出す雰囲気は緊張感に満ち溢れ、聖は内心で軍隊みたいだなと思いながら自分の番を待った。
「次!」
そして、聖の番が回ってきた。すかさず大声で返事をし、一歩前に出る。短く息を吸って吐くと、一気に叫んだ。
「千葉県から来ました! アリアミス・テニス・センター所属、若槻聖ですッ! 目標は素襖春菜選手のペアになることですッ!」
言い切った聖は、すっと元の位置に戻る。隣で普段見せないような驚きの表情を浮かべた蓮司の視線を頬で感じる。他の選手はもちろん、コーチ勢も無表情を装ってはいるが微かな驚きがその表情に浮かんでいるのが分かった。当然の反応だろうとは思いながらも、聖は笑うなら笑えと開き直る。むしろ最初からそう言うと決めていたから、周りの反応よりも自分の声が上ずらなかったことに安堵していたくらいだ。
「君が徹磨を倒したという選手かッ!」
これまで選手がどんな大きな夢を口にしようと、まるで反応しなかった松岡修造が鋭く言った。聖に向けられたその瞳は、テレビで見る彼の印象とはかけ離れた恐ろしく鋭い眼差しだ。事実とはいえ、まさかハルナのことではなく徹磨の件について言及されると思っていなかった聖は、まるで嘘がバレたときのように緊張する。自分が今、どんな表情を顔に浮かべているのかも分からない。聖がなにか言うべきかどうか迷っていると、何秒かの沈黙のあと、松岡修造は無表情のまま次、と言った。
<こえ~! オイ、もっとファンキーなヤツだと思ってたけど随分ちげェ~なァ?>
アドの感想には聖も同感だ。松岡修造が口を挟んだのはその時だけで、他の選手の自己紹介のときはこれまでと同じように何も発言しなかった。果たして、自分は彼からどういう目で見られているのか?そのことが気になってしまった聖は少しの間、自分のあとに続く選手の自己紹介がろくすっぽ頭に入ってこなかった。
「IMG所属、弖虎・モノストーン」
そんな聖の意識を引き戻したのは、自己紹介する選手たちのなかで唯一、大声を出さずにボソっと所属と名前だけを口にした選手の声だった。場の空気を一切読まないような、有り体に言えばひどく反抗的な態度を隠そうともしない彼の振る舞いは、緊張感とは異なる別の殺伐とした空気を持ち込んだ。
気になった聖は、モノストーンと名乗った選手を横目でそっと盗み見た。海外姓を名乗ったが顔付きは日本人に近いのでハーフなのだろう。色白で柔らかそうな黒い長髪をかったるそうにかき上げ、どこか苛立たしげな表情を浮かべている。どことなく出会った当初の蓮司を思い浮かべたが、身長は彼の方が高い。あまりスポーツマンらしさの無い髑髏のワンポイントが入ったダークグレーのウェアに、耳には小さなピアスをつけている。
<根暗とⅤ系足して2で割ったようなヤツだな>
(あ、わかる)
アドの表現に胸中で手を打つ聖。およそテニス選手らしくない雰囲気を持つモノストーンという少年。集まった選手の中でも特に異彩を放つ彼のことが、どうにも気になって仕方がなかった。
★
「はい止まらない止まらない! 動いて動いて! 止まってる時間なんて無いよ! 姿勢戻してすぐ! 動いて構えて打つ! 動いて構えて打つ! リズム崩すなリズム! 単調にならない! 常に動いて! バランス取って!」
普段の練習もかなりキツイとは思っているが、短期集中型の合宿ということもあってか練習は想像以上に激しかった。だが、ATCでは基本的に練習の意図や目的を自分で考え自主性を重んじるのに対して、『修造チャレンジ』では練習の最中にコートについたコーチ達が選手たちへの具体的なアドバイスを細かくしてくれる。松岡修造はもちろんのこと、他のコーチも熱心に指導してくれた。
当然と言えば当然のことだが、参加している選手たちの士気も高い。練習内容は確かに厳しいが、ほどよい緊張感と集中力がコートの上で横溢していて自分が研ぎ澄まされていくのを聖は感じた。
<つーか、おめェに英会話の心得があったとはな>
(ペラペラってワケじゃないけどね。学校の勉強とは別物だし)
<つまンねーな、英語の指導でオタつくとこが見られると思ったのによォ>
内心勝ち誇る聖だが、参加している選手たちの殆どは自分以上に英語を使い熟している様子だった。少し意外だったのは、蓮司が英語でコーチと話すとき、普段より明るい印象で会話していたことだ。
「外国語だからかな。ニュアンスを補足するのに顔も使うっていうか、そもそも、コーチに失礼があったらって思うとさ」
「誰が相手でもそういうの大事にすればいいのに」
「オマエ、意外と口うるさいのな」
練習の合間の休憩でそんな会話をする聖と蓮司。知り合った当初は露骨に敵意を向けられていた聖だったが、いつの間にか軽口を言い合える程度には蓮司と打ち解けることができるようになっていた。
「蓮司センパイ、聖センパイ、お久しぶりっす」
聖と蓮司が話していると、人懐こそうな笑みを浮かべた大柄な少年が話しかけてきた。5月の連休に参加した団体戦の決勝で当たったチームメンバーの1人、東雲挑夢だった。
「よぅ、結局来れたんだなオマエ」
「お陰様で! あの後出た大会で優勝したんで推薦もらいました!」
挑夢は元々ATC所属だったらしいが、訳あって今は榎歌というフリーのテニスコーチの元で指導を受けている。『修造チャレンジ』は基本的に実績を元に参加者を選出する。どうやら挑夢もその機会を得ることができたようだった。
「マサキさんとかデカリョウさんとかはいないんすか?」
「あいつら前に出てるから。今回は初参加の選手ばっかのはずだぜ」
「あれ、蓮司センパイ初ッスか? 中学んときは?」
「怪我してたからな。出ても良かったけど、自重してたんだよ。ところで」
蓮司は少し声を落とし、目線をコートの片隅で不機嫌そうに座っている少年に向けてから言った。
「あいつ、誰。モノストーンっての。まさか、もしかするワケ?」
「そっす。元プロ選手モノストーンの子供です」
聖は誰のことだろうと2人の会話に聞き入る。どうやら、モノストーンという少年は名の知れたプロ選手の息子らしい。リュシー・モノストーンという選手の名前を、聖は聞いたことがなかった。
「強い選手だったの?」
「んまァな。グランドスラムのタイトルこそなかったけど、ATPランクはトップ10入りしてたから、強かったのは確か。だけど、名前が知れ渡ったのは強さが理由じゃない」
少し複雑そうな表情を浮かべた蓮司がその理由を口にしようとしたタイミングで、松岡修造の「集合!」という鋭い声がコートに響いた。会話を中断して兵隊のような機敏さで集まる選手たち。ただ一人、モノストーンだけが相変わらずかったるそうに歩いて輪に加わっていた。
★
練習を終え、選手たちは大浴場で汗を流し夕食を済ませると、今度はミーティングルームに集められて座学が始まった。世界で戦うプロになる為に必要な心構えであったり、現在のプロテニス界隈の常識であったり、松岡修造が戦ってきた頃と今の違いなど、話は多岐に及んだ。また、コーチ陣も含めた参加メンバー同士の交流を深めるためにお題を決めて英語で自分の話をするなど、聖は高校の授業とはまた異なる新鮮なプログラムを体験した。途中からかなり脱線し、ただの交流会になったが、どうやらそれはそれで目的の1つでもあったらしい。
「尊睦、英語なのにちょっと関西訛り出てるぞ」
「ホンマですか~? めっちゃ綺麗に発音してますよ~。マイネームイズ阿賀野~↓」
「ホラ、イントネーションが関西弁だよ」
「なんでそんな器用やねん。英語の成績1やのに」
「オイ能代バラすなや」
「コイツ国語も2やで」
「矢矧オマエ覚えとけよ~」
「自分で覚えとけや鳥頭」
「あとでしばいたるからな酒匂」
「もうお前ら4人、プロテニス選手じゃなくて漫才師になれ!」
「ほな修造さんコネで事務所紹介してくださいよ~Mー1目指しますわ」
「よし今の英語で言ってみろ」
「え、あ~、ぷ、プリ~ズギブミーコネ~?↓」
「ほらやっぱり関西訛り入っとるがな」
ATCのノリで多少慣れていたせいか、それとも普段接しない関西弁がやけに面白かったせいか、聖も蓮司も普段以上に笑顔を見せ、遠慮なく口を挟みながら交流していた。しかし、その場にモノストーンの姿はなかった。
★
「あ~しんど~。初日からこないしんどい思わんかったわ~」
聖と同室のメンバーである阿賀野尊睦が、こてこての関西弁で言った。聖は関西弁にあまり馴染みがないせいで、彼の一言一言が全て冗談に聞こえてしまい、どうにもおかしくて笑いのツボに入り易い。
「まだ23時やんけ~。ペイチャンネル見ようや。誰かカード買うてきてや」
「ついでにビールとつまみもな~。なんなら隣行って女子連れてきて~」
「いいからもう寝ろよお前ら」
関西勢に遠慮なく言い放つ蓮司。聖と蓮司のほか同室になった4人は、全員が関西からの参加者だ。練習中は真剣そのものだったが、コートを離れてからは口を開けば冗談ばかり言っている。いや、正直どこからが冗談でどこからが本気なのかも聖にはよく分からないのだが。
激しい練習をして、食事をして身体を休め、できたばかりの友達と笑った一日だった。眠気は全くなかったのだが、布団のうえに寝転がると途端に睡魔が襲ってくる。雑談しているルームメイトの声が徐々に遠くなっていく中、ふと、聖の脳裏に苛立たし気な表情を浮かべる少年の顔が浮かんだ。
「蓮司」
「あん?」
「コートで、モノストーン選手のさ」
「あぁ、あの話ね。ま、あんま良い話じゃないけどさ」
蓮司が話そうとすると、途中で阿賀野たちが割って入った。
「おぉ、アイツなんかめっちゃナマイキそうやん。ピアスしてるし」
「IMG所属いうてたなぁ。国籍日本なん?アメリカなん?」
「っちゅーか、あの態度でなんで修造さんたち何もいわへんの? VIPなん?」
「プロの子供いうてもなぁ。GS獲ってるワケでもないし」
「仮に獲れてもアカンかったやろ。はく奪されんのがオチちゃう?」
「やんな」
はく奪?気になる単語が聞こえたが、聖の意識は既に半分以上睡魔に奪われている。
「前は応援してたんやけどなぁ。残念やわ。ドーピングで永久追放なんて」
続く
「声が小ァァァさいッッ!!」
「よ〝 ろ〝 し〝 く〝 お〝 願〝 い〝 し〝 ま〝 す〝 ッ 〝 !!」
挨拶をやり直しさせられること都合10回。喉が痛くなった頃にようやく合格を貰って、聖たちはトレーニング施設と宿舎を兼ねている建物の中に入ることを許された。ここまでの大声を出したのは生まれて初めてかもしれないと大袈裟ではなく本気で思いながら、聖は荷物を詰め込んだラケットバックを背負って割り当てられた部屋に向かう。
<いいねェ、なンつーか昭和魂ってヤツを感じるよ>
無関係だからと高見の見物を決め込むアドの物言いに、聖は渋い顔を浮かべる。あのテンションにこれから1週間付き合うのだと思うと、帰りたいという気持ちの芽がすくすくと育っていくのを嫌でも感じてしまう。だが、せっかくATCの篝コーチが特別に手配してくれた機会だ。全国から有望なジュニアが集うこの『修造チャレンジ』で、聖は自身の更なるレベルアップを計る為、萎えかけた気持ちを奮い立たせた。
『修造チャレンジ』は、元プロテニス選手である松岡修造が引退後に主軸となって始まったジュニア育成プロジェクトだ。年に3度、1週間前後のプログラムが組まれ、全国から有望なジュニア選手を選抜し、技術指導だけではなく世界で戦うプロを目指すのに必要な物事を学ばせる短期合宿である。松岡修造を育成した名コーチ、ボブ・ブレッドも以前は参加しており、プロの世界で活躍することを夢見る選手たちの指導に力を注いでいた。ブレッド氏の亡きあとも新たにヘッドコーチを迎え入れ、現在でも継続して実施されている。
今回、『修造チャレンジ』に集まった選手は合計で18名。U16、U14、U12のカテゴリーからそれぞれ6名ずつの選手がそれぞれ全国から呼び集められた。本来ならばジュニア時代に実績のない聖が参加するのは難しいのだが、ATCの篝コーチの推薦で特別に参加が許された。
★
「5階の10号室、ここだな」
部屋に入ると、嗅ぎ慣れない薄いルームフレグランスが鼻をついた。室内は当然ながら清潔で、しかしそのきれい過ぎる内装は住み慣れた自宅と比べるとどうも落ち着かない。いわゆる生活感というものが抜け落ちているせいだろう。とはいえ、今日から1週間はこの宿泊施設で初対面の者を含む同世代の選手達6人と寝食を共にする。そのうち慣れるだろうと思いながら、聖は手近なベッドを自分の場所に選んだ。
聖のほかには同じATC所属の能条蓮司と、地方からやってきた同世代らしい4人だ。先ほど顔を合わせたばかりでまだお互いに自己紹介すらしていない。聖たちはまず荷物を置き、速やかにテニスウェアへ着替えて、集合場所に向かった。
<むさ苦しいなァ~! 女子と一緒に練習してェ~!>
コートに向かう道すがら、不満そうにアドが漏らす。
(ホント、頼むから変なチャチャ入れて邪魔しないでよ)
先ほどのやり取りから察するに、色々と厳しい合宿になるだろうと予想している聖は、余裕の無いときにアドが頭の中でやかましく煽ってきたりすることを懸念して釘を刺す。普段の練習の時ですら隙を見せると口悪く野次を飛ばしてくるので、最近ではすっかり聞き流す術を身に付けたように思える。
<オスガキがのたうち回る姿ばっか見てられっか! こっちから願い下げだ!>
(はいはい、それでよろしく)
★
「よし次!!」
「ハイッ! 大阪から来ました! 靭テニスアカデミー所属、平疾風ですッ! 夢はグランドスラム優勝ッ! よろしくお願いしますッ!」
コートについた選手達は横一列に並び、順番に自己紹介をしていく。別段、大きな声でやれとは言われていなかったが、最初の挨拶で大声を繰り返したせいか全員が無駄に声を張り上げている。その様子を、松岡修造を中心としたコーチ陣が正面で無言のまま見据えており、その威圧感たるや相当なものだ。両親とも、学校の先生とも違う、学生である聖はなかなか触れ合う機会の少ない、大人の男たち。それも全員が一流の元アスリートで、背も高く中には外国人も含まれている。彼等のかもし出す雰囲気は緊張感に満ち溢れ、聖は内心で軍隊みたいだなと思いながら自分の番を待った。
「次!」
そして、聖の番が回ってきた。すかさず大声で返事をし、一歩前に出る。短く息を吸って吐くと、一気に叫んだ。
「千葉県から来ました! アリアミス・テニス・センター所属、若槻聖ですッ! 目標は素襖春菜選手のペアになることですッ!」
言い切った聖は、すっと元の位置に戻る。隣で普段見せないような驚きの表情を浮かべた蓮司の視線を頬で感じる。他の選手はもちろん、コーチ勢も無表情を装ってはいるが微かな驚きがその表情に浮かんでいるのが分かった。当然の反応だろうとは思いながらも、聖は笑うなら笑えと開き直る。むしろ最初からそう言うと決めていたから、周りの反応よりも自分の声が上ずらなかったことに安堵していたくらいだ。
「君が徹磨を倒したという選手かッ!」
これまで選手がどんな大きな夢を口にしようと、まるで反応しなかった松岡修造が鋭く言った。聖に向けられたその瞳は、テレビで見る彼の印象とはかけ離れた恐ろしく鋭い眼差しだ。事実とはいえ、まさかハルナのことではなく徹磨の件について言及されると思っていなかった聖は、まるで嘘がバレたときのように緊張する。自分が今、どんな表情を顔に浮かべているのかも分からない。聖がなにか言うべきかどうか迷っていると、何秒かの沈黙のあと、松岡修造は無表情のまま次、と言った。
<こえ~! オイ、もっとファンキーなヤツだと思ってたけど随分ちげェ~なァ?>
アドの感想には聖も同感だ。松岡修造が口を挟んだのはその時だけで、他の選手の自己紹介のときはこれまでと同じように何も発言しなかった。果たして、自分は彼からどういう目で見られているのか?そのことが気になってしまった聖は少しの間、自分のあとに続く選手の自己紹介がろくすっぽ頭に入ってこなかった。
「IMG所属、弖虎・モノストーン」
そんな聖の意識を引き戻したのは、自己紹介する選手たちのなかで唯一、大声を出さずにボソっと所属と名前だけを口にした選手の声だった。場の空気を一切読まないような、有り体に言えばひどく反抗的な態度を隠そうともしない彼の振る舞いは、緊張感とは異なる別の殺伐とした空気を持ち込んだ。
気になった聖は、モノストーンと名乗った選手を横目でそっと盗み見た。海外姓を名乗ったが顔付きは日本人に近いのでハーフなのだろう。色白で柔らかそうな黒い長髪をかったるそうにかき上げ、どこか苛立たしげな表情を浮かべている。どことなく出会った当初の蓮司を思い浮かべたが、身長は彼の方が高い。あまりスポーツマンらしさの無い髑髏のワンポイントが入ったダークグレーのウェアに、耳には小さなピアスをつけている。
<根暗とⅤ系足して2で割ったようなヤツだな>
(あ、わかる)
アドの表現に胸中で手を打つ聖。およそテニス選手らしくない雰囲気を持つモノストーンという少年。集まった選手の中でも特に異彩を放つ彼のことが、どうにも気になって仕方がなかった。
★
「はい止まらない止まらない! 動いて動いて! 止まってる時間なんて無いよ! 姿勢戻してすぐ! 動いて構えて打つ! 動いて構えて打つ! リズム崩すなリズム! 単調にならない! 常に動いて! バランス取って!」
普段の練習もかなりキツイとは思っているが、短期集中型の合宿ということもあってか練習は想像以上に激しかった。だが、ATCでは基本的に練習の意図や目的を自分で考え自主性を重んじるのに対して、『修造チャレンジ』では練習の最中にコートについたコーチ達が選手たちへの具体的なアドバイスを細かくしてくれる。松岡修造はもちろんのこと、他のコーチも熱心に指導してくれた。
当然と言えば当然のことだが、参加している選手たちの士気も高い。練習内容は確かに厳しいが、ほどよい緊張感と集中力がコートの上で横溢していて自分が研ぎ澄まされていくのを聖は感じた。
<つーか、おめェに英会話の心得があったとはな>
(ペラペラってワケじゃないけどね。学校の勉強とは別物だし)
<つまンねーな、英語の指導でオタつくとこが見られると思ったのによォ>
内心勝ち誇る聖だが、参加している選手たちの殆どは自分以上に英語を使い熟している様子だった。少し意外だったのは、蓮司が英語でコーチと話すとき、普段より明るい印象で会話していたことだ。
「外国語だからかな。ニュアンスを補足するのに顔も使うっていうか、そもそも、コーチに失礼があったらって思うとさ」
「誰が相手でもそういうの大事にすればいいのに」
「オマエ、意外と口うるさいのな」
練習の合間の休憩でそんな会話をする聖と蓮司。知り合った当初は露骨に敵意を向けられていた聖だったが、いつの間にか軽口を言い合える程度には蓮司と打ち解けることができるようになっていた。
「蓮司センパイ、聖センパイ、お久しぶりっす」
聖と蓮司が話していると、人懐こそうな笑みを浮かべた大柄な少年が話しかけてきた。5月の連休に参加した団体戦の決勝で当たったチームメンバーの1人、東雲挑夢だった。
「よぅ、結局来れたんだなオマエ」
「お陰様で! あの後出た大会で優勝したんで推薦もらいました!」
挑夢は元々ATC所属だったらしいが、訳あって今は榎歌というフリーのテニスコーチの元で指導を受けている。『修造チャレンジ』は基本的に実績を元に参加者を選出する。どうやら挑夢もその機会を得ることができたようだった。
「マサキさんとかデカリョウさんとかはいないんすか?」
「あいつら前に出てるから。今回は初参加の選手ばっかのはずだぜ」
「あれ、蓮司センパイ初ッスか? 中学んときは?」
「怪我してたからな。出ても良かったけど、自重してたんだよ。ところで」
蓮司は少し声を落とし、目線をコートの片隅で不機嫌そうに座っている少年に向けてから言った。
「あいつ、誰。モノストーンっての。まさか、もしかするワケ?」
「そっす。元プロ選手モノストーンの子供です」
聖は誰のことだろうと2人の会話に聞き入る。どうやら、モノストーンという少年は名の知れたプロ選手の息子らしい。リュシー・モノストーンという選手の名前を、聖は聞いたことがなかった。
「強い選手だったの?」
「んまァな。グランドスラムのタイトルこそなかったけど、ATPランクはトップ10入りしてたから、強かったのは確か。だけど、名前が知れ渡ったのは強さが理由じゃない」
少し複雑そうな表情を浮かべた蓮司がその理由を口にしようとしたタイミングで、松岡修造の「集合!」という鋭い声がコートに響いた。会話を中断して兵隊のような機敏さで集まる選手たち。ただ一人、モノストーンだけが相変わらずかったるそうに歩いて輪に加わっていた。
★
練習を終え、選手たちは大浴場で汗を流し夕食を済ませると、今度はミーティングルームに集められて座学が始まった。世界で戦うプロになる為に必要な心構えであったり、現在のプロテニス界隈の常識であったり、松岡修造が戦ってきた頃と今の違いなど、話は多岐に及んだ。また、コーチ陣も含めた参加メンバー同士の交流を深めるためにお題を決めて英語で自分の話をするなど、聖は高校の授業とはまた異なる新鮮なプログラムを体験した。途中からかなり脱線し、ただの交流会になったが、どうやらそれはそれで目的の1つでもあったらしい。
「尊睦、英語なのにちょっと関西訛り出てるぞ」
「ホンマですか~? めっちゃ綺麗に発音してますよ~。マイネームイズ阿賀野~↓」
「ホラ、イントネーションが関西弁だよ」
「なんでそんな器用やねん。英語の成績1やのに」
「オイ能代バラすなや」
「コイツ国語も2やで」
「矢矧オマエ覚えとけよ~」
「自分で覚えとけや鳥頭」
「あとでしばいたるからな酒匂」
「もうお前ら4人、プロテニス選手じゃなくて漫才師になれ!」
「ほな修造さんコネで事務所紹介してくださいよ~Mー1目指しますわ」
「よし今の英語で言ってみろ」
「え、あ~、ぷ、プリ~ズギブミーコネ~?↓」
「ほらやっぱり関西訛り入っとるがな」
ATCのノリで多少慣れていたせいか、それとも普段接しない関西弁がやけに面白かったせいか、聖も蓮司も普段以上に笑顔を見せ、遠慮なく口を挟みながら交流していた。しかし、その場にモノストーンの姿はなかった。
★
「あ~しんど~。初日からこないしんどい思わんかったわ~」
聖と同室のメンバーである阿賀野尊睦が、こてこての関西弁で言った。聖は関西弁にあまり馴染みがないせいで、彼の一言一言が全て冗談に聞こえてしまい、どうにもおかしくて笑いのツボに入り易い。
「まだ23時やんけ~。ペイチャンネル見ようや。誰かカード買うてきてや」
「ついでにビールとつまみもな~。なんなら隣行って女子連れてきて~」
「いいからもう寝ろよお前ら」
関西勢に遠慮なく言い放つ蓮司。聖と蓮司のほか同室になった4人は、全員が関西からの参加者だ。練習中は真剣そのものだったが、コートを離れてからは口を開けば冗談ばかり言っている。いや、正直どこからが冗談でどこからが本気なのかも聖にはよく分からないのだが。
激しい練習をして、食事をして身体を休め、できたばかりの友達と笑った一日だった。眠気は全くなかったのだが、布団のうえに寝転がると途端に睡魔が襲ってくる。雑談しているルームメイトの声が徐々に遠くなっていく中、ふと、聖の脳裏に苛立たし気な表情を浮かべる少年の顔が浮かんだ。
「蓮司」
「あん?」
「コートで、モノストーン選手のさ」
「あぁ、あの話ね。ま、あんま良い話じゃないけどさ」
蓮司が話そうとすると、途中で阿賀野たちが割って入った。
「おぉ、アイツなんかめっちゃナマイキそうやん。ピアスしてるし」
「IMG所属いうてたなぁ。国籍日本なん?アメリカなん?」
「っちゅーか、あの態度でなんで修造さんたち何もいわへんの? VIPなん?」
「プロの子供いうてもなぁ。GS獲ってるワケでもないし」
「仮に獲れてもアカンかったやろ。はく奪されんのがオチちゃう?」
「やんな」
はく奪?気になる単語が聞こえたが、聖の意識は既に半分以上睡魔に奪われている。
「前は応援してたんやけどなぁ。残念やわ。ドーピングで永久追放なんて」
続く
0
あなたにおすすめの小説
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる