52 / 85
おまけSS「おとぎ話のそれから」
2
しおりを挟む
肌を撫でる秋の風が気持ちいい。ぐんと遠くなった空は、薄いブルーだ。
「あ! 荻上壮介だ!」
という声が聞こえてくるたびに、壮介は首に巻いたショールにこそこそ顔を埋めた。頭には帽子、顔にはサングラスと、普段はプライベートでもしない明らかな変装だ。ただし、相手は自分が「アナウンサーの荻上壮介」だと知るファンに向けてのものじゃない。視線をそうっと上げると、自分の数メートル先を歩くさとりが気がついたようすはなかったので、壮介は胸をなで下ろした。
さとりに誘いを断られたことが思いの外ショックだったことに、壮介は気づいていた。どこへいくのかと訊ねても、答えてもらえなかったことも。
普通に考えて、秘密のひとつやふたつ、誰だって持つのは当然だろう。もちろん、壮介はさとりが浮気をするなんてことはこれっぽっちも疑ってはいない。疑ってはいないのだがーー。
だって初めてなのだ。さとりが自分に対して「秘密」を持つことは。
だからって後をつけるかよ……。
壮介は思慮に欠けた自分の行動に呆れつつも、前方のさとりに視線をやった。そのさとりはといえば、落ち葉を踏む音に、にこにこと笑ったかと思えば、何かを見て驚いたようにあんぐりと口を開けたりしている。一度小さな犬に「キャン!」と吠えられたときは、びくっとしたことを飼い主に謝られ、反対に:米搗(こめつ)きバッタのようにぺこぺこと頭を下げていた。……あー、くっそかわいい。
いっそのこと、さとりに声をかけて後をつけてきたことを詫びようかと、壮介が考えたときだった。ひとりの男がさとりの腕を取り、何かを話しかけている。茶髪にピアスをした、ちゃらちゃらとした若い男だ。真っ赤な顔をしたさとりがぷるぷると頭を振る。けれど、男はさとりの腕を捕らえて離さない。一生懸命に何かを話すさとりを見つめる男の顔は、ぼうっとさとりに見とれたように、わずかにその頬が赤い。
あー、ばかくそやめろ! 俺のさとりに近づくんじゃない!
それ以上我慢ができず、壮介が飛び出そうとしたまさにそのとき、さとりが男から離れた。そんなナンパ男、蹴り倒しても罰は当たらないだろうに、少し離れた壮介の場所からでも、さとりが男に丁寧に頭を下げているのがわかった。ナンパ男はもう一度だけ名残惜しそうにさとりを見てから、その場を去った。
「何をしてるんだかなあ、俺は……」
壮介はため息ともつかない言葉をぽつりと漏らした。帽子を取り、くしゃくしゃっと髪をかきまぜる。なんだか急に自分が恥ずべきことをしたような、後ろめたい気持ちになった。
見れば、さとりは何やらうきうきとしたようすで、どこかへ向かっている。ーー自分の知らない場所へ。
目的地がはっきりしているのか、その瞳はきらきらと輝き、足取りは軽く、そして力強い。
「帰るか……」
壮介はひとつ呼吸を吐くと、それまできた道を引き返した。さとりと暮らす、自分たちの家へと。
「あ! 荻上壮介だ!」
という声が聞こえてくるたびに、壮介は首に巻いたショールにこそこそ顔を埋めた。頭には帽子、顔にはサングラスと、普段はプライベートでもしない明らかな変装だ。ただし、相手は自分が「アナウンサーの荻上壮介」だと知るファンに向けてのものじゃない。視線をそうっと上げると、自分の数メートル先を歩くさとりが気がついたようすはなかったので、壮介は胸をなで下ろした。
さとりに誘いを断られたことが思いの外ショックだったことに、壮介は気づいていた。どこへいくのかと訊ねても、答えてもらえなかったことも。
普通に考えて、秘密のひとつやふたつ、誰だって持つのは当然だろう。もちろん、壮介はさとりが浮気をするなんてことはこれっぽっちも疑ってはいない。疑ってはいないのだがーー。
だって初めてなのだ。さとりが自分に対して「秘密」を持つことは。
だからって後をつけるかよ……。
壮介は思慮に欠けた自分の行動に呆れつつも、前方のさとりに視線をやった。そのさとりはといえば、落ち葉を踏む音に、にこにこと笑ったかと思えば、何かを見て驚いたようにあんぐりと口を開けたりしている。一度小さな犬に「キャン!」と吠えられたときは、びくっとしたことを飼い主に謝られ、反対に:米搗(こめつ)きバッタのようにぺこぺこと頭を下げていた。……あー、くっそかわいい。
いっそのこと、さとりに声をかけて後をつけてきたことを詫びようかと、壮介が考えたときだった。ひとりの男がさとりの腕を取り、何かを話しかけている。茶髪にピアスをした、ちゃらちゃらとした若い男だ。真っ赤な顔をしたさとりがぷるぷると頭を振る。けれど、男はさとりの腕を捕らえて離さない。一生懸命に何かを話すさとりを見つめる男の顔は、ぼうっとさとりに見とれたように、わずかにその頬が赤い。
あー、ばかくそやめろ! 俺のさとりに近づくんじゃない!
それ以上我慢ができず、壮介が飛び出そうとしたまさにそのとき、さとりが男から離れた。そんなナンパ男、蹴り倒しても罰は当たらないだろうに、少し離れた壮介の場所からでも、さとりが男に丁寧に頭を下げているのがわかった。ナンパ男はもう一度だけ名残惜しそうにさとりを見てから、その場を去った。
「何をしてるんだかなあ、俺は……」
壮介はため息ともつかない言葉をぽつりと漏らした。帽子を取り、くしゃくしゃっと髪をかきまぜる。なんだか急に自分が恥ずべきことをしたような、後ろめたい気持ちになった。
見れば、さとりは何やらうきうきとしたようすで、どこかへ向かっている。ーー自分の知らない場所へ。
目的地がはっきりしているのか、その瞳はきらきらと輝き、足取りは軽く、そして力強い。
「帰るか……」
壮介はひとつ呼吸を吐くと、それまできた道を引き返した。さとりと暮らす、自分たちの家へと。
3
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる