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「――それでは失礼いたします」
クライアントからの電話を切った後、日下はグーにした指でこめかみを揉んだ。ここ最近ちゃんとした睡眠が取れておらず、鈍い頭痛が続いている。
酔っぱらって徹にキスした翌朝、日下は逃げるように家を出た。徹を避けたことでますます自己嫌悪に陥り、深い後悔と後ろめたさに襲われた。帰ったら徹ときちんと話をしようと決意を滲ませた日下を迎えたのは、拍子抜けするほどいつも通りの徹の姿だった。それから表面上は何事もなかったかのように過ぎている。
「大丈夫ですか。顔色、あまりよくありませんよ。この後緒方先生との打ち合わせでしたよね。代わりに私がいきましょうか?」
痛みをごまかすようにコーヒーカップに手を伸ばした日下に、筧が気遣う素振りを見せた。
「お気遣いいただきすみません。ありがとうございます。でも大丈夫です」
仕事のことで筧に心配をかけてしまったのを申し訳なく思いながら、日下はいくつかの雑用をすませて席を立つ。
緒方との打ち合わせ場所は、オープンテラスのある落ち着いたカフェだった。案内にきた店員に待ち合わせであることを伝えると、テラス席でワイヤレスイヤホン付けながらノートにスケッチしている緒方の姿を認めた。
「あちらにいました。ありがとうございます」
日下は店員に微笑むと、緒方の席へと近づく。緒方は自宅に作業場も持っているが、ラフなどは外ですることが多いと以前言っていた。気分が変わっていいそうだ。
「緒方先生、お待たせしました。もう少し後にしましょうか?」
日下が声をかけると、緒方は耳に付けていたイヤホンを取り外した。
「いや。ただ何となくイメージをまとめていただけだから大丈夫だよ」
緒方がノートを閉じたのを見て、日下は正面の席に腰を下ろした。鞄から手帳を取り出すと、「さっそくですが――」と打ち合わせを始める。
今度の企画展のプロモーションは緒方が担当する。緒方のイラストを使ったポスターと共に、若手ミュージシャンとコラボした動画も流す予定だ。これまで絵画には興味がなかった若者たちにも、美術に興味を持ってほしいという試みだ。
「後は無事に当日を迎えるだけですね」
打ち合わせも終わり、日下はほっとした気分で冷めたコーヒーに口をつける。そのとき、緒方の手がテーブルの上にあった日下の手をつかんだ。
「衛、きみにはずっと謝らなければならないと思っていた。あれから甥ごさんとはどうだ? きみは大丈夫か?」
不意打ちを食らったように、いま最も触れたくない話題に触れられる。日下は内心の苛立ちをきれいに消し去ると、口元に笑みを浮かべた。
「緒方先生が心配されるようなことは何もありませんよ」
クライアントからの電話を切った後、日下はグーにした指でこめかみを揉んだ。ここ最近ちゃんとした睡眠が取れておらず、鈍い頭痛が続いている。
酔っぱらって徹にキスした翌朝、日下は逃げるように家を出た。徹を避けたことでますます自己嫌悪に陥り、深い後悔と後ろめたさに襲われた。帰ったら徹ときちんと話をしようと決意を滲ませた日下を迎えたのは、拍子抜けするほどいつも通りの徹の姿だった。それから表面上は何事もなかったかのように過ぎている。
「大丈夫ですか。顔色、あまりよくありませんよ。この後緒方先生との打ち合わせでしたよね。代わりに私がいきましょうか?」
痛みをごまかすようにコーヒーカップに手を伸ばした日下に、筧が気遣う素振りを見せた。
「お気遣いいただきすみません。ありがとうございます。でも大丈夫です」
仕事のことで筧に心配をかけてしまったのを申し訳なく思いながら、日下はいくつかの雑用をすませて席を立つ。
緒方との打ち合わせ場所は、オープンテラスのある落ち着いたカフェだった。案内にきた店員に待ち合わせであることを伝えると、テラス席でワイヤレスイヤホン付けながらノートにスケッチしている緒方の姿を認めた。
「あちらにいました。ありがとうございます」
日下は店員に微笑むと、緒方の席へと近づく。緒方は自宅に作業場も持っているが、ラフなどは外ですることが多いと以前言っていた。気分が変わっていいそうだ。
「緒方先生、お待たせしました。もう少し後にしましょうか?」
日下が声をかけると、緒方は耳に付けていたイヤホンを取り外した。
「いや。ただ何となくイメージをまとめていただけだから大丈夫だよ」
緒方がノートを閉じたのを見て、日下は正面の席に腰を下ろした。鞄から手帳を取り出すと、「さっそくですが――」と打ち合わせを始める。
今度の企画展のプロモーションは緒方が担当する。緒方のイラストを使ったポスターと共に、若手ミュージシャンとコラボした動画も流す予定だ。これまで絵画には興味がなかった若者たちにも、美術に興味を持ってほしいという試みだ。
「後は無事に当日を迎えるだけですね」
打ち合わせも終わり、日下はほっとした気分で冷めたコーヒーに口をつける。そのとき、緒方の手がテーブルの上にあった日下の手をつかんだ。
「衛、きみにはずっと謝らなければならないと思っていた。あれから甥ごさんとはどうだ? きみは大丈夫か?」
不意打ちを食らったように、いま最も触れたくない話題に触れられる。日下は内心の苛立ちをきれいに消し去ると、口元に笑みを浮かべた。
「緒方先生が心配されるようなことは何もありませんよ」
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