恋の実、たべた?

午後野つばな

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 すっと、緒方につかまれた手を引く。緒方がわずかに傷ついたような表情を浮かべたが、知ったこっちゃない。
 あれから緒方とは何度か打ち合わせで顔を合わることがあったが、互いにこの前の話に触れることはなかった。もともと自分たちの関係は割り切ったものだ。それ以外の何物でもない。前回緒方がしたことは明らかにやり過ぎで、いわばルール違反だった。緒方自身もそれはわかっているだろう。
 緒方は頭がよく、プライドの高い人間だ。たとえ本心では面白く思わなかったとしても、去る者を追うような真似はしない。それが日下が緒方に持っている認識だった。まさか緒方のほうからその話を持ち出されるとは思っておらず、日下は内心裏切られたような気持ちになる。
 日下は手元の資料をまとめると、コーヒーを飲み干した。緒方を見て、にこりと微笑む。
「それでは当日お待ちしております」
「衛」
 席を立った日下の腕を、緒方がつかんだ。近くの席に座っていた若い女性が、ちらりとこちらを見るのがわかった。
「頼むから座ってくれ」
 まったく緒方らしくない態度に、日下は眉を顰めると、騒ぎを大きくしたくないためだけに大人しく席に着いた。
「先日の件は俺が悪かった。ルール違反だとわかっていても、きみが彼と一緒にいる姿を目にしたら、どうしても感情が抑えられなかった。気づいているかい、自分が彼のことをどんな目で見ているのか。あれは叔父が甥を見る目なんかじゃない。きみは彼のことが好きなんだろう? 彼はきみの気持ちを知っているのかい? もし伝えていないのなら、それはどうして――」
「止めてください」
 緒方の言葉を遮るように、日下はぴしゃりと撥ねつけた。怒りと羞恥で頬が熱くなる。
「衛?」
 突然の日下の激昂に、緒方が驚いたような表情を浮かべる。
「私が徹のことをどんな目で見ているって言うんですか。徹のことが好き? あなたは何か勘違いをしている」
 先日、自分が徹にしたことが甦り、違う、あれはそんなんじゃないと、日下は頭の中で強く否定する。
 そんなんじゃない? だったら何だと言うのだ。反省すればすべてが許されると思うのか。何もなかったことにできると? ――違う、自分が徹にした行為は消したくても消せない。たとえ徹がそんな日下の身勝手さを許してくれたとしても。
 いったい緒方は何の話をしているのだろう。僕が徹のことを好き……? 何をくだらないことを。
「よけいなことを言ってすまなかった。とりあえず席に座ろう」
 言われてみて、初めて日下は自分が立ち上がっていたことに気がついた。周囲の目を気にするように、緒方が席に着かせようとするのを、日下は鼻で笑うように振り払った。その瞳に不快の念を乗せ、これ以上あなたと話を続ける気はないのだと告げる。
「衛……」
 ひそひそと話し声が聞こえた。近くの席のカップルが日下たちのほうを見て何か話をしている。見たいのなら勝手に見ればいい。何をどう思われたって構わない。視線を合わせ、婉然と微笑む日下に、カップルの男のほうがわずかに赤くなった。視線を正面に戻し、緒方を見る。緒方が困ったような表情を浮かべている。
「私にはあなたが何を言っているのか理解できません。正直これ以上この件で話をするのも不愉快です。第一、私とあなたは始めからそんな関係ではないはずだ」
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