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第25話
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そのとき、図書室の扉がノックされた。先ほど客間へ案内してくれた執事が姿を現す。
「トーマスさま。お客さまがお見えです」
「客? そんな予定はなかったはずだけど、誰だろう? 知っている人かな」
「それがトーマスのくそばかやろうのところに案内しろとおっしゃっておりまして……」
執事が困惑したようすで告げると、トーマスは不意をつかれた顔をして、次の瞬間吹き出した。
「誰だかわかったよ。どうやらきみの騎士は心配でじっとしていられなかったようだ」
「え?」
セスが訊ねる間もなく、案内するメイドを押しのけるようにして、アシュリーが室内に入ってきた。セスはぎょっとした。どうしてここにアシュリーがいるのだ。
「アシュリー! お前店はどうした? まさか放り出してきたのか?」
「そんなことどうだっていい。それよりもセスこそなんでこんなやつのところにいるのさ」
「どうでもいいってお前……」
「だってそうだろう。こいつがセスのこと、どんな目で見てるかわかってるくせに、どうしてほいほいそんなやつのところにいけるんだよ」
「ほいほいってそんな……。僕はただ……」
「結局セスは俺が言うことを信じてないんだ。だからそんな迂闊な真似ができるんだよ」
「お前を信じていないなんてそんなこと……!」
「ないって言える? 本当に?」
責めるような眼差しに、セスはショックを受けたように呆然と眺める。
「申し訳ございません、トーマスさまは来客中だとお止めしたのですが……」
セスたちのやり取りを見守っていた執事が、トーマスに頭を下げた。
「ああ、いい。大丈夫だよ、知り合いだ。彼にもお茶を淹れてあげてくれるかな」
「かしこまりました」
執事とメイドが出ていった後、部屋の中にはセスたちだけが取り残された。
「きみの大切な彼に僕が何かすると心配して、じっとしていられなかったのかい?」
いまだ臨戦態勢をとかないアシュリーに対して、トーマスはどこかこの状況を面白がっているように思えた。
「ふざけんな、くそ野郎。寝言は寝てから言え!」
「アシュリー! お前、どこでそんな言葉を……! 申し訳ありません! ほら、アシュ、ちゃんと謝るんだ」
ならず者のような物言いに、セスは驚いた。慌てて頭を下げさせようとするが、アシュリーがそれに抵抗する。
「こいつに頭を下げるなんて死んでも嫌だね。俺は悪いことなんてひとつもしてない。だいたいセスは何もわかってない。セスが一人で悩んでること、俺が気づかないとでも思った? それこそ俺を見くびってる証拠だろう?」
「アシュリー!」
話が段々とおかしな方向へ逸れていることにも気づかないセスの隣で、アシュリーはむっとしたように不機嫌さを隠さない。本人たちは気づいていないが、まるで痴話喧嘩をしているような二人のようすに、トーマスは苦笑した。
「彼の態度を見る限り、きみが言うように単純な子どもの焼き餅だとは思えないどね。まあ、態度は十分大人げないが……」
いったいトーマスは何を言っているのだろうと、セスが疑問に思ったときだ。トーマスに腕をつかまれ、ぐいっと抱き寄せられる。
「セス!」
頬に柔らかな感触が触れ、セスはトーマスに口づけられたのだと気がついた。
「きみは嘘がへただ。隠そうとしても動揺がすぐ顔に出る。もう一度聞く。アシュリーは本当にただの獣人だと思うかい?」
ささやかれた言葉にぎくりとした。心の奥まで見透かすような瞳に、冷や汗が滲んだ。いったいトーマスは何を言おうとしているのだろう。どこまで気づいているのか。早く何か答えなければとセスは焦燥を募らせる。
「セスは俺のセスだ! 汚い手で二度と触るな!」
「アシュ……」
気がつけば奪うようにアシュリーの腕の中にいた。アシュリーがセスの腕をつかみ、そのまま部屋から出ていこうとする。だが、セスはトーマスにキスされたことよりも、彼に言われた言葉のほうが気になっていた。
「アシュ、待って。まだ彼と話が……」
「覚えておいてくれ。きみが望めば、いつでも助けになるよ」
背後からかけられた声に振り向く。セスが不安に思っていることまで、すべてを見透かしたような瞳に胸騒ぎを覚えた。
「待ってくれ。彼と話をしないと……っ」
だけどアシュリーはセスの言うことには耳を貸さず、どんどん先をいってしまう。
夕焼けが野原を染めていた。先ほどから一言も話そうとしないアシュリーを、セスは不安な思いでちらちらと眺める。
「トーマスさま。お客さまがお見えです」
「客? そんな予定はなかったはずだけど、誰だろう? 知っている人かな」
「それがトーマスのくそばかやろうのところに案内しろとおっしゃっておりまして……」
執事が困惑したようすで告げると、トーマスは不意をつかれた顔をして、次の瞬間吹き出した。
「誰だかわかったよ。どうやらきみの騎士は心配でじっとしていられなかったようだ」
「え?」
セスが訊ねる間もなく、案内するメイドを押しのけるようにして、アシュリーが室内に入ってきた。セスはぎょっとした。どうしてここにアシュリーがいるのだ。
「アシュリー! お前店はどうした? まさか放り出してきたのか?」
「そんなことどうだっていい。それよりもセスこそなんでこんなやつのところにいるのさ」
「どうでもいいってお前……」
「だってそうだろう。こいつがセスのこと、どんな目で見てるかわかってるくせに、どうしてほいほいそんなやつのところにいけるんだよ」
「ほいほいってそんな……。僕はただ……」
「結局セスは俺が言うことを信じてないんだ。だからそんな迂闊な真似ができるんだよ」
「お前を信じていないなんてそんなこと……!」
「ないって言える? 本当に?」
責めるような眼差しに、セスはショックを受けたように呆然と眺める。
「申し訳ございません、トーマスさまは来客中だとお止めしたのですが……」
セスたちのやり取りを見守っていた執事が、トーマスに頭を下げた。
「ああ、いい。大丈夫だよ、知り合いだ。彼にもお茶を淹れてあげてくれるかな」
「かしこまりました」
執事とメイドが出ていった後、部屋の中にはセスたちだけが取り残された。
「きみの大切な彼に僕が何かすると心配して、じっとしていられなかったのかい?」
いまだ臨戦態勢をとかないアシュリーに対して、トーマスはどこかこの状況を面白がっているように思えた。
「ふざけんな、くそ野郎。寝言は寝てから言え!」
「アシュリー! お前、どこでそんな言葉を……! 申し訳ありません! ほら、アシュ、ちゃんと謝るんだ」
ならず者のような物言いに、セスは驚いた。慌てて頭を下げさせようとするが、アシュリーがそれに抵抗する。
「こいつに頭を下げるなんて死んでも嫌だね。俺は悪いことなんてひとつもしてない。だいたいセスは何もわかってない。セスが一人で悩んでること、俺が気づかないとでも思った? それこそ俺を見くびってる証拠だろう?」
「アシュリー!」
話が段々とおかしな方向へ逸れていることにも気づかないセスの隣で、アシュリーはむっとしたように不機嫌さを隠さない。本人たちは気づいていないが、まるで痴話喧嘩をしているような二人のようすに、トーマスは苦笑した。
「彼の態度を見る限り、きみが言うように単純な子どもの焼き餅だとは思えないどね。まあ、態度は十分大人げないが……」
いったいトーマスは何を言っているのだろうと、セスが疑問に思ったときだ。トーマスに腕をつかまれ、ぐいっと抱き寄せられる。
「セス!」
頬に柔らかな感触が触れ、セスはトーマスに口づけられたのだと気がついた。
「きみは嘘がへただ。隠そうとしても動揺がすぐ顔に出る。もう一度聞く。アシュリーは本当にただの獣人だと思うかい?」
ささやかれた言葉にぎくりとした。心の奥まで見透かすような瞳に、冷や汗が滲んだ。いったいトーマスは何を言おうとしているのだろう。どこまで気づいているのか。早く何か答えなければとセスは焦燥を募らせる。
「セスは俺のセスだ! 汚い手で二度と触るな!」
「アシュ……」
気がつけば奪うようにアシュリーの腕の中にいた。アシュリーがセスの腕をつかみ、そのまま部屋から出ていこうとする。だが、セスはトーマスにキスされたことよりも、彼に言われた言葉のほうが気になっていた。
「アシュ、待って。まだ彼と話が……」
「覚えておいてくれ。きみが望めば、いつでも助けになるよ」
背後からかけられた声に振り向く。セスが不安に思っていることまで、すべてを見透かしたような瞳に胸騒ぎを覚えた。
「待ってくれ。彼と話をしないと……っ」
だけどアシュリーはセスの言うことには耳を貸さず、どんどん先をいってしまう。
夕焼けが野原を染めていた。先ほどから一言も話そうとしないアシュリーを、セスは不安な思いでちらちらと眺める。
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