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小人さん
しおりを挟む私の家には、小人がいる。
背が小さい人を馬鹿にしている訳でも、変わった名前の人でもない。童話などに出てくる、正に小さな種族の人間だ。 もしかしたら、夢見がちな少女であったなら喜んだりもするかも知れない。そうでなくても、小さな可愛らしい姿を想像して、羨ましがる人がいるかも知れない。
しかし私は、この小人のことが嫌いだ。
まず私の家は、日本ではよく見かける普通の家であることを先に記しておこう。
もうすぐ定年を迎える公務員の父親に、専業主婦の母親。ひと昔前の基本であるため、母親が専業主婦というのは今となっては珍しいかもしれないが……家族構成も普通と言えるだろう。
両親の他に、私には五つ離れた姉がいる。彼女は、高校卒業間近に金持ちの資産家を捕まえた猛者だ。そのため、本ばかり読みふける私は彼女にとったら、夢ばかり見て現実を見れていない駄目人間らしい。
お金が好きだというのも、大概分かりやすい現実主義的思考だと思うのだが、姉に言わせると『あんたに言われたくない』だそうだ。 ―――まぁ、私のかくも悲しき姉による罵倒の数々を此処で語る気はない。今問題なのは、私の家へ勝手に住み着いてしまった小人のことだ。
あいつの性別は男で、全長は500ミリリットルのペットボトルくらいしかない癖に八頭身だ。そこからして、私にとっては面白くないし、可愛くもない。由緒正しき日本人である私には、海外の血は知る限り入っていない。
非常に残念だが、それは同時に 私の小さな鼻や短めの足に影響が出たようだ。
そんな私に対し小人の顔は、小さくても分かるほど目鼻立ちがくっきりとしている。きっと私が同じサイズになろうものならば、のっぺりとした顔すぎて何処が目だか鼻だか分からないであろう。
おまけに、髪は金髪で瞳はブルーだというのだから、神様はどうしてこんなにも、不平等な事をするのだと嘆きたくもなる。
だがしかし。私はなにも、嫉みや僻みの根性で嫌いだなんだと言っているわけではない。この小人はよく私に悪戯をする。これまでお菓子を勝手に食べられたり、私物を目につかない所に隠してしまうなどをはじめ、色々なことをされた。
忙しい時に限ってそうなのだから、まったく嫌になる。あいつは悪戯にかかった私をみて、けらけら笑い声を上げるのだ。
例えば、受験勉強が上手くいかず苛ついているのに、ペンや消しゴムを隠されるのなど日常茶飯事だ。他にも、普段ブラックで飲むコーヒーにミルクが入っていた事や、寝ている間に髪を三つ編みに結われていた事もある。最近一番苛立っているのは、出来たばかりの恋人とのせっかくのデートだと言うのに、財布を毎度隠されることだ。
「ちょっと、いい加減にしてよ!」
「あはははは」
アナログ人間の私は電子マネーなどをうまく活用できないため、財布がないのは、死活問題だ。お金は相手の男性もちでいいと考える人も多くいるだろうが、私は成り行きで払ってもらう事はあっても、端からそれを期待するのはいかがなものかと躊躇するタイプなのだ。
大体、高校生にもなって「財布が見つからない」など情けない事を、恋人に言いたくはなかった。勿論、小人に隠されたなどとも言える訳がない。
気心の知れた関係になっていればまだしも、付き合って間もない恋人にだらしない人間だと思われたくないという感情のほうが勝った。お金を下ろそうにも、カードは財布の中に入っているため見つけなければ始まらない。小人を問い質したいが、こういう時はけらけらと笑う声が聞こえるだけで姿を見せない。
「ほら、もう時間がないんじゃねーの?頑張れ~」
「五月蠅いってば!」
初デートのときに、何とか財布を見つけて待ち合わせの場所に着いたのは、三十分以上経過した後だった。それからも何度かデートの待ち合わせに遅れたり、朝の通学の際に待たせている間に、彼とは別れる事になってしまった。最後には、彼から冷たいまなざしを向けられ『そんなに回りくどい事をしたり、嘘をつかなくても別れてやるよ』という、捨て台詞を浴びせられた。
私は「嘘でも、わざとでもない」と言い募りたかったが、毎度物が見つからないなんて理由で待ち合わせに遅れていたら、疑いたくもなるだろう。よくて情緒不安定なおかしな女扱いだ。振られたすぐ後に、私は自分の部屋にこもって大声で泣いてやった。
「おかえり~」
「ふざけんな!」
暢気に笑っている小人に文句を言ってから、思いっきりベッドに突っ伏した。
おろおろと小人が戸惑っているのが眼の端に移るが、声を掛けられてもひたすら無視をした。小さな何かが優しく私の手に触れてくるが、そんな物知った事か。
あんなくだらない理由で、彼に振られて悲しかった。
待ち合わせに毎度遅れて振られたなど、私くらいのものだろう。大体どうして小人のせいで、嘘つき呼ばわりされなければいけないのだと恨みもした。―――けれど何より嫌なのは、ちょっとだけホッとしてしまった自分自身だ。
彼に告白されて嬉しかったが、私も彼もお互いの事を全く知らない。同じクラスになった事もなく、これまで一言二言話した事があるだけだった。付き合う内に好きになれるかもしれないと考えていたけれど、彼女になった途端なれなれしくされるのに抵抗があった。
その上神経質な人だったから、少しでもだらしないと思われたら軽蔑されるのではないかと何時もどこか怯えていた。
彼との会話は楽しかったけれど、恋人同士でいる意味を見いだせなかった。そんなことを考えている時点で、私は恋愛対象として彼を好きではなかったのだろう。
黙って頭をなでてくる小人は、何も知らない癖に『駄々をこねる子供をなだめる大人』のような眼差しを向けてくる。ムカついたので、顔を横に向け何か言ってやろうと口を開くが……
「ん?落ち着いたか?」
そう何時にない優しい口調で問われて、押し黙る。
優しい表情に、穏やかな声は嫌でも落ち着かされてしまう。
「……泣いて反省するくらいなら、好きでもない奴なんかと付き合うなよ」
私よりも遥かに小さいくせに、小人は私よりも考え方が大人だ。『夜中に間食するくらいなら、根をつめて勉強するな』というし、『胃を痛めるからブラックでコーヒーを飲みすぎるな』とも注意される。
まるで口うるさい母親のようだが、どんなに冷たい態度をとっても、傍にいてくれる小人に感謝する時もある。―――けれど、それを素直に認めるのは少し悔しい。
いつも小人がいうことは正論だと分かってはいるのだが、今回の件は異議を申し出たい。もとはと言えば、小人のいたずらが原因でこんなにも早く破局を迎えたのだ。
「…好きな人もいない小人に、何が分かるのよ」
つい、拗ねるようにつぶやいた言葉を聞いて、小人はきょとんとした顔をした。
でも、しばらく私を呆然と眺めていたと思えば、普段のようにけらけら笑いだした。
「お前を好きじゃなきゃ、こんなに世話なんて焼かないさ」
笑い交じりに言われた言葉は、元恋人に言われた告白よりも胸に響いた。段々と頬が熱を持ってきているのが分かる。ベッドに寝転んだままだったから、小人の顔が真剣なのも分かる。『いきなり何を言うのか』と挙動不審になったのを見て、小人は額に顔を寄せてきた。
「大きさなんて気にならない程、好きだよ」
にこりと目の前で微笑んだ小人は、してやったりという顔をしている。きっと私が動揺することなど、小人には予想の範疇だったのだろう。間近でそれ以上小人の顔を見ていられなくなった私は、思いっきり枕に顔を埋めた。
やっぱり私は、小人が嫌いだ。
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