リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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流されるな(8)

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 英司はもうひとつのプレミアム焼肉丼も千秋に食べさせようとしたけど、それは流石に持ち帰ってもらうことにした。

 千秋だって普通に考えたら完食は無理だと思ったが、超がつくほどの空腹と目の前の大好物、そういえば自分は普通の状況じゃなかったのだ。寿司が食べ終わって、まだ腹に余裕があったのもあり、プレミアム焼肉丼をどうしても食べたくなった。

 まるで餌付けでもするかのように、もっと食べろって促すから、恥を忍んで言ったのに。それを、この人は……。

「すいませんね!だって、プレミアム焼肉丼だったし……」

「ふっ、絶対フルネームで言うし。やっぱり好きだったんだ?」

「……好きですけど」

 前は英司が空腹で大変なことになっていたのに、これでは立場逆転だ。

 ……ん?待て。やっぱりって?千秋は今まで英司にプレミアム焼肉丼について話したことなんてない。どころか、好きな食べ物を言ったことすらないはずだ。

「俺が好きなの知ってたんですか?」

「いや、焼肉丼のことは知らねえけど。お前、部活で焼肉食べ放題に行った時、今までで一番の食いつきだったからな。ご飯も一緒に食べるタイプだっただろ。だから焼肉丼とか好きそうだなって」

 それは英司が三年生、夏休みの頃の話だろう。普段はファミレスばかり行っていた千秋たちだったが、引退前最後というわけで、全員で焼肉に行ったのだ。

 しかし、俺はそんなに食いついているように見えてたのか、しかもちゃっかり分析された上、完全に図星を当てられている。千秋は五年越しに恥ずかしくなった。

「寿司もお前の誕生日に回転寿司行った時、サーモンばっかり食べてたしな」

 それは、英司と両思いになったあとのことだ。

 千秋の誕生日は12月。英司は忙しい勉強の合間を縫って、千秋を連れ出してくれたのだ。食べたいものを聞かれて、回転寿司と答えたのを覚えている。

「海老は少し苦手だろ。だから今日は抜いて、かわりにサーモン増やしてもらった。他の要望も聞かれたし、融通きくなあそこ」

「え、そうだったんですか?俺、てっきり……」

 実は、メニューは店前に表示されてはいるけど、見るからに高いからとあの寿司屋に入ったことがなかったので、中身事情も知らなかったのだ。

 とはいえ、今日そこまでしてくれていたなんて、と千秋は呆気にとられる。

「じゃ、じゃあ、ケーキは」

「ケーキ?ああ、みんなで休みの日ゲームしに行った時、ケーキ持ってったらすげえ喜んでたよな。あの無駄にキラキラした仏頂面の弟も一緒にな」

 あの時ばかりはお前ら似てたわ、と英司が思い出したように笑う。

 あの日だけではない、それから休みに千秋の家に集まる時、人に貰ったと言ってはよくケーキを持って来ていた。あれは、弟も含め俺が好きだと分かっていたからだったのか。

 千秋はぎゅうとなる胸に、無意識に手をやる。焼肉の事といい、誕生日の事といい、ケーキの事といい……この人は何でそんなに覚えているのか。

「まあ、店の名前は忘れたんだけどさ。いくつかあったし。普通にケーキが好きか、甘いのが好きかだと思ったんだけど、違った?」

 ああ、本当、この人は一体。

 つまり今日、俺の好物ばかりだったのは、ただの偶然というわけではなかったのだ。

 千秋ですら記憶が薄れているところがあるというのに、英司は頭も良ければ記憶力もいいのか。もしかして記憶力がいいだけでなく、千秋だったからとか……いやいや、流石に、それは。

 でも、もしもこれが都合がいいから復縁したいだけの相手であったならば、こうまでするだろうか。千秋はらしくもなくそんなことを考えた。

「……甘いものが好きで、一番好きなのがケーキです」

「やっぱり?さすが俺だな」

 英司は得意げに鼻を鳴らしたが、どこか安心しているようにも見えた。

「あの……俺、ケーキも食べたいです」

「お……まだ食べれるのか、すげえなお前」

「いや……甘いものは、別腹だし……だ、だめですか?」

 ついそう言ったが、本当はそれだけじゃない。そうまでして買ってきてくれたものを、食べないのは失礼だと思ったからだ。というよりは実際、腹はすでに結構いっぱいだったけど、なぜか急に、すごく食べたくなったのだ。

 千秋がそろそろと様子を伺っていると、英司はふっと優しく笑った。

「いいに決まってるだろ。お前のために買ってきたんだぞ」

「っ……じゃあ俺、すぐとってきますね!」

 勢いよく立ち上がると、千秋はパタパタと冷蔵庫の方に逃げた。

 このタイミングであんな笑顔見せるなよ。ちょっと頭がおかしくなってしまっている、このタイミングで。

 慌てる気持ちを抑えて、冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。

 皿に出そうと蓋を開くと、今度は目を見張った。

 これ……!

「柳瀬さんっ、これ、抹茶タルト!」

 思わず部屋の入り口まで戻ると、英司を呼んだ。

 だって、この店の名前とロゴを見て一番に思い出した抹茶タルトがあったのだから、さすがに驚いたのだ。ここまで好きなものが出てくるといっそこわい。その特定力かなんなのか、わからないが。

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