リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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流されるな(9)

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 英司が、部屋の入り口から顔を覗かせている、少し興奮した様子の千秋の方を向いた。

「抹茶タルト?」

「あ、いや」

 急な謎の報告をしてしまったことに気づき、千秋は我に返る。バツ悪く引き下がろうとすると、英司は、へえ、と意地悪く笑った。

「さすがにどのケーキが好きかまではわからなかったけど、当たっちゃった?」

「ちがっ……違わないですけど」

 数あるケーキの中からこれを選んだのか……。

 千秋は今さら否定することなどできなかった。そうすれば「じゃあ食べなくていい」と言われてしまうかもしれない。それだけはだめだ。

 いや待てよ、ケーキは二つある。こっちが英司の分だったのかもしれない。もう一つはチョコレートケーキだ、こちらも随分美味しそうだった。

「柳瀬さん、どっち食べます?」

「聞くのかよ。どっちも食べていいぞ」

「ど、どっちも?」

「食べきれないなら冷蔵庫にしまっておけばいいだろ」

 そんなわけには……と言いかけると「俺甘いものそんな好きじゃねえから」と返され言い返せなくなる。

「じゃあ……ありがたくいただきます」

 今日は抹茶タルトだけ食べることにして、チョコレートケーキは英司に言われた通り冷蔵庫にしまい、明日食べることにする。

 またさっきのところに座り直すと、英司がわずかに微笑みながら機嫌良さげにこちらを見てくるのだから落ち着かない。

「……いただきます」

「どうぞ」

 抹茶タルトにフォークを入れて一口食べると、抹茶の風味と柔らかな甘さがたちまち口に広がった。やっぱりおいしい…幸せだ。

 というか柳瀬さん、自分は好きじゃないのに買って来てくれたんだな。それはつまり本当に俺のためだけにってことで、それは申し訳ないような、う……嬉しいような……。

「柳瀬さん、なんでここまでしてくれるんですか」

「あ?」

 あ、まずい。言った後すぐに千秋は後悔した。それは昔離れてしまった千秋を取り戻すためだと一応わかってることであり、でも深掘りすれば二股事件にたどり着く。現にそれがあるせいで、千秋はこの男を怒っていたはずなのに。

「いや、今のは忘れてください」

「お前が好きだから。気引きたいに決まってるだろ。こんなに言ってるのに、お前まだわからないのか?」

「だ、だからいいですっ。言わなくて」

「下手すれば中学の頃より鈍感になってるぞ」

「は、はあ?」

 決して鈍感なわけじゃないけど、そんな感じになってるのは全部あんたのせいだろ!と今度こそ叫びたくなった。

 ダメだダメだ。また言い合いになってしまう。何であれ、今日はこうして英司に良くされている。俺は分別のつく男だからな……と自分に言い聞かせる。

「話は変わりますけど、今日はご飯とかケーキ、あとお菓子も…本当にありがとうございました。あの、俺も払うんで、いくらですか?」

 流石にこの量、相当値段はいってるはずだ。そうでなくても、千秋はこうするつもりだったが。

 なにせ今日は誕生日でもなんでもない普通の日だし、本当のタダ飯(しかも全部大好物)食らいになるわけにはいかない。

「いらねえよそんなの。俺が勝手にやったことだしな」

「いや、でも」

「じゃあ、この前俺が腹減りすぎて倒れたとき飯食わせてくれただろ」

 今思いついたように言う英司。

「今日のとは値段も量もクオリティも全然違います」

「ええ?高梨の手料理ってだけで十分すぎだろ。それに、俺は倒れたところを助けられたんだぞ。あとめちゃくちゃうまかったしな」

 助けたは大袈裟すぎだし、あの時のは誰でも作れるような野菜炒めとスープだったのに……。そう言われると、逆に恥ずかしくなる。

 千秋が何か反発の言葉を考えていると、頬杖をつく英司が何かいいことを思いついたかのように笑った。

「じゃあ、今日約束守れたご褒美もプラスで」

「はあ?子どもじゃないんですよ」

「ちげえよ。俺が一方的にさせた約束だったからな」

 かなり一方的だったの、わかってたのか。

 でもそれを承諾したのも千秋である。それを訴えると「お前には約束しても得はないけど、俺にはあるだろ」と意味のわからないことを言われた。

「得って。柳瀬さんこそあるんですか?」

「お前を他の男の家にいさせなくて済むっていう得」

 少し低い声で答えた英司の表情は、口角は上がったままだが、どこか冷たさを含んでいる。

 ……そういうことか。この人は俺が拓也の家に留まることが不満なようだった。ただの友達なのに、そう言っても納得しないのだから仕方ない。

「……じゃあすみません、今日はご馳走になってもいいですか?」

 これ以上この話題をは広げまいと、半ばそれに押し切られる形で千秋は折れることにした。結局何を言っても払わせてくれなさそうなのも、薄々感じていた。

 満足したように、ああ、と英司が頷く。

「ありがとうございます。ごちそうさまでした」

 ちょうどケーキも食べ終わり、フォークを置く。

「美味しかった?抹茶タルト」

「はい。昔から好きなやつだったので」

 嘘偽りのなく言うと、英司は困ったように少し眉を下げて笑った。予想していた反応と違い、少し引っかかる。なんだ、何か変なことでも言ったか?

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