リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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流されるな(10)

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 英司は、はぁ……とため息までつくと、千秋の怪訝な表情から感じ取ったのか「いや、」と切り出す。

「金はいいけど、本当は別に何かしてもらおうと思ってたんだけどな」

「はい?」

「まあ、あわよくばの話だけど」

 な……な……!

 やっぱりこの人、飯の見返りに何か要求しようと企んでたのか!俺の予想は間違っていなかった。食べ始める前に考えたことが当たり、ほら見ろ、と千秋は心の中で得意げに言った。

 でも、文脈的にはしてもらおうと思ってた、ということらしい。過去形だ。なら、今は違うということか。

「でもお前のマジで喜んでる顔見たら、そんなことさせるのもなって」

 何をさせようと考えていたのかは知らないが、どうやら大好物を目の前にした千秋の喜び具合に、考えを変えたらしい。

 そんなにわかりやすく喜んでいたか…?俺。英司から見る千秋と、千秋が思う千秋は、いつも全然違う。

 英司は再び、何か要求したい気持ちとそれを憚れられる気持ち、その両方に葛藤させられているようだった。

 しかし、今日のことはすでに、前に千秋の手料理を食べた借りを返すことと、約束を守ったご褒美ということで一応落ち着いたはずである。

 でも一方で、たしかに、やはりそれだけでは足りないとも思っていた。そもそも、英司が言ったその二つについて千秋は納得できていない。だから、なんだか不完全燃焼というか、そんな感じなのだ。

 まず、今日、英司はすごい量の食べ物を買ってうちにやって来た。約束を守るかもわからないのに。そして、とんでもない記憶力と分析力により、千秋の好みを特定し、そのために色々と骨を折ってくれた。店も何件も回ったことだろう。

 全て、千秋のために。

 それはまるで愛されているようで───とにかく、さまざまなことを合わせて考えると見合っていない。全然対価を払えていない。それはなんだか、対等ではないと思う。

 ……ああ、だめだ、今俺は、美味しいものを与えられすぎて気が大きくなっているのかもしれない。

 だから……。つまり、何が言いたいのかって言うと……

 千秋は、勢いで、指を差すようにずいっと人差し指を英司の前に突き出した。でもその手は、すぐに勢いをなくして、するするとテーブルに落ちていく。

「ひ、一つだけなら……」

「ん?」

 テーブルに肘を乗せて頬杖をついている英司が、何か言い始める千秋に目を向けた。

「一つだけならっ、……言うこと、聞いてあげなくもないですけど」

 思わずぱっと顔を手から浮かせた英司。

「え…………。え?」

 これまた珍しい顔で、まさかの千秋の申し出に驚愕するのであった。

 ぽかんとしている英司が何も話さないので、間が悪くなり「お、俺ができることだけですけどね!」と慌てて付け加える。

「千秋……いきなりどうしたんだよ」

 英司は自分から話に乗って来たことに驚いているようだった。

「お金を払わせてもらえないなら、それくらいしていいと思っただけです。それもいらないって言うなら俺は別に……」

「待て高梨。いらないわけがないだろ」

 引き止めるように、英司は先に告げる。

 もし無茶なことを要求されたら、断れば良い。さあ、何がくる。掃除か、パシリか、それとも頻繁に飯を作る約束でもさせられるか。いや、それくらいならまだマシだろう。

「お前にできないこと以外なら、何でもいいのか?」

「まあ、基本的には……」

 できないの反対はできるだからな。できることはできるに決まっている……と、千秋は当たり前なことを考える。

「なら、お前のこと、満足するまで撫でさせて」

「撫でる?」

 こうは言っちゃなんだが、そんなことでいいのか。もっと面倒臭い要望をぶつけてくるかと思ったが、そんなのただじっとしていればいいだけだ。たしかに、黙って撫でさせてやるというのだから、少し、いやかなり屈辱的で恥ずかしいだけで。

「そんなことでいいんですか?」

 念の為もう一度確認しておく。

「俺がしたいことだし、いいだろ?」

「柳瀬さんがいいなら、いいですけど……」

 少し腑に落ちない部分もあったが、とんでもない要求ではないし、本人が言うなら受け入れるべきだろう。

 何が楽しいのかわからないけど、もしかしたらペット的な癒しを求めているのかもしれない。もしそうなら、希望に添えなさそうだが。

 英司が「ベッド座っていい?」と聞いてきた。この部屋にはソファがなく、テーブルの横には座布団が置いてあるだけだから、ずっと座っていて体が痛いのかもしれない。

 いいですよ、と答えると、そのまま英司はすぐ後ろのベッドに腰掛けた。

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