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そばにいる方法(1)
しおりを挟む夏休みも終わり、あっという間に十月下旬。
最近、千秋が長年働いている居酒屋に新しいバイトが入った。
夫婦経営のこじんまりとした居酒屋なのでバイトは千秋だけだったのだが、店長が言うには「家庭環境が大変らしくて、バイト先に困ってたから拾った」だ。
事前に聞かされていたので、どんな人かと思っていたが、それがとても綺麗な男の人だったのだ。
「白石湊です。今日からよろしくお願いします」
儚げな美人というか、線が細いというか。しかし、弱々しい感じもしない。背は千秋と同じくらいだ。
「高梨千秋です。よろしくお願いします」
優しそうな人だし、よかったと安心する。色々教えるのは千秋の役目なため仕事や物の場所を教えているうちに、湊は千秋より一つ年上なことがわかった。
休憩に入り、奥の部屋で湊が尋ねてくる。
「大学はこのへん?」
「あ、はい」
大学名を言うと、「あの頭のいいところか!」と感心された。
「俺は近くの看護学校に行ってるんだ」
「え、じゃあ、ものすごく忙しいんじゃ」
一つ上ということは、三年だろう。看護学生は医学生と同様、勉強や実習が大変だと聞いている。現に、英司や恵理子も忙しそうだ。
「まあ、そこはなんとかね」
家庭環境が大変、というのが絡んでいるのだろうか。そこに他人が突っ込む必要はないが、訳ありな様子が少し気になった。
ところで、と湊が話を変える。
「高梨くん、どっかで会ったことない?」
「え?白石さんとですか?」
「なんとなくそんな気がして」
どこでだろう、と湊が考え始める。言われてみれば、そんな気もしてくるし、そうでもない気もする。
「どっかですれ違ったりしたんですかね?」
「ああ、そうかも」
湊は、このへんよく来るしと納得したようだった。
「でも、俺本当に困ってたからここで雇ってもらえてよかった。高梨くんも優しいし。これからよろしくね」
雇ったのは自分ではないが、そう言われて嬉しくなった。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
湊は話しやすい人だし、人手が増えるのもいいことだ。
家に帰ると、英司が部屋の中にいた。
「……あ、使ったんですね」
「ああ、なんかすげえドキドキした」
というのも、つい最近合鍵をお互いに渡したのだ。そして、今日初めて使ったというわけだ。
自分より先に家に英司いる、というのはいいかもしれない。と心がじわじわした。
「まさか、千秋もくれるなんてな」
……まだ言ってるし。そう、最初は英司が「これ預かってて」と合鍵を渡してきたのだ。
英司の部屋に行くことはあまりないのだが、これなら朝時間が合わない時に弁当を置いて行ったりできる。
それならと、一番二人でいる時間の多い千秋の部屋の合鍵も渡そうと思ったのだ。
大抵千秋の方が帰宅が早かったり英司が遅かったりで使う機会が訪れなかったが、今日はバイトだったこともあり初めて使えたらしい。
「なんか、新たな一歩って感じだな」
着替えようとした千秋を後ろから抱きしめて、英司はそう言った。
新たな一歩。確かにそうかもしれない。
「……離れてください」
「あ、照れてる」
ぷに、と指で頬をつつかれる。
「そ、そういえば」
このまま変な方向に行きそうだったので、慌てて話題を変えることにした。
ようやく英司が離れたところで千秋は部屋着に着替えながら話す。
「今日新しいバイトの人が入ったんですよ」
「あの居酒屋の?行ったことないけど、たしかバイトは千秋だけだったんだろ?」
「はい。俺がいない日は店長の息子さんが手伝ったりしてるらしくて。人手ほしかったし、優しそうな人だったんでよかったです」
たしかに人は多い方がいいな、と英司が返す。
「ところで、男?女?」
「……それ、なんか関係ありますか?」
「いや、どっちでも要注意だ」
「え、そういう意味じゃ」
言い終わらぬうちにガバッと抱きつかれ、
「言わないと恥ずかしいことするぞ」
と抽象的すぎる脅しをされる。
「い、言いますからっ」
「えー?」
「男です、男」
「ふーん」
もう聞く耳など持っていない。英司はせっかく着替えた服を脱がしにかかってくる。
「ちょっと柳瀬さんっ、あ……」
そのままベッドに縺れ込めば、長い夜の始まりだ。
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