白木と武藤

一条 しいな

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 ここに来て、また泣いていたと武藤は思っていた。目覚め、また武藤は白木に夜の枷をしなければならないことに絶望した。そうして、家に帰れないこと、現実の世界に帰れないことを絶望した。
 仕事だって、たまっている。やらなければ、自分は捨てられる存在である。しかし、社会からドロップアウトしているような自分が会社員など勤まるはずもなく、バイトで食いつないでいくのかと考えていた。しかし、バイトも会社員もなれる自信はなかった。バケモノと人間の区別がつかない自分では。
 そんな絶望感があった。やはり、自分にはダメなのかしれない。
 そんなことをようやく武藤は考えていた。
 顔を上げると、懐かしいものがあった。スマホだ。それを手に取り、電源を入れる。電源はついた。それは明るい日差しのように見えていた。それは、確かに。
 ネットは見ることができず。メッセージアプリは入力もできずにいたが、メッセージは見られた。祐樹の言葉だった。それは短文だった。祐樹は混乱しているのか、わからない。
 ただ、それだけしか書いていない。書き込みたいことはたくさんにある。書きたいことは。
「俺は、祐樹が存在していれば、なんでもいい」と書きたかった。そんなことを言う自分がバカだと思う武藤がいた。
 自分でも友達のために自由と命を化け物に渡す行為は愚かだと思う。しかし、そうしなければ武藤は生きていけないだろうとわかっていた。あの夏の再来だと思った。何度も悪夢に見た。あの夏。冷えていく祐樹の体、血の匂い、恐怖、なにもできずにいた自分。
 そんな自分を刺激されている。それは悪夢に近い。何年もたっても、それは武藤を苦しめる。それが救いになっていたときもある。ああ、しなければ、祐樹は死んでいる。きっと今も。これでよかったと武藤は思うが、いつか殺されると思うと生きた心地がしない。
 朝日は窓、格子から入ってくる。穏やかな空気がそこに広がっている。キラキラと光る太陽、それは現実の世界を模しているかもしれない。そんなことはわかっている。偽りの太陽かもしれない。しかし、それは温かで武藤には布団の中で眠っていたかった。そんなことを許されるのは学生のとき、以来でもある。
「起きたか。飯にしよう」
「白木、おまえ、食べるのか?」
「別に食べなくてもいい」
 そういうとニヤリと白木は笑った。皮肉めいたそれを武藤は自分のためだと気がついた。布団からはいでいると、頭がクラクラすることに気がついた。片膝をつくと「水か?」と言われてしまった。そのまま、水差しから口に運ばれると思いきや、水差しの水に口を含む白木がいた。
 そうして、顔が近づく。平凡な顔が。そうして、気がつけば、口づけをされる。そのまま、薄くて開いた唇から舌を入れられる、口が湿っていく。
 武藤はされるがままだ。そうして、しばらくぼんやりしていた。水分を補給したことで頭がクリアになった。
「俺はおまえを食らうつもりなんてない」
 そう言われてしまった武藤はぼんやりと、白木を見た。まるで、性的な行為を連想させる動きもなく、ただ水を飲ませるだけ。それだけなのに、武藤にはわからなかった。一瞬、白木が愛おしいものを見るような目をした。
 そんな目で見られることは初めてで自分がときめいていると、武藤は気がついた。雰囲気に流されるなと考えていた。
「だったら、普通に水を飲ませるんだな」
 そうイヤミのようなことを言い出す。イヤミではないのだが、武藤にはそう自分で聞こえていた。そんな武藤を白木はチェシャ猫のような笑みを見せていた。
「それでは、面白くない」
 なにが面白いだと武藤は言いたくなった。そんな武藤を白木は見つめる。二つの目で。この目はもしかしたらたくさんにあるのではないか、そんな想像力を試されていると考えていた武藤は無理やり白木を見つめていた。
 本当は直視できない。直視したくなかった。
 白木は案の定、ニッコリと笑った。それが不気味なものに武藤には見えていた。武藤の気持ちなんて、白木は知らないはずである。そう言い切ることが武藤はできずにいた。それはここが化け物の世界、そこの主人は白木だからだ。
 白木の愛玩は武藤であり、武藤の主人は白木である。その関係は崩れることがないだろう。今のうちには。しかし、実際にはこんなもろい関係はすぐに壊れるだろうと武藤は考えていた。
「仕事をしたい」
「だめだ」
「なぜ?」
「それは、俺と付き合う時間がなくなるからだ」
 そう白木は笑った。
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