白木と武藤

一条 しいな

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 白木は外で待っていた。腕を組んで、床を見つめていた。短髪のせいか、顔がよく見える。彼の表情はどこか、迷子の子どものように武藤には見えた。
 ぼんやりと明かりが見えている。明かりに当たる白い足が見えている。自分の足だと武藤は気がついた。自分の欲望を出したせいか、妙に現実が遠いものに見えていた。武藤はしばらく白木を見つめていた。
 白木の黒い瞳が濡れているように見えた。なぜ、そんな顔をしているのか、武藤にはわからない。
「白木」
 それも一瞬のことだったのか、白木はいつもの表情に戻っていた。にやりとしたチェシャ猫を連想させる表情だった。なにを考えているのか、わからないその笑みで自分の考えを惑わす、いつもの白木だ。
「行こう」
「まあ、おまえのいやがることはしない」
「した」
 言葉を短く、武藤は言っていた。怒っているように聞こえてくれと願う自分がいる。床は冷たく、自分の体が発熱しているように、体温は熱い。それは当たり前だと武藤は考えていた。彼の脳裏には祐樹がいた。それを悟られたくなかった。
 白木ではない。祐樹に欲情する自分の浅ましさで罪悪感が胸に広がっていた。それを悟られたくない。悟られたら、白木が祐樹に危害を加えるのではないかと武藤は考えていた。それは自然と頭に浮かんでいた。白木は武藤の後ろについていく。そのまま、ふわりと体を浮かした。
 最近、体を浮かせることが少なくなったから、久しぶりの感覚に武藤はなった。白木には悪いが、そうしていると過去が懐かしいものに感じている武藤がいて、それがひどく自分を傷つけるものだと武藤は気がついた。
 感傷的な自分を恥じるように武藤は下を向いた。自分の足が見える。足は靴下で日焼けをしていない白い肌で、爪は不恰好である。固そうな爪はピンクである。濁った白い爪も見える。白い足には、血管が浮き出ている。それを武藤は眺めていた。
 自分との意思とは関係がなく、足が動く。帰る場所は布団だ。そこから逃れることはできずにいる。自分が白木から逃げられない。白木は、武藤の感情を食べて、恋愛感情を抱いた。そう考えると、武藤には不思議なもので、気持ち悪いというよりなぜということが頭に浮かぶ。
 自分はゲイではないが、武藤自身が変わっていると気がついた。以前の武藤ならば、祐樹に欲情したのだろうか。そんなことをつらつらと武藤は考えていた。
 部屋に着いた。部屋は寒かった。明かりがついている。あんどんの中では光を放っている。電気だろう。部屋の奥の方まで光が入っている。床は板でできていない。畳が敷いてある。そこまで気がついた。
 以前、床は板張りでなかったか。疑問に思う武藤を白木は抱きしめてきた。もう白木自身、空に浮かんではいない。
 白木の鼻息が武藤の首筋に当たる。身長は、同じくらいのはずだが。いや、違っていたのか。武藤は混乱していた。自分の中の白木はどんなものだったか。武藤の記憶を刺激するのは、ニヤニヤと笑っている白木となぜか武藤は悲しそうな顔をしていた白木も浮かぶのだ。
 武藤は白木の顔を見ていた。今、どんな表情をしているのか、それが気になるからだ。武藤にとって、白木はなんだろうか。今まで考えていなかった。
 白木は楽しそうな顔をしていた。つらそうな顔をしていない。口角を上げている。興奮のためか、唇が赤くなっている。それが印象的だ。武藤はその唇をずっと見ていた。目を見たらダメだという長年の習慣のせいで、見られなかった。
 武藤は白木の体温を感じる。温かい体をしている。自分の貧相な体には、なにも魅力もないはずである。
「武藤は、なんで自信がないんだ」
「それは」
「おまえはすごい」
「は?」
「ここまで生きてきた」
 武藤は驚いていた。その顔が表情に出ているのか、白木の唇は薄く、縦に広がってる。その唇から牙が出てくるのではないか。そんな恐怖が武藤を襲った。
 武藤はしばらく黙っていた。
「おまえは美しい。傷つきながらも、必死に生きている」
 そこが気に入っているのか、と武藤は問いかけたくなった。それはこそばゆいものである。武藤には意外な言葉だった。自分がそこまで誰かの魅了するような生き方をしたつもりはない。人の影に隠れて、誰も見つからないような生き方をしていた。
 もし、祐樹が武藤を見つけなかったら、武藤は孤独だった。一人で悩みを抱えていたかもしれない。しかし、それは祐樹という存在がいるだけで、武藤には生きる理由となった。
 例え、後ろ向きな理由でもあっても、祐樹の命を永らえさせるために、白木が武藤の感情を食べていても。こうして愛玩になったのも祐樹を生かすためだ。もう後戻りはできまい。武藤は自分を飽きないためには、どうすればいいのか、考えなければならない。
「武藤」
 そんなことをすっかり忘れていた。いや、白木が武藤のことを好きという事実ばかり気を取られていた。そういう問題でもないのだ。武藤は白木の気持ちをどう対処するかという、対等な立場ではないと思い出した。従っている自分は欲望に飲まれているからではない。祐樹のためだ。
 そう思っても、やはり怖いものである。「愛玩になる」と言葉にしたときも怖かったが、それ以上に怖かった。自分の体を変化してしまうのかもしれない。今まで、できたことができずにいるのかもしれはい。手を変化されるかもしれない。腕を変なものに変化されてしまうのではないか。
 愛玩とは所有されていることである。かわいがるためには、変化をさせられてしまうのではないか。そんな恐怖が武藤にはあった。
「武藤」
 白木の手が近づいてくる。頬を触り、顎を触る。ざらついた感触。ヒゲが伸びたのか、と白木がいう。
「おまえはかわいいよ」
 愛おしいのか、からかっているのか、武藤にはわからない。ただ、本音なのか、わからない。そんな困惑した気持ちを白木は無視している。白木の顔が近づいている。白木の瞳を見ないように目をつぶる。今更、なにをしても遅いというのに、自分の愚かさを武藤は自分であざわらいたい気持ちになった。
「大丈夫。いやがることはしない」
「今がいやだ」
「そうか。でも、触ることになれないと」
「言っていることが矛盾している」
「まあな、俺だってずっと我慢した」
 そんなことを言われても武藤は知らない。どんな時間がかかったのか。少年の頃から好きだったのか、青年の頃か。わからない。
「おまえは生きている。それだけで十分なのに、俺はおまえを求めてる」
 白木の言葉になぜか、ドキドキとした胸の高鳴りを感じる武藤がいた。それはまやかしかもしれない。
 鼻息が顔に当たる。温かい息で、武藤には白木が生きていることを意味するような気持ちになった。白木にとって武藤はどんな存在なのか、それを知りたいと思っていた。それは傲慢なことだろうか。
 冷たい感触、自分以外のもの、それが唇に当たる。歯を当たらないように気をつけてくれた。舌で唇の奥へと入ろうとはする。性急な動き。それだけで求めているのか。
 白木の我慢したという言葉が武藤の脳裏に浮かんだ。白木は祐樹ではない。しかし、あんなことを言われて、口説き文句とわかっているのに、悪い気がしない。しかし、一番に言ってほしいのは、声をかけてほしいのは祐樹である。
 そんなわがままな自分がいることに武藤は驚いた。
 武藤の唇と白木の唇が合わさり、何度もバードキスをする白木は「ディープキス」がしたいのだろう。何度も角度を変えようとする。脅せば、白木のいうことなど武藤は従うだろう。それがわかっている。
 そうしないことのもどかしさを武藤は感じていた。
「ディープキス、させてくれ」
 観念したように言われた。哀願に近いものだった。武藤は意地悪をしたくなるような気持ちだったが、白木のいう通りに、素直に口を開けた。薄く。歯から舌が入っていく。このまま、食われてしまう。内側からと考えている武藤がいた。
 人は変わる。それは環境のせいや自分の意思で変わることもある。それなのに、武藤には自分の変化を知りたくなかった。まるで哀願するような白木に一種の優越感を味わっていた。白木の我慢の限界が来たら、殺されると思っている自分がいた。
 恐ろしい考えが頭によぎる。もしかしたら、白木は武藤の考えていることなどお見通しなのかもしれない。化け物である。人の気持ちを見通せる力があるかもしれない。しかし、それをされていると考えると精神的な負担が大きく、それ以上のことを武藤は考えることをやめた。
 白木の唇と合わさり、舌が歯茎を刺激する。慣れないもので気持ち悪いのかもしれない。よくわからない気持ちになるのは確かだ。化け物とこうしているという自分を俯瞰しようとすると、白木の舌がさらに、動き、官能なものを刺激する。それだけならまだマシだが、反応している自分がいて、恥ずかしいやらなんやらで、武藤のプライドはぐちゃぐちゃになっている。
 組み敷かれる側なのか、とうっすらと考える。その経験がない武藤には到底、想像すらできずにいた。ライトノベルで小説を書いていたが、そこまでの描写は求められていない。自分に寄ってくる女性はまったく皆無で、それに安心して、寂しさも感じていたこともあった。
 それも白木に食われた感情でもある。感情を返されているのかもしれないと武藤は思った。それこそ、妄想に近いものだと武藤は思い直した。
「なにを考えている?」
 白木が面白そうに問いかけてきた。武藤はなにも返さなかった。
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