白木と武藤

一条 しいな

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 武藤がなぜ自分を異界に連れ去ったのかと白木に問いかけても、元の世界に帰してくれる保証はなく、反対に気分を悪くするということがわかっている。それでも、問いかけたいかと武藤は考えていた。そんなことをする必要がないのに、武藤は自分がバカな人間であると自覚した。日差しが武藤の顔に当たる。もし小説がホラーならば、武藤は死ぬだろうとわかる。死人を生き返らせ、不自然な生を与えた武藤の罪はどんなことをしても許されない。
 祐樹が本当に生きたいと望んだとは言えない。それは武藤の願望から発生したところだ。武藤の気持ち、武藤が一人になりたくなかったからだ。だから、ポチが死んだ。すべて武藤のしたことから始まった。
 武藤は唇が白くなるまで力を入れて噛み締めていた。武藤の胸はキリキリと痛んでいた。それも強く。武藤は生きる理由があるのか、自分に問いかけていた。事実、武藤が生きなければ祐樹が生きていけない。死にたいのだろうかと武藤は考えていた。死にたいわけではない。
 武藤だって死にたくないから、生きている。生きる意味がなくても、生きていけるのが人間だ。武藤の生きる意味は祐樹なのだ。祐樹さえ生きていれば、武藤はどうなっていい。
「俺は」
 武藤は祐樹が好きだ。それは恋愛というものとは別だ。祐樹は武藤の恩人である。いじめから救って、苦しんでいる武藤の側にいてくれた。助けようとしてくれた。それだけでいい。それなのに、誰かを好きになるくらいなら、また祐樹のように死んでしまうと思う。違う、亡くなることで、また喪失感を味わいたくないから人から避けた。自分の心に誰かがいることをおびえていた。他にも誰かに嫌われること、失望されること、そんなことばかりだったから、人と付き合いはしない大義名分にした。
 小説家になったのは、小説が好きだからだ。孤独な武藤を救う。文章は、物語は優しく武藤を別の世界、別の人物にさせてくれる。化け物も関係はない。出てくる登場人物、人間と化け物も優しい。性格が悪い人物の小説もあるが、それはそれで武藤の心を安心させる。これが現実を見た人の世界かもと考えられた。
 リアルの世界に打ちのめされるときに読んでいた、それだけでいいのだ。現実逃避でも、現実は厳しいと思う。優しいことなんてなかった。
 死神がいるなら、大切な人を武藤から奪った。それは白木なのに、憎んでいるのに、ずっと一緒にいたからか、わからない。憎んでいるのに、いないと寂しい存在になった。それは自分が寂しいからだ。
 弱いなと思う同時に、仕方がないだろう。孤独だったからだ。友達がいても、その友達は武藤などいらないだろう。わかっている。すねているだけだ。
 誰だって人に必要とされたい。誰かと一緒にいたい。迷惑をかけたくない。重みになりたくない。それはわがままだ。人は誰かに迷惑をかけるのが当たり前で、重みになるときだってあるのだろう。それでも一緒にいたい人と一緒にいようとするのだろう。それでいいのだ。自分の心に偽りつづけていくうちに、お互いを消耗していく。そんな自分をかわいそうとか、バカだなと思うだろう。それが人間。理論通りにはいかない。割り切ればいいというが、機械ではない、割り切れない。それを考えていてもわからないから、動画サービスや本などで生き方を、回避の仕方を知りたくて検索するのだろう。
 それが人間だ。答えがあって初めて安心できる。人生に答えなどないなんて言われても、答えがなければ安心できず、答えを求めるのが人間で、それゆえに他者の意味や自分の生きる意味を問いかけつづけるのだ。この先に生きる意味を応えてほしい。誰でもいいからと思う。そういうことが承認欲求へと変わる人もいるのではないか。
「武藤、なにを考えているんだ」
 いきなり白木が問いかけていた。白木は武藤の背後にいた。布団を敷いて、座っていた武藤は掛け布団を退けていた。白木は武藤の顔を覗き込むように見る。
「疲れているのか?」
「疲れているから、一人にしてくれ」
「そんなことはさせない」
「じゃあ、なぜ俺を連れてきた?」
「愛しているからさ」
「違う。なにか目的があるんだろう?」
 武藤は自分が興奮していると気がついた。怒りを感じていた。腹の底から白木が異界に武藤を連れて行かなければよかったと思っている自分に気がついた。自分が生きていくには祐樹が必要なんだろうとわかっていた。例え、祐樹が自分のことを忘れても良かった。ただ、生きているとわかっていれば。
「武藤、自分のことをいらないものだと思うのか」
「そんなことは聞いていない。俺は元の世界に戻りたいんだ」
「だめだ。俺はやっとおまえを手に入れた」
「心までは奪えていない」
「いや、奪える」
 心を書き換えられると気がついた武藤は青ざめていた。
「花がほしいか?」
「花?」
「人間は花を送り合う」
「いらない」
 武藤は怒っていた。今更、人間めいたことをされても嬉しくない。それに花があれば、なにか役立つことがあるのだろうか。そんなことはない。なにも意味をなさない。白木を武藤が元の世界に返すことなどないのだろう。だから、武藤は白木をにらみつけた。それだけにとどめていた。本当は「俺を元の世界に戻せ」と言いたい。しかし、祐樹を生かすには白木が必要になってくる。武藤の考えは白木を拒絶しようとしていた。長年の習慣か、それとも人間の本能がそうさせているのか。
「武藤、花はきらいか」
「人間の真似をしても、所詮、俺たちは化け物だ」
「武藤は化け物ではない」
「するんだろう? 化け物の眷属に」
 白木は急に黙っていたのが、武藤には化け物の眷属にするのが白木の目的であるとわかった。どんなに愛していると言っても、武藤にはそちらの方がわかりやすかった。
「白木さ。愛しているなら」
 いきなり武藤は視界が反転した。そうして、白木は武藤の耳元でささやく。
「眷属、いいかもしれない」
「は?」
「愛玩よりずっと一緒にいられる」
 言わなければよかった一言であるとようやく武藤は気がついた。
「どうするんだよ。おまえ」
「あっ、だめだ。武藤は武藤がいい」
 わけのわからないことを言い出す白木に武藤はあっけにとられた。
「おまえは、変わっているよ」
 武藤はそんな言葉を投げかけていた。変わっているのだろうと武藤は思う。男の武藤が好きで、好きでここまで無理やり連れてきた。いや正しくははめらてた、余計に武藤の怒りはまだ残っている。だから、抵抗をするような言葉を言う。本当に抵抗すると祐樹の命がなくなるかもと考えているから従っている。そんな武藤を白木はきょとんとした顔でこちらを見る。
「俺はおかしくない。誰かを好きになることは悪か?」
 武藤はテレビで聞いたセリフだなと思う。テレビや動画で聞いたようなセリフだとは言わなかった。武藤はわかっていた。それはテレビから聞き取った情報である。
「白木、そんなことをして楽しいのか」
「武藤は楽しくないのか?」
 ニヤニヤと武藤に対して白木は笑いかける。それを見て「自分だけが楽しいんだろう?」と武藤は答えた。
「武藤は楽しくないのか?」
「どうしてそう思う?」
「異界に来て、二人きりになりたかったからさ」
「いつ、言った?」
「おまえが言っていただろう。母親と口論になって、部屋で『白木、僕は必要ない人間だ。だから、連れて行って。そうしたら、母さんは楽になる』ってさ」
「いつの話だ」
 武藤の問いかけに白木は答えないまま、笑っている。自分でも思い出せない。東京に出て行くときに家族ともめたときに言ったのか、それとも白木と一緒にいるようになって、まだ心が追いついていないときにいたその頃か。
「俺は忘れている」
 冷たく武藤は言っているのに、白木は気がつかないのか、そのフリなのかわからないが、武藤の顔を見ながら抱きしめてくる。なぜか嬉しそうだ。うっとおしいはずが、なぜか安心ていく。人の温かな体温はいらだった自分の心を落ち着かせる効果があるのだろうか。それほど、武藤は白木に対して信頼しているのだろうか。
 それほどまでに、武藤は白木を親しくしていたのか。あんなに怖かった化け物が怖くないなんてなかった。心のどこかで信じていたのか。そんな問いかけを武藤はしていた。
「俺はお前を信じていた」
「信じてはいけない」
 白木の言葉がすべてだ。信じた方がバカなのだ。化け物は信用してならぬ。そう、信頼関係がもろいことを知っているのだろう。それが当たり前なんだろうか。武藤は白木に身を委ねるべきか、考えてじっと借りた猫のように体を固くしていた。
 それで武藤はじっとしていた。白木が武藤の体をなでる。なでる行為は犬の背中をなでる行為に似ている。そうではないと武藤は言えない。なぜなら武藤は愛玩なのだから、当たり前なんだろう。
「俺は自分を捨てたのか」
 そうつぶやく武藤を白木はなにも言わない。彼の目には武藤の頬を見つめ、甘噛みをする。何度もする。甘噛みのせいで、ベタベタになった頬に白木は嬉しいのか、撫でていく。
「自分を捨てたのか?」
 白木が無邪気な顔で聞いてくるのを武藤は「さあ」といった。武藤は自分を捨てたと、自分がそう思いたくない。むしろ、なんとかならないかと、考えていた。白木のニヤニヤとした笑いを隠さないでいた。
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