万華鏡商店街

一条 しいな

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 秋の冷たい風が吹いている。ひらひらと紅葉を散らして、赤い絨毯を作る。洋吉は神社に来ていた。朱に染まる紅葉を空に透かし、見上げれば青い色が広がっている。
 爽やかな秋晴れに洋吉は、体にいっぱいに空気を吸い込んだ。参拝客はちらほらといる。店屋でいなり寿司を食べている人達もいる。みな思い思いの時間を過ごし、楽しんでいるのがわかる。
 あらと言われた。知り合いではない。違った。女学生だ。おさげをして、ブラウスにカーディガンに長いスカートを着た少女がポシェットの中身を探していた。誰かがいるわけではない。
「どうかしたのかい」と話しかけてもいいが、なんとなく洋吉は軽薄そうに見えてしまうのがいやだった。
 後ろを振り返っていた。少女は眼鏡の奥で困ったように目をキョロキョロさせていた。
「どうかしましたか」
 洋吉は問いかけてみた。いやらしい感情ではなく、困っているなら助けたいという気持ちからである。彼の言葉に少女は怯えたような顔をした。
「なんでもないです」
「そうなのかい。なにかなくしたんじゃないかね」
 少女はじっと洋吉を見つめていた。洋吉は自分では無理なのかと考えていた。洋吉の姿をなぞるように見つめていた少女は「あの、私」と言った。
「大切なハンカチをなくしてしまいましたの」
「ああ。そうだったのですか」
「はい」
「じゃあ、探しましょう」
「はい、ありがとうございます」
「どこに歩いたのですか。道をたどればみつかりますから」
 はいと言った。彼女は歩いた道を数えるように言った。少女と山道を歩く。山道はなだらかで、小さな、本当に小さく丘のような山があるだけだった。小さな山、いや丘を歩いている少女と洋吉は紅葉したヒノキをみるわけでなく、彼らは葉に埋もれた地面を見つめていた。
 洋吉は葉を崩したり、落としそうな場所を探していた。少女をみれば、高校生くらいだろう。彼女も必死に探している。洋吉は思い切って人にも尋ねてみた。知らない人ばかりだった。
「ありがとうございます」
 日が傾いた時刻になった。洋吉はあきらめきれないのか、まだ探していた。そんな洋吉に少女は言ったのだ。
「おーい。君」
 いきなり呼ばれたので振り返る。声をかけてきた人であると洋吉は気がついた。
「ハンカチはおばあさんが持っていたらからこれ」
「えっ」
「売店に落とし物として預けたらしいよ」
「ありがとうございます。良かったね、き……君」
 いつの間にか少女はいない。洋吉が戸惑っているとほらと白い飾りレースのハンカチを渡された。
 洋吉が辺りを見回すが、彼女はいなかった。
「ありがとうございます」
「いいんだ。いいんだ」
 気のいい参拝客は立ち去っていく。洋吉はハンケチだけ残され、どうしようかと悩んでいた。洋吉はハンカチを持って、帰ることにした。

 秋の晩は虫の音の合唱である。誰かが指揮をしているのかわからないが、虫達は歌を歌う。それは悲しい恋の歌か、陽気な恋の歌かは洋吉達には判断がつかない。
 月が見える。
 お月見があるせいか、近所の子供達は浮き足立っている。女将さんは張り切って、洋吉達にお菓子を作る話をしている。
「大福はいいかしら。砂糖が高いから」
「餅がいいのでは」
「そうね」
 神川は穏やかな口調で答える。洋吉達は縁側に座っている。今宵は下弦の月がのぞいている。薄く、獣の爪跡のような月である。
「洋吉さん。あなたと神川さんで餅つきをしてくださいな」
 女将さんの言葉に洋吉は困惑した顔をしたのだ。国に帰ったときは必ずやらされたことだ。正月前に鏡餅を作るために餅つきをした。そんな思い出が今更匂うように頭の中で浮かんだ。
「祝い事でもないのに」
「いいじゃないですか。ねっ」
 そう押し切られ、神川の方を見れば柔らかく笑っている。そんな神川に大変なんだぞと言ったが、結局女将さんにかなわないのだ。


 一週間後、洋吉はハンカチのことをすっかり忘れていた。ハンカチは上着のポケットにしまっていた。高価なものだろうか。イニシャルが刺繍され、レースがついたハンカチはいかにも女性のものだ。
 洋吉は神社に来ていた。無論、紅葉を見るためだ。朝晩に冷えるために美しく色づいている。洋吉は静かに歩いていた。ゆっくりとした足取りで丘に上がり、少しだけ高い位置に彼の視線はある。いつもと違った風景だ。山々が見えて、平地が見える。山々は連なって、青く見える。そうして、木々に囲まれている。人家が見えてくる。彼には感慨深いものだった。この一年で変わるものだと思う。
「あっ」
 今日も少女がいた。洋吉は丘から下る。靴のせいか、紅葉で滑りそうになるので駆けると危険だが、彼は走った。少女はなにかを探すように下を向いている。
「君」
 鋭い洋吉の声が聞こえた。少女は怯えたような顔をして洋吉を見ていた。少女はおずおずと頭を下げた。洋吉はなぜかつまらない気持ちになったが、それを見せずに「ハンカチなら、見つけたよ」と言った。ようやく洋吉は自分の上着のポケットからハンカチを取り出せた。
 彼女は洋吉とハンカチを見比べるように何度も視線を上げ下げした。彼女はそっと受け取る。広げると、彼女のイニシャルだろうか、それをなぞるように触ってから大切そうにしまう。
「なんとお礼を述べていいでしょうか。本当にありがとうございます。これは大切なもので、なくしたら私は」
 そうつぶやく彼女に洋吉はうなずいた。
「よくわからない。だが、見つかってよかった」
「あの、お名前は」
「では、君の名前を」
 戸惑っていた少女に洋吉はほほ笑んでいた。洋吉の顔をじっと見つめていた少女は「庸子(ようこ)」と言った。それも恥ずかしそうに消え入るような声だった。
「洋吉だ」
 手をさしのべる。ただ、庸子は触るのを嫌がっていたので、洋吉は手を引っ込めた。庸子はほっとした顔をした。
「今日はいい天気だね」
「ええ」
「こんな日は家にこもっているなんてもったいないと思って出かけたんだ」
「あら、そうですか」
 まるでそっけない庸子に気にせず、洋吉は笑っていた。少し背伸びした気分だ。洋吉は赤い葉を踏んだ。乾燥したせいかくしゃりという音がした。それが心地よい。洋吉の言葉を聞いているような聞いていない庸子はうつむいたままだ。
「庸子さんはハンカチを探しに?」
「ええ」
 そう言いながら彼女は片手をぎゅっとポシェットを触っていた。
「毎日、来ていたのかい」
 神川の顔を浮かべながら洋吉は言った。彼ならばこんな風に優しげに問いかけるだろう。庸子は声がでないのか真っ赤になってうなずいた。彼女は大人しい、弱々しい少女のようだ。
「そんなに大切なのかい」
「とっても大切なものなんです。私にとっては」
 切なげに庸子は言った。
「つかぬことを聞きます。それはあなたの大切な人からの贈り物ですか」
 洋吉はじっと少女を見つめていた。少女はこくりと頭をうなずいていた。洋吉はなぜか残念な気持ちだった。三津堂がいればなんと言うかはわからないだろう。
「そうか。すまない。ならば早く帰った方がいいね。僕は帰るとしよう。君の大切な人も心配するだろう」
「……ません」
「なんて?」
「その人はいません」
 洋吉がぎょっとしたのは庸子の顔だった。瞳から涙をこぼし、顔を歪め、真っ赤にしていた。洋吉は慌てて、ポケットからハンケチを取り出す。洗い立てではないが、きれいだろうと思われる。触れようとする洋吉に怯えたような顔で庸子は駆け出した。
 虚をつかれた洋吉は一瞬ぼーっとしたが、慌てて追いかける。
「庸子さん」
 彼は叫んでいた。彼は身投げをしないか心配だった。考えすぎかもしれないが。彼にはそんな情景が頭の中でいやでも浮かんてきた。
「庸子さん」
 彼は走りながら叫んでいた。庸子の姿が見あたらなかったが、必死に探す洋吉がいた。
 辺りは暗くなっていた。洋吉は探すのをやめた。なぜ自分があの少女を探すのかと問いかけるが、洋吉は自らその考えを否定していた。
「なぜ、洋吉君がここに?」
 いきなり神川の声が聞こえて洋吉は己の考えから脱却することができた。洋吉は笑っていた。
「やあ。人を探していてね」
「そうかい。私は落とし物を探しに来たんだ」
「へえ。神川、君が落とし物なんて意外だな」
「私が落としたわけじゃない。君の尋ね人はどんな人だい」
「ありがとう。でもいいんだ。もう帰ったかもしれない」
「そうなんだ。じゃあ、私も帰ろう」
「探さなくていいのかい」
「この暗闇ではね、危ない。野犬も出る話だ。一応来ただけだ。日を改めて行こう」
「そうか」
「君、明日はどうだい。一緒に音楽会でも」
「いや、いい」
 そうかいと神川が言った。じゃあ、行こうかと言った。真っ暗な闇が辺りを包み込むように、次第に明かりがまぶしく見えていた。
 洋吉はちょっとだけ悲しくなっていた。神川に素直に話せない自分が、寄席の売店の娘に恋した友人と同じ心境だった。ああ、なんて情けないと洋吉は心の中で己の不甲斐ないことを呪いたかった。
「君、不機嫌だね」
 神川が突然と言った。違うさと洋吉はつぶやいた。洋吉の言葉に神川はなにも言わなかった。ただ、暗闇の中では神川の表情は一向にわからなかった。
「違うからな」
 必死に言う洋吉がいた。
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