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しおりを挟む夜が僕の部屋にいる。奇妙でなんとも言えない恥ずかしさが僕にはあった。夜はキョロキョロせずに狭いキッチンで料理を作っている。チャーハンらしく、フライパンがないぞと夜に言われた。仕方なく隣からフライパンを借りることになった。
玉部先輩はいるだろうか。チャイムを鳴らす。いないと思って帰ろうとする前に玉部先輩は出てきた。
「久しぶり」
「お久しぶりです。あのいきなりですが、フライパンを借りたいんです」
「えっ」
「友達が来ていて料理を作ってくれるので」
友達という言葉に僕はぞわと、した。なんて簡単で安易な言葉である。友達という言葉の意味が広くて僕は怖くなった。
「まあ、フライパンくらいないと、な」
ほれと言った。フライパンを持って僕は頭を下げた。小さくなっている僕に玉部先輩は静かに笑っていた。
「彼女か」
「友達です」
頑な僕にそれ以上玉部先輩は言わなかった。なぜかそれが安心した。玉部先輩に「ありがとうございます。後で返します」と言ってから部屋に戻った。部屋は相変わらず静かだった。
「なんだよ。早かったな」
「隣の先輩から借りた」
はいとフライパンを置くといきなり夜がつまらなそうな顔をした。
「それって近所付き合いか」
「そうだけど」
「あやしいな」
「あやしくない」
そう言って僕はパソコンを付けて、勉強をする。
「なに。それ」
「先生が講義を動画にアップしたんだ」
「誰でも見られる?」
「登録した人しか見られない」
「はあー」
講義をメモしていると夜は油をひいて、油が焼ける音と共にいためる音をした。僕はお腹が変だなと思った。キュッと腸に力が入っているような気がする。だからいつもの感じがしない。
「はあ最近はハイテクだ」
じじいみたいと僕は考えていた。そんなことを言うわけでもなく、講義を聞いていた。一時停止をしてチャーハンを平らげる。
「おいしい」
「おまえはこれから講義を聞くだけ?」
「うん。だって男を抱く趣味も抱かれる趣味もないんだろう。ノンケに手を出さないよ」
「ふうん。まあ安心した」
「ただ、煽らないでほしいから」
「わかっている。わかっている」
本当にわかっているのかなと考えていた。今度は僕が食器洗いをして、フライパンを返しに行く。夜はじっとパソコンを見つめている。
「勝手にいじるなよ」
「はーい」
夜は行儀よく座っていた。車が走る音が外に出ると聞こえて、空は暗くて明かりがまぶしく、寒かった。いきなり冷たい風が体に体当たりするような、冷えた空気だった。僕はチャイムを鳴らした。
「おっ、来たか」
「夕飯時にすみませんでした。えっーとなにかで借りを返します」
「いいよ。まあ気をつけろよ」
なにをと言う前に「おまえは純朴だからな、すぐ騙されそうで」
じゃあなと言われた。純朴ですかと笑って部屋に戻った。
「お帰り」
「ただいま」
たわいのない会話だ。それだけなのにちょっと嬉しかった。本棚をあさっているようだった。僕が勉強する学問やたくさんあるわけではない資料が本棚にあった。
「それにしても学生らしい本棚だな」
「いや、そう言われても」
「小説とかないの」
「電子書籍ですましているから。あっ漫画は隣で読んでいる」
「うわっ。感じ悪い」
そうかなと僕はつぶやいた。
小説はなにを読むんだと夜は聞いてきた。
「たましか読まないから」
「ふうん」
夜はつぶやいていた。そっか、と言って、ごろりと狭い部屋の中で横になった。小さくなって目をつぶる。いきなり着信音が聞こえた。
夜はピクリとも動かなかった。
「電話、出たら?」
僕がいうとうっすらと目を開けた。夜はぼんやりとした顔で「女だと思う。いい」と言った。
「出れば? だって好きなんだろう」
なるべく優しい声で言いたかった。僕はしばらく黙っていた。気持ちはぐるぐると渦を巻くように荒れていた。動画に集中する。
「うん。友達の家」
「そう、ごめん悪かった」
優しい声色が聞こえた。夜はぼんやりと電話を切った。あぐらをかいて僕を見つめていた。
「帰る」
「うん」
「……なんで」
「ん?」
「いやいい。行く。帰る」
「あのさ。今度も遊びに来いよ。友達として」
うんと素直に夜が言った。そうして僕はゆっくりと立ち上がる。上着を取る。
「途中まで送る」
「うん」
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