あの頃のあなたに

そら

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【回想】プロポーズ

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付き合っている間の二年間、一番思い出に残っているのはプロポーズの日。純平とわたしは二日間の有給をとって、広島県の宮島に遊びに来ていた。揚げもみじ、穴子飯、ぺったらぽったらに舌鼓を打ち、厳島神社に参る。世界遺産というだけあって、平日なのに人で混みあっていた。厳島神社の大鳥居は明神系の鳥居で、笠木と島木と呼ばれる鳥居の上の部分の両端が反っておりゆるやかなカーブを描いている。その形状と海との景色が美しく、わたしは純平に冗談めかして結婚式はここで挙げたいね、と言った。
夜は宮島の錦水館という旅館に泊まった。部屋に入り荷物を整理しているとき、わたしは見てはいけないものを見てしまった。純平がベッドの上に荷物を散らかしていたのだが、その中にリングケースが転がっていた。プロポーズをするときの、通称、箱パカだ。だから、てっきり純平はわたしの憧れていた高級ホテルでのディナーの後のプロポーズを、叶えてくれるのだと思っていた。しかし、夕飯が終わっても純平は一向にプロポーズしてこない。まだかまだかと待っていた時、純平から夜の散歩に行こうと声がかかった。
―いよいよだ。
わたしはこらえきれず鼻の穴が広がるのを感じた。
春の夜風は肌に柔らかく、心地よい。宮島で過ごす夜は静かだった。二人の砂を踏みしめ蹴り上げる、シャッシャッという音が響く。厳島神社の昇殿受付まで来て、純平が立ち止まり振り返った。
「帰ろっか。」
プロポーズされるなら今だと思っていたわたしは、少しの沈黙の後静かにそうだね、と頷いた。
部屋に戻り、洗面所で手を洗い、テレビをつけベッドでゆっくりしていると、純平がわたしをいつもの口調で呼んだ。
「琴音」
「ん?」
お互いに見つめ合う。純平の手には先ほどのリングケースが握られていた。オレンジの明かりに照らされた純平の表情は、固く真剣で、緊張しているように見えた。わたしは頬が熱くなり、荒くなる息を整えようと深く深呼吸した。
―落ち着け、わたし。
「え、なになに?」
敢えて今そのリングケースを見ました、という感じを演出する。純平がリングケースを手渡し、開けてみてと静かに言う。
はやる気持ちを抑えながら、
「もしかして、プロポーズ?」
とにやりと首をかしげておどけてみせる。
「いいから。開けてみて。」
純平の顔は相変わらず固い。よほど緊張しているのだろう。リングケースの上下に手をかけ、ゆっくり、そろそろと蓋を開ける。すると――。
「うわ!」
心臓が止まるかと思った。中からバネが勢いよく飛び出し、その先についていたわたしの大嫌いな蜘蛛のおもちゃが目の前に迫ってきた。思わず後ろにのけぞり、箱を放り出す。
「もーう、最悪!」
純平はケタケタ腹を抱えて笑い、わたしは二重に気分が落ちた。
「もう、いい。寝る!」
いつまでも笑っている純平を横目に、わたしは布団に横になった。
「はははは…、ごめんごめん。琴音、琴音。」
純平がわたしの肩をトントンと叩く。
「もう、やめて。」
怒っていたわたしは純平に背を向け眠る準備に入っていた。
「琴音、ちょっと見て。」
相変わらずそっぽを向くわたしに、純平は根気強く呼びかける。
「琴音、ごめんって。ちょっと一瞬でいいから見てくれない?」
せっかくの旅行だし、と考え直して、わたしはわざと大きなため息をつき、純平の方を向く。
そこにはニヤついた純平と、その手には先ほどのリングケースがあった。
「もう騙されないから。」
「まあまあ、開けてみて。」
まだニヤけている純平に呆れながら、さすがに二度はないだろうと仕方なくリングケースを受け取り、流れるようにパカっと開ける。そこには、キラキラと銀色に輝く婚約指輪があった。
驚いて純平の顔を見る。このときのわたしは最高にあほ面をしていたことだろう。
「結婚してください。」
半分開いた口から、はっきりとした言葉が聞こえる。そういえば、純平は緊張したらニヤける癖があるのだった。なるほど、そういうことか。
「もう!騙された!」
胸からこみ上げてくる何かが、わたしを笑顔にした。
この日は四月一日、純平の誕生日だった。
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