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初登校
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朝は集団で登校する。その集合時間が7時だ。懐かしい面々に会えると、わたしは不安の中にも心を躍らせていた。わたしは四年生で班長ではないので皆を引っ張っていかなくていい。その重圧を逃れられることにほっとした。
「琴音早いな。」
ソファから起き上がったわたしに父が声をかけてきた。
「…まあね。」
バタバタとする朝でも、父や母はコミュニケーションをとってくる。父は寡黙な方だが、仕事で夜遅くなる分、スキンシップをはかっておきたいのだろうか。いや、そこまで考えていないかもしれない。
大人になったわたしは、父とはあまりしゃべらなくなっていた。思春期を迎えた段階で、徐々に父と向き合うのが恥ずかしくなってきたのである。中学生で反抗し、高校生で話さなくなり、大学生で実家を離れた。だから、父とこうやって言葉を交わすのは何年ぶりだろうか。
寝ていたのはほんの十分くらいだろうか。トイレへ行き、歯を磨き、朝の情報番組を観ているうちにあっという間に出発の時間になっていた。
「行ってきます。」
昔は行ってきますなんて言っていただろうか。中身が大人のわたしは挨拶の大切さを知っているからかもしれない。玄関のドアに手をかけたときお腹がちくりと痛くなったのは、きっと緊張のせいだろう。純平に会えるかもしれないという淡い期待感と会えないかもしれない、何が起こるのかという不安。それに、わたしは昔から人が多くいる学校が苦手だった。
「行ってらっしゃい。」
母の優しい声を背中に、外の世界へ出る。時刻は7時2分前。すでに何人かの友達が集まっていた。
日付はタイムスリップする前からそんなに変わっていないようで、5月半ば頃だった。進級して中だるみしやすい時期、小学生はそれでも元気だ。ワー、という声が、前から後ろからたまに聞こえてくる。ドタバタと足音を立てながら、わたしたちの班をぬかしていく小学生たち。
―朝から元気だなー。
大人になるとそんな元気はでないよ、と教えてあげたかった。
「琴音ちゃんおはよう。」
とぼとぼと班に少し遅れながら歩いていると、親友の志織が声をかけてきた。今と顔がかわらないな、と小憎らしさを覚える。小学生の志織は髪をふたつくくりにしている。色白の肌も、子どものころから変わっていない。頭の隅に志織を初めて写真で見たあの日の純平の言葉が浮かぶ。
「お、おはよう。」
それでも小さい頃の志織にまた会えるなんて、新鮮だった。
過ごしやすい気温の中、初夏の風が吹く。基礎体温が高めな小学生にとって、この涼しい風は死活問題だった。
―あ、気持ちいいな。
ちょうどいい時期にタイムスリップしてきたな、とこのときばかりは自分の幸運を喜んだ。
「今日、席替えだね。」
志織が言う。
「え!そうなんだ…。」
わたしは席替えが嫌いだった。わたしは隣になる人を楽しませることができない。面白い話もできないし、どちらかというと暗いし、あまり話さない。小学生のころ、中学生、高校生と、わたしの隣になってため息をつく人を何人も見てきた。お互いの特性を理解し、諦め、ときには仲良くなりせっかく慣れてきた頃にまた次の席に移動する。
「席替えって毎回ドキドキするんだよね。」
わたしは志織に怪しまれないように、話を合わせる。小学生の頃のわたしは、おそらくこんな感じだっただろう。本当は席替えの方法について、必要性についてまで文句を言いたかった。
「ふふふ。琴音ちゃん、緊張しいだもんね。」
すぐに緊張するわたしのことを、志織は幼いころからわかってくれていた。
「また純平君と隣になれるといいね。」
「え。」
驚いてわたしは志織を見つめる。純平とは、わたしの将来の夫の純平だろうか。そうなると、こちらの純平は一歳ほど年齢が下がっていることになる。彼とは同級生になれているのだろうか。純平だけ年齢が下がったのだろうか。他の同級生は変わっていないのだろうか。それにまた、ということは、一回隣になったか、今隣なのか。純平の隣の席を狙っていることは、志織にはお見通しのようだった。
「ふふん。なれたらいいけどね。」
わたしは恥ずかしくて、誰にも聞かれないように小声で呟いた。
「琴音早いな。」
ソファから起き上がったわたしに父が声をかけてきた。
「…まあね。」
バタバタとする朝でも、父や母はコミュニケーションをとってくる。父は寡黙な方だが、仕事で夜遅くなる分、スキンシップをはかっておきたいのだろうか。いや、そこまで考えていないかもしれない。
大人になったわたしは、父とはあまりしゃべらなくなっていた。思春期を迎えた段階で、徐々に父と向き合うのが恥ずかしくなってきたのである。中学生で反抗し、高校生で話さなくなり、大学生で実家を離れた。だから、父とこうやって言葉を交わすのは何年ぶりだろうか。
寝ていたのはほんの十分くらいだろうか。トイレへ行き、歯を磨き、朝の情報番組を観ているうちにあっという間に出発の時間になっていた。
「行ってきます。」
昔は行ってきますなんて言っていただろうか。中身が大人のわたしは挨拶の大切さを知っているからかもしれない。玄関のドアに手をかけたときお腹がちくりと痛くなったのは、きっと緊張のせいだろう。純平に会えるかもしれないという淡い期待感と会えないかもしれない、何が起こるのかという不安。それに、わたしは昔から人が多くいる学校が苦手だった。
「行ってらっしゃい。」
母の優しい声を背中に、外の世界へ出る。時刻は7時2分前。すでに何人かの友達が集まっていた。
日付はタイムスリップする前からそんなに変わっていないようで、5月半ば頃だった。進級して中だるみしやすい時期、小学生はそれでも元気だ。ワー、という声が、前から後ろからたまに聞こえてくる。ドタバタと足音を立てながら、わたしたちの班をぬかしていく小学生たち。
―朝から元気だなー。
大人になるとそんな元気はでないよ、と教えてあげたかった。
「琴音ちゃんおはよう。」
とぼとぼと班に少し遅れながら歩いていると、親友の志織が声をかけてきた。今と顔がかわらないな、と小憎らしさを覚える。小学生の志織は髪をふたつくくりにしている。色白の肌も、子どものころから変わっていない。頭の隅に志織を初めて写真で見たあの日の純平の言葉が浮かぶ。
「お、おはよう。」
それでも小さい頃の志織にまた会えるなんて、新鮮だった。
過ごしやすい気温の中、初夏の風が吹く。基礎体温が高めな小学生にとって、この涼しい風は死活問題だった。
―あ、気持ちいいな。
ちょうどいい時期にタイムスリップしてきたな、とこのときばかりは自分の幸運を喜んだ。
「今日、席替えだね。」
志織が言う。
「え!そうなんだ…。」
わたしは席替えが嫌いだった。わたしは隣になる人を楽しませることができない。面白い話もできないし、どちらかというと暗いし、あまり話さない。小学生のころ、中学生、高校生と、わたしの隣になってため息をつく人を何人も見てきた。お互いの特性を理解し、諦め、ときには仲良くなりせっかく慣れてきた頃にまた次の席に移動する。
「席替えって毎回ドキドキするんだよね。」
わたしは志織に怪しまれないように、話を合わせる。小学生の頃のわたしは、おそらくこんな感じだっただろう。本当は席替えの方法について、必要性についてまで文句を言いたかった。
「ふふふ。琴音ちゃん、緊張しいだもんね。」
すぐに緊張するわたしのことを、志織は幼いころからわかってくれていた。
「また純平君と隣になれるといいね。」
「え。」
驚いてわたしは志織を見つめる。純平とは、わたしの将来の夫の純平だろうか。そうなると、こちらの純平は一歳ほど年齢が下がっていることになる。彼とは同級生になれているのだろうか。純平だけ年齢が下がったのだろうか。他の同級生は変わっていないのだろうか。それにまた、ということは、一回隣になったか、今隣なのか。純平の隣の席を狙っていることは、志織にはお見通しのようだった。
「ふふん。なれたらいいけどね。」
わたしは恥ずかしくて、誰にも聞かれないように小声で呟いた。
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