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第一章 ヒノモト珍道中
鬼の姫
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「冒険者とお見受けしますが、貴方も『試練』を受けに参られたのでしょうか?」
「え!?あ、いいえ。僕は観光のようなもので…」
咄嗟に出た答えだったが、彼女にとっては意外だったのか可愛らしい目を見開いている。ここでコンゴウは己がミスを犯したかもしれないと気づいた。こんな僻地まで足を運んでくれていることから見て、彼女はきっと『闘争の神』の熱心な信者に違いない。そんな彼女に向かって物見遊山で来た、などと言ったら気分を害していてもおかしくない。しかしそれは杞憂に過ぎなかった。
「そうですか!貴方も『闘争の神』様が建立なさった神殿の尊さが理解出来るのですね!」
「ま、まあ、そうですね。」
「わかりました。私が案内して差し上げましょう!ささ、此方へ!」
言うが早いか彼女はコンゴウの手を取ってズンズン進んでいく。彼はここの設備は誰よりも把握しているので正直案内されても困る。しかしながら、彼は今でこそ『神』とはいえ元は病院からほとんど出た事のない人間だ。終ぞ訪れなかった美女と戯れる機会をみすみす逃す手は無いし、そもそも彼は押しが強い相手に弱い。ある意味健全な下心と己の断れない性格によって、コンゴウは彼女について行った。
「まずはここです!『闘争の神』様の威容が伝わってきますよね!」
「うはぁ~迫力あるなぁ。」
鬼族の美女がまず連れて行ったのは『試練』を受ける拝殿に続く参道の脇立つ神楽殿だ。ここは本来、『神』に神楽を奉納する場所なのだが、何故か全長十五メートルの『闘争の神』の神像が祀られている。さらに本来は拝殿の前にあるはずの賽銭箱もここにあった。これは拝殿を『試練』で使うため、普通の参拝客を迎える苦肉の策である。神像は格好いいポーズをとった己の姿をコピーしたもので、『本神殿』の建立規格にあった『神像設置』を果たすために置いたものだ。しかしこうして人間の視点で見ると、我ながら思わず跪きたくなる魅力がある。流石は『闘争の神』だ、と自画自賛してしまうのは愛嬌だろう。
「……………。」
しかし所詮は自分の姿。しかもポーズまでしているとなればすぐに気恥ずかしくなるのが普通だろう。事実としてそうなったコンゴウは、すぐに隣の女性に話しかけようと思ったのだが諦めざるを得なかった。何故なら、彼女は周囲の音が聞こえなくなるほど集中して祈りを捧げていたからである。コンゴウの身体にはっきりと力が漲る感覚があることから、やはり彼女は『闘争の神』の熱心な信徒であることが伝わって来る。彼女が作り出す静謐な空気を汚さぬため、コンゴウは祈りが終わるまで黙して待つことしか出来なかった。
待つのはいい。武装した美しい乙女が祈りを捧げる姿はまるで絵画の世界に迷い込んだようで神秘的ですらある。だが、まさかたっぷり一時間も祈るとは思っていなかった。その間、コンゴウは木偶の様に立ち続けていた。祈りを終えた彼女が真っ先に見たのは、引きつり気味のコンゴウの顔である。彼女は慌てて立ち上がって何度も頭を下げた。
「も、申し訳ありません!御神像を前にするとついついお祈りを捧げたくなる性分でして…」
「気にしないで下さい。信心深いのは良いことですよ。『闘争の神』様だってきっとお喜びになっています。」
「そうですよね!?」
彼女は目を輝かせてズイッっと顔を寄せてきた。『闘争の神』の熱心な信徒と思っていた彼女はどうやら狂信者の類らしい。ただ、自分が男性に迫っているように見えると自覚出来るだけの分別はすでに取り戻したようだ。
「わわわ、私ったらはしたない!」
「気にしてませんよ。では、案内を続けていただけますか?」
「もちろんです!行きましょう!」
顔を真っ赤に赤らめていた彼女だったが、コンゴウのフォローがよかったのか笑顔を取り戻した。そして喜び勇んで案内を再開する。次に彼女がコンゴウを連れていったのは社務所である。ここでは『闘争の神』の力の一端を籠めた護符を販売していた。壁に掛けられた割り符と共に供物を捧げることで自動販売機のように求める護符が現れる仕組みだ。護符の効果はピンキリで、護符の効果によって捧げねばならない供物の質と量も変わってくる。最上級の護符ならば『加護』の力を増幅させ、魔法を防ぐ障壁を自動で発生させるというトンデモアイテムまであった。
「まあ、これを受け取れる人なら無くても問題ないんだろうけど。」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、色々あるな、と思っただけです。」
「そうなんです!これは自慢ですけれど、私、全ての護符を頂戴しているのですよ!」
独り言を誤魔化したコンゴウだったが、思わず自分の耳を疑った。ふふん、と得意気にたわわな胸を張る彼女の正体をコンゴウは察する。この最上級の護符を得る条件が『第四の試練』を突破すること、だからだ。『第四の試練』を突破しているのは現状でただ一人。つまり目の前の美女こそ『ヤマト鬼王国』の姫にしてガイア人最強の桜姫その人なのだ。
「世界広しと言えども、全てを集めきったのは私だけでしょう!」
「そ、そうでしょうね。」
「特にこの『加護符』はもっとも入手難度が高いとあって、効果は抜群!やはり『闘争の神』様は偉大です!」
どうやら彼女は狂信者かつ熱心な護符コレクターでもあるようだ。もし彼女が元の世界にいたならば、彼女の部屋は好きなアイドルの写真やグッズで溢れかえっているだろう。しかもこじらせ過ぎてストーカーになる手合いである。これは所謂残念な美人、というやつらしい。何故かコンゴウは泣きたくなっていた。
「凄いですね。僕も強くなる努力を続けます。」
「ほう!」
故にはぐらかそうと思って放った一言が、彼女に火を付けたらしい。先程『闘争の神』への信仰心を讃えた時と同等以上に目を輝かせて桜姫はコンゴウに詰め寄った。
「良い心掛けです!では、少々稽古を付けて差し上げましょう!此方へ!」
「えぇ~!?」
コンゴウの手首をガッチリ掴んだ桜姫は、社務所の二階に昇っていく。そこは道場。『試練』に挑む者達が身体を温める為にコンゴウが造った場所だった。壁には古今東西の木製武器が所狭しと掛けられている。使用は勿論自由で、万が一破損してももう一度壁に掛ければ一瞬で修復する便利な機能も付いていた。
「ここならば邪魔は入りません。」
「いや、でも…」
「女子だからといって遠慮は無用。こう見えて私、とても強いので。」
知っている。恐らく誰よりもその規格外っぷりを『闘争の神』たる彼は熟知していた。そして彼女は既に木刀を正眼に構えている。どうやら逃げることは出来ないようだ。
これがもし、元の世界の病弱な青年ならば固辞しただろう。立つのもままならない日もあった彼が戦うことなど不可能だからだ。しかし今ここに立っているのは『闘争の神』に至った者、コンゴウである。戦うことを象徴する『神』として、ここで引き下がる選択肢は無いのだった。
「わかりました。では、僕も本気で行かせていただきます。」
「ッ!?」
そう言って木槍を手に取って構えたコンゴウに対して、桜姫は得体の知れない感覚を抱いた。彼女のように『加護』を得た者は、相手が同じ『加護』を持つ者かどうか一目で解る。故に目の前の男性は『加護』持っていない普通の冒険者だという確信があった。
にもかかわらず、研ぎ澄まされた勘は相手が絶対的な強者だと警鐘を鳴らす。久しく現れなかった稽古相手が務まる強者の登場に、桜姫は冷や汗を流しつつ歓喜した。
「鷹の卵かと思った方が、まさかすでに龍だったとは。どうやら胸を貸して貰うのは私のようですね。この善き出会いはきっと『闘争の神』様のお導き。では、参ります!」
桜姫の言葉に一部苦笑しつつ、コンゴウは彼女の上段からの斬撃を槍の穂先で巧みに逸らす。完璧なタイミングと力に頼らない絶技によって木と木がぶつかった音はしなかった。必殺の剣が容易く捌かれたものの、桜姫に動揺は無い。この程度は平気でやってのける相手だと本能的に察していたからである。
力が流されても鍛え上げたバランス感覚としなやかな肉体によってよろけることすらなかった桜姫は、常に返す刀でコンゴウの胴を薙ぐ。それを彼は槍を斜めに構えて受け流す、と同時に槍の石突きをすくい上げるように振り上げた。意表をついた下からの一撃だったが、桜姫は普通では有り得ない反応速度で目で見てから背後に跳ぶ。鬼族の身体能力でも不可能な反応速度は『加護』による恩恵であった。
一旦仕切り直しになった訳だが、両者共に相手と自分の有利な部分と不利な部分を感じ取っていた。戦いにおける技能と判断力はコンゴウが上、身体能力は桜姫が上という状態だ。魔神を倒した技量と勝負勘は伊達ではなく、遥かに性能が劣る肉体であっても『加護』を深く受けた鬼族の女性を上手く翻弄していた。
しかしながら、流石に冒険者の初期状態では如何に『闘争の神』でも勝つことは不可能だった。相手が彼女でなかったなら余裕で勝利出来たのだろうが、流石に『闘争の神』の『第四の試練』を突破した実力は相当なもの。技術では如何ともし難い身体能力における天と地ほどの差が徐々に響いていき、最後は受け流し切れずにマトモに斬撃を受けた槍が折れたことで決着がついた。
「負けました。ははっ、これじゃあ格好が付かないな。いよっと。」
木槍が折られた衝撃で転んでいたコンゴウは勢いを付けて立ち上がる。負けたコンゴウだったが、その顔に悔いは無い。彼は純粋に体を動かすことを楽しんでいたからだ。しかし、そんな彼を見る桜姫の目は尊敬によって輝いていた。
「いえ。私、目から鱗の思いです。洗練された動きに一分の隙も見せない立ち回り。感服致しました。」
そう言って彼女はぺこりと深く頭を下げる。一国の王女に頭を下げさせている事実に、コンゴウはあたふたしてしまう。己が『加護』を与えた国の王女である事は頭に無い。
何と返すべきか迷っていると、桜姫は頭を上げる。そしてこちらが驚くほど真剣な眼差しでコンゴウを見据えた。
「きっと、貴方なら『闘争の神』様の『加護』を受けることが出来るでしょう。むしろ『最終試練』すらも武具を揃えさえすれば突破出来ると確信しました。」
「そんな事は…」
「ですが!」
無い、と言いたかったのだが食い気味に声を上げた桜姫の剣幕に思わず黙ってしまう。
「最初に『最終試練』を突破するのは私です。そして『亜神』として『闘争の神』様のご寵愛を受けるのも私です!これだけはお忘れなく。では、失礼致します。」
「は?寵愛…?いやそれよりどこへ行く、ってまさか!」
「ええ。程良く身体も暖まった所です。『最終試練』を受けに参ります。それでは。」
木剣を片付けた彼女はコンゴウと道場に一礼するとさっさと行ってしまった。どうやら彼の技量に惚れ込んだと同時に嫉妬したらしい。難儀な性格である。だが、それよりも問題は彼女があの『最終試練』を乗り越えられるか、だ。
「これは冒険どころじゃないな。」
コンゴウは折れた木槍を持ったまま急いで道場から出て行く。道場の引き戸の向こうは、神界にあるコンゴウの私室へ繋がっていた。
「え!?あ、いいえ。僕は観光のようなもので…」
咄嗟に出た答えだったが、彼女にとっては意外だったのか可愛らしい目を見開いている。ここでコンゴウは己がミスを犯したかもしれないと気づいた。こんな僻地まで足を運んでくれていることから見て、彼女はきっと『闘争の神』の熱心な信者に違いない。そんな彼女に向かって物見遊山で来た、などと言ったら気分を害していてもおかしくない。しかしそれは杞憂に過ぎなかった。
「そうですか!貴方も『闘争の神』様が建立なさった神殿の尊さが理解出来るのですね!」
「ま、まあ、そうですね。」
「わかりました。私が案内して差し上げましょう!ささ、此方へ!」
言うが早いか彼女はコンゴウの手を取ってズンズン進んでいく。彼はここの設備は誰よりも把握しているので正直案内されても困る。しかしながら、彼は今でこそ『神』とはいえ元は病院からほとんど出た事のない人間だ。終ぞ訪れなかった美女と戯れる機会をみすみす逃す手は無いし、そもそも彼は押しが強い相手に弱い。ある意味健全な下心と己の断れない性格によって、コンゴウは彼女について行った。
「まずはここです!『闘争の神』様の威容が伝わってきますよね!」
「うはぁ~迫力あるなぁ。」
鬼族の美女がまず連れて行ったのは『試練』を受ける拝殿に続く参道の脇立つ神楽殿だ。ここは本来、『神』に神楽を奉納する場所なのだが、何故か全長十五メートルの『闘争の神』の神像が祀られている。さらに本来は拝殿の前にあるはずの賽銭箱もここにあった。これは拝殿を『試練』で使うため、普通の参拝客を迎える苦肉の策である。神像は格好いいポーズをとった己の姿をコピーしたもので、『本神殿』の建立規格にあった『神像設置』を果たすために置いたものだ。しかしこうして人間の視点で見ると、我ながら思わず跪きたくなる魅力がある。流石は『闘争の神』だ、と自画自賛してしまうのは愛嬌だろう。
「……………。」
しかし所詮は自分の姿。しかもポーズまでしているとなればすぐに気恥ずかしくなるのが普通だろう。事実としてそうなったコンゴウは、すぐに隣の女性に話しかけようと思ったのだが諦めざるを得なかった。何故なら、彼女は周囲の音が聞こえなくなるほど集中して祈りを捧げていたからである。コンゴウの身体にはっきりと力が漲る感覚があることから、やはり彼女は『闘争の神』の熱心な信徒であることが伝わって来る。彼女が作り出す静謐な空気を汚さぬため、コンゴウは祈りが終わるまで黙して待つことしか出来なかった。
待つのはいい。武装した美しい乙女が祈りを捧げる姿はまるで絵画の世界に迷い込んだようで神秘的ですらある。だが、まさかたっぷり一時間も祈るとは思っていなかった。その間、コンゴウは木偶の様に立ち続けていた。祈りを終えた彼女が真っ先に見たのは、引きつり気味のコンゴウの顔である。彼女は慌てて立ち上がって何度も頭を下げた。
「も、申し訳ありません!御神像を前にするとついついお祈りを捧げたくなる性分でして…」
「気にしないで下さい。信心深いのは良いことですよ。『闘争の神』様だってきっとお喜びになっています。」
「そうですよね!?」
彼女は目を輝かせてズイッっと顔を寄せてきた。『闘争の神』の熱心な信徒と思っていた彼女はどうやら狂信者の類らしい。ただ、自分が男性に迫っているように見えると自覚出来るだけの分別はすでに取り戻したようだ。
「わわわ、私ったらはしたない!」
「気にしてませんよ。では、案内を続けていただけますか?」
「もちろんです!行きましょう!」
顔を真っ赤に赤らめていた彼女だったが、コンゴウのフォローがよかったのか笑顔を取り戻した。そして喜び勇んで案内を再開する。次に彼女がコンゴウを連れていったのは社務所である。ここでは『闘争の神』の力の一端を籠めた護符を販売していた。壁に掛けられた割り符と共に供物を捧げることで自動販売機のように求める護符が現れる仕組みだ。護符の効果はピンキリで、護符の効果によって捧げねばならない供物の質と量も変わってくる。最上級の護符ならば『加護』の力を増幅させ、魔法を防ぐ障壁を自動で発生させるというトンデモアイテムまであった。
「まあ、これを受け取れる人なら無くても問題ないんだろうけど。」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、色々あるな、と思っただけです。」
「そうなんです!これは自慢ですけれど、私、全ての護符を頂戴しているのですよ!」
独り言を誤魔化したコンゴウだったが、思わず自分の耳を疑った。ふふん、と得意気にたわわな胸を張る彼女の正体をコンゴウは察する。この最上級の護符を得る条件が『第四の試練』を突破すること、だからだ。『第四の試練』を突破しているのは現状でただ一人。つまり目の前の美女こそ『ヤマト鬼王国』の姫にしてガイア人最強の桜姫その人なのだ。
「世界広しと言えども、全てを集めきったのは私だけでしょう!」
「そ、そうでしょうね。」
「特にこの『加護符』はもっとも入手難度が高いとあって、効果は抜群!やはり『闘争の神』様は偉大です!」
どうやら彼女は狂信者かつ熱心な護符コレクターでもあるようだ。もし彼女が元の世界にいたならば、彼女の部屋は好きなアイドルの写真やグッズで溢れかえっているだろう。しかもこじらせ過ぎてストーカーになる手合いである。これは所謂残念な美人、というやつらしい。何故かコンゴウは泣きたくなっていた。
「凄いですね。僕も強くなる努力を続けます。」
「ほう!」
故にはぐらかそうと思って放った一言が、彼女に火を付けたらしい。先程『闘争の神』への信仰心を讃えた時と同等以上に目を輝かせて桜姫はコンゴウに詰め寄った。
「良い心掛けです!では、少々稽古を付けて差し上げましょう!此方へ!」
「えぇ~!?」
コンゴウの手首をガッチリ掴んだ桜姫は、社務所の二階に昇っていく。そこは道場。『試練』に挑む者達が身体を温める為にコンゴウが造った場所だった。壁には古今東西の木製武器が所狭しと掛けられている。使用は勿論自由で、万が一破損してももう一度壁に掛ければ一瞬で修復する便利な機能も付いていた。
「ここならば邪魔は入りません。」
「いや、でも…」
「女子だからといって遠慮は無用。こう見えて私、とても強いので。」
知っている。恐らく誰よりもその規格外っぷりを『闘争の神』たる彼は熟知していた。そして彼女は既に木刀を正眼に構えている。どうやら逃げることは出来ないようだ。
これがもし、元の世界の病弱な青年ならば固辞しただろう。立つのもままならない日もあった彼が戦うことなど不可能だからだ。しかし今ここに立っているのは『闘争の神』に至った者、コンゴウである。戦うことを象徴する『神』として、ここで引き下がる選択肢は無いのだった。
「わかりました。では、僕も本気で行かせていただきます。」
「ッ!?」
そう言って木槍を手に取って構えたコンゴウに対して、桜姫は得体の知れない感覚を抱いた。彼女のように『加護』を得た者は、相手が同じ『加護』を持つ者かどうか一目で解る。故に目の前の男性は『加護』持っていない普通の冒険者だという確信があった。
にもかかわらず、研ぎ澄まされた勘は相手が絶対的な強者だと警鐘を鳴らす。久しく現れなかった稽古相手が務まる強者の登場に、桜姫は冷や汗を流しつつ歓喜した。
「鷹の卵かと思った方が、まさかすでに龍だったとは。どうやら胸を貸して貰うのは私のようですね。この善き出会いはきっと『闘争の神』様のお導き。では、参ります!」
桜姫の言葉に一部苦笑しつつ、コンゴウは彼女の上段からの斬撃を槍の穂先で巧みに逸らす。完璧なタイミングと力に頼らない絶技によって木と木がぶつかった音はしなかった。必殺の剣が容易く捌かれたものの、桜姫に動揺は無い。この程度は平気でやってのける相手だと本能的に察していたからである。
力が流されても鍛え上げたバランス感覚としなやかな肉体によってよろけることすらなかった桜姫は、常に返す刀でコンゴウの胴を薙ぐ。それを彼は槍を斜めに構えて受け流す、と同時に槍の石突きをすくい上げるように振り上げた。意表をついた下からの一撃だったが、桜姫は普通では有り得ない反応速度で目で見てから背後に跳ぶ。鬼族の身体能力でも不可能な反応速度は『加護』による恩恵であった。
一旦仕切り直しになった訳だが、両者共に相手と自分の有利な部分と不利な部分を感じ取っていた。戦いにおける技能と判断力はコンゴウが上、身体能力は桜姫が上という状態だ。魔神を倒した技量と勝負勘は伊達ではなく、遥かに性能が劣る肉体であっても『加護』を深く受けた鬼族の女性を上手く翻弄していた。
しかしながら、流石に冒険者の初期状態では如何に『闘争の神』でも勝つことは不可能だった。相手が彼女でなかったなら余裕で勝利出来たのだろうが、流石に『闘争の神』の『第四の試練』を突破した実力は相当なもの。技術では如何ともし難い身体能力における天と地ほどの差が徐々に響いていき、最後は受け流し切れずにマトモに斬撃を受けた槍が折れたことで決着がついた。
「負けました。ははっ、これじゃあ格好が付かないな。いよっと。」
木槍が折られた衝撃で転んでいたコンゴウは勢いを付けて立ち上がる。負けたコンゴウだったが、その顔に悔いは無い。彼は純粋に体を動かすことを楽しんでいたからだ。しかし、そんな彼を見る桜姫の目は尊敬によって輝いていた。
「いえ。私、目から鱗の思いです。洗練された動きに一分の隙も見せない立ち回り。感服致しました。」
そう言って彼女はぺこりと深く頭を下げる。一国の王女に頭を下げさせている事実に、コンゴウはあたふたしてしまう。己が『加護』を与えた国の王女である事は頭に無い。
何と返すべきか迷っていると、桜姫は頭を上げる。そしてこちらが驚くほど真剣な眼差しでコンゴウを見据えた。
「きっと、貴方なら『闘争の神』様の『加護』を受けることが出来るでしょう。むしろ『最終試練』すらも武具を揃えさえすれば突破出来ると確信しました。」
「そんな事は…」
「ですが!」
無い、と言いたかったのだが食い気味に声を上げた桜姫の剣幕に思わず黙ってしまう。
「最初に『最終試練』を突破するのは私です。そして『亜神』として『闘争の神』様のご寵愛を受けるのも私です!これだけはお忘れなく。では、失礼致します。」
「は?寵愛…?いやそれよりどこへ行く、ってまさか!」
「ええ。程良く身体も暖まった所です。『最終試練』を受けに参ります。それでは。」
木剣を片付けた彼女はコンゴウと道場に一礼するとさっさと行ってしまった。どうやら彼の技量に惚れ込んだと同時に嫉妬したらしい。難儀な性格である。だが、それよりも問題は彼女があの『最終試練』を乗り越えられるか、だ。
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