海の体温、君の温度

結紀

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第十二話 無償の愛

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 走って、走ってただひたすらに走り続けた。


 何処までも何処までも、いつ終わるのか分からなくても。


 足を止めようとは思わなかった。


 大通りから街の中心を流れる川の河川敷まで来た。


 川には大きな赤い橋が架かっている。


 市民の主要な交通道路でもあり、この時間帯は少し車の交通量が多くなる。


 河川敷を全力で走る。


 途中ですれ違う井戸端会議中のおばさん達や集団下校の小学生が不思議そうに俺を見つめてくる。


 くそっ!何処にも居ない!


 走り続けなければならないのに、体は言うことを聞こうとしない。


 一歩、また一歩と足を踏み出すスピードが緩くなっていく。


 そしてついに、歩く事すらままならなくなった。


 膝に手をつき項垂れる。大粒の汗がポタポタと地面に滴り落ちる。
 

 いっそのこと、このままここで倒れてしまえたら良かったのに。


 体の水分は乾ききり、喉が張り付いた感覚で吐き気を催す。


 息が苦しくなり、上を見上げて必死に金魚の様にパクパクと口を開き肺に酸素を取り入れる。




 「よし……」


 少しだけ呼吸が落ち着いてきた。

 
 顔を上げガクガクと震える足に気合いを入れ走り出そうとした時……目前に見える橋が目に入った。


 橋からこちら側を向いて川を眺めている男性が見えた。


 あれは……!

 
 「父さん!」


 焦りと疲れと安心感と色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、走り方さえ忘れてしまったかの様に。


 側から見たら随分と無様に父さんの元へと走り寄って行ったと思う。

 
 どうでもいい……!早く、早く!


 最後の力を振り絞り、足を動かし続けた。




 そしてほんの暫くの後、ようやく橋の中程まで辿り着き父さんの視界に入る距離まで来た。
 

 「と……さ……」


  父さんは何も言わず沈んで行く夕陽をじっと眺めていた。
 
 
 「無事で……良かっ、た……!」
 
 
 「夏樹……」
 

 ようやく俺の声に気が付いた父さんはゆっくりとこちらへ振り向き俺の名を呼んだ。

 
 だが、その瞳はどこか虚ろだ。
 
 
 ゆらゆらと、焦点が定まっていない。

 
 ただならぬ雰囲気に心臓が早くなる。
 

 「父さん?」
 

 「夏樹……父さんは、駄目な父親だったな……」


 嫌だ。
 
 
 「どうしたの……?」
 

 声が震える。


 「ごめんな……夏樹」
 
 
 父さん、父さん。

 
 家に帰ろう?

 
 一緒に夕飯を食べようよ。
 

 お願いだから。

 
 大好きなおにぎりだって幾らでも握るから、だから。


 だから。
 

 「愛してるよ」
 

 そう、俺に言った父さんは……微笑んでいた。
 

 幼い頃、優しく名前を呼んで頭を撫でてくれた時のように。
 
 
 穏やかそうに微笑む父さんの目からはいっぱいの涙がこぼれ落ちていた。

 
 「とうさ……」

 
 咄嗟に伸ばした手が届く前に、父さんは橋の欄干をぐっと乗り越え遥か下方の川へと飛び降りた。

 
 

 「人が落ちたぞ……!」

 
 「キャー!」

 
 「誰か!救急車を!」

 
 「早く助けに行かないと……!」

 
 「ここの川って流れ早かったよな!?」
 
 
 「この高さだぞ!急がないと!」





 周囲に居た人々の悲鳴が飛び交う。


 中には野次馬の様にスマホのカメラを向ける見物客も集まってきた。

 

 
 音が遠のいて行く。
 
 
 視界が揺らぐ。
 
 
 皆、何て言ってるんだろう。
 

 脳と心は何が起きたのか理解したくないのか、目で見た情報を上手く俺に伝えようとしなかった。

 
 ああ、そっか。


 ある種の防衛反応なのかな、これが。

 
 人間は極度に心が追い込まれた時、自分が壊れてしまわないように自らの現実感を失わせるんだろう。
 
 
 ぼーっと、そんな考えが頭に浮かぶ。

 
 一番に取り乱すべきは自分なのに。

 
 こういう時に当事者は冷静になるって本当なんだ。

 
 足の力が抜け、膝から頽れる。


 
 
 次第に目の前がザーザーとテレビの砂嵐の様に灰色に染まっていく。

 

 
 走馬灯のように駆け巡る光景はあの部屋に置いてあった写真と同じように、俺の中の記憶にある仲睦まじい家族三人の姿だった。
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