転生したのに女神がもやし栽培キットしかくれなかったので、無職即追放されましたが、育ててたら貴重品でした

ワイケー

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鍋を火にかけていただけなのに、各国で信仰が成立していた件

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朝、俺は黙々と失敗していた。

木箱の中で、白い芽が――なぜか紫に光っている。

「……なんでだよ」

もやしは白いだろ。常識的に。
紫はもう、もやしじゃない。もやしの気持ちを考えろ。

隣で、もやし二号が無表情で頷いた。
……いや、頷かれても困る。

「これ、食えるのか?」

もやし二号は、箱の前に置いた札を指差した。

《試作品:紫紋もやし(食用可/強壮注意)》
勝手に札を作るな。

「強壮注意って何だよ……」

俺は鼻で笑って、鍋に湯を沸かした。
とりあえず茹でる。
この世界、困ったら茹でるとだいたい解決する。

……そう思っていた。少なくとも、俺の周りでは。



その頃――王都サンクティア。

格式ある石畳の街は、今日も整っていた。
整っているのに、どこか妙だった。

神殿前の階段。
いつもなら早朝から列ができるはずの参拝者が、いない。

代わりに列ができているのは、裏通りの鍋だ。

「……ここで、合ってる?」

貴族の邸宅の陰で、若い騎士が小声で聞いた。
隣の同僚が深刻な顔で頷く。

「合ってる。ここが“白き芽の施し所”だ」

「施し所って……」

「祈りじゃなくて、茹でる方のだ」

言葉の意味が分からないまま、騎士は鍋に目をやった。

ぐつぐつ。
白い細長い何かが、湯の中で踊っている。

湯気の向こうで、老婆が言った。

「ひと束でいいかい。今日は民の分が優先だよ」

騎士は一瞬、迷ってから銀貨を差し出した。

「……俺、古傷が」

「祈りに行きな」

老婆はあっさり言い捨て、もやしを包んだ。

「……え?」

「行っても治らん。こっち食え」

騎士は受け取った。
その瞬間、背後から視線を感じた。

神官だった。
白いローブ、涼しい目。

「……あなた」

神官は優しく微笑んだ。

「その白い芽は、どこで?」

騎士は汗をかいた。
神官の笑顔が、祈りのそれではない。監査のそれだ。

「え、えっと、これは……」

老婆が割って入った。

「野菜だよ」

「未承認の?」

「野菜だよ」

老婆は一切ぶれなかった。
神官は眉を寄せ、さらに優しく言った。

「あなた方の魂を案じているのです」

老婆は鍋の蓋を閉めた。

「腹を案じてくれ」

神官の微笑みが、一瞬だけ固まった。



王都神殿・会議室。

司祭長は、額を押さえていた。
机の上には報告書の山。

・参拝者数:減少
・施療所利用:激減
・民の平均表情:満腹
・鍋の増加:異常

「……満腹は、罪か?」

誰かが言った。
空気が重くなった。

若い司祭が恐る恐る続ける。

「罪では……ありません。ただ、問題が……」

「問題?」

「民が、“必要な時に祈らない”のです」

司祭長は目を閉じた。

「祈る代わりに何をしている」

若い司祭は言いたくなさそうに言った。

「……茹でています」

沈黙。

司祭長は、深く息を吐いた。

「発酵の次は、茹でだと?」

「いえ、茹では異端では……」

「異端にするな。余計増える」

即答だった。
彼は学び始めていた。遅いが。

別の司祭が書類を差し出す。

「“もやし神”信仰、周辺領へ拡散中です。さらに……」

司祭長が顔を上げる。

「さらに?」

「国外へ」

「……国外?」

若い司祭は震える声で言った。

「交易商が、白い芽を“聖遺物”として持ち出しています」

司祭長の指が止まる。

「待て。聖遺物は神殿が発行するものだろう」

「彼ら曰く――」

若い司祭は、読み上げるしかなかった。

「“神殿が発行する聖遺物より効く”そうです」

その言葉が、会議室の空気を殺した。

司祭長は静かに立ち上がる。

「……官僚を呼べ」

「はい」

「あと、騎士団長もだ」

一拍。

「……そして、鍋を持ってこい」

若い司祭が目を見開く。

「司祭長……?」

「自分で確かめる」

彼は真顔だった。
神殿が神殿を守るために、茹でる。
世界が壊れ始めている音がした。



同じ頃、別の国。

砂漠沿いの交易国家――ラハ=シーム。

王宮の官僚室で、文官が乾いた声で読み上げていた。

「報告。白く細長い植物の流入により、下層街の病欠が三割減」

大臣が眉を寄せる。

「植物?」

「はい」

「毒ではないのか」

「食うと元気になるそうです」

「……兵器か?」

文官は淡々と首を振った。

「鍋です」

「鍋?」

「茹でます」

大臣が椅子からずり落ちそうになった。

「……何を言っている」

文官は、さらに淡々と追撃する。

「民が“祈りより先に湯を沸かせ”と言い始めています」

「ここは神殿国家ではない」

「ですが、信仰が生まれています」

「何を信仰している」

文官は一瞬だけ間を置いた。

「無職です」

大臣は頭を抱えた。

「なぜ無職を信仰する」

「名前が分からないため、“無職もやし神”と呼ばれています」

「……神なのか」

「本人は否定しています」

「なら違うだろ」

「否定するから信じられるそうです」

大臣はしばらく黙ってから、机を叩いた。

「意味が分からん!」

文官は平然と言った。

「意味が分からないものほど、民は欲しがります」

官僚地獄の扉が開いた音がした。



さらに別の国。

山岳王国――グラニス。

貴族会議は、いつも通り傲慢で、いつも通り浅かった。

「つまり、その白い芽を押さえればいい」

「民心を握れる」

「神殿より上に立てる」

結論が出るのが早すぎる。

翌日。
貴族の倉庫に“白い芽”が集められた。

夜。
倉庫の前に、民が立った。

怒号はない。
松明もない。
ただ、静かに、圧がある。

「返せ」

誰が言ったか分からない。
だが声は、全員の声になった。

貴族が叫ぶ。

「これは王国の管理下だ! 正当な徴収だ!」

民は一歩も動かない。

「返せ」

その場にいた護衛騎士が、気づいた。

――この空気は、戦争の前の空気ではない。
――飢えの前の空気だ。

飢えは、正当性を食い破る。

翌朝。
貴族は“元・貴族”になっていた。

倉庫は空。
邸宅も空。
そして民は、静かに鍋を火にかけていた。

「……暴動は?」

王国の役人が震える声で言う。

「ありません」

「反乱は?」

「ありません」

「じゃあ何が起きた」

役人は泣きそうな顔で答えた。

「……満腹です」



そして、世界の地図のあちこちで、同じ現象が起き始めた。

神殿の前の列が短くなり、
市場の鍋が増え、
医者が暇になり、
軍の病欠が減り、
貴族が“勘違いして消え”、
官僚が“理解できずに倒れる”。

誰も宣戦布告していない。
誰も剣を抜いていない。

ただ、白く細長い芽が増えている。



その頃、当の本人。

俺は紫に光るもやしを、箸で持ち上げていた。

「……これ、強壮注意って書いてあるけどさ」

もやし二号が無言で頷く。

「俺が書いたんじゃないからな?」

二号は頷く。

「勝手に頷くな」

俺は紫もやしを口に入れた。
……うまい。普通にうまい。

次の瞬間、身体が軽くなりすぎた。

「……あれ?」

足が地面を蹴ったら、思ったより跳んだ。
というか、跳びすぎた。
軽く屋根に手が届いた。

「強壮注意ってこういう意味かよ!!」

もやし二号が、なぜか誇らしげに頷く。

その時、遠くから荷馬車の音がした。
荷台には木箱。
箱には各国の封蝋。
さらにその上に、手紙の束。

「……また寄付か?」

俺は木箱を開けた。

中には銀貨、金貨、宝石、そして――鍋。

「なんで鍋まで送ってくるんだよ」

手紙を適当に一枚読む。

『偉大なる無職もやし神へ
我が国にて信仰が成立しました
つきましては教義を――』

「教義って何だよ!!」

次の手紙。

『白き芽の奇跡により、我が軍の腰痛が消えました
同盟を――』

「同盟って何だよ!!」

次の手紙。

『神殿と揉めております
助けてください
鍋が足りません』

「鍋の供給が外交問題になるな!!」

俺は頭を抱えた。

「……俺、ただの無職だぞ?」

もやし二号が静かに、いつもの札を出した。

《無職:察してください》
その札が、やけに重く見えた。

遠くの世界で何が起きているか、俺は知らない。
だが一つだけ、確信している。

――俺が知らないところで、話が勝手に進んでいる。

そしてたぶん、次も進む。

俺が鍋を火にかける限り。

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