5 / 64
前編
第二章 行き着いた世界-3
しおりを挟むぐっぐっ、とディルクは自分の手をグーパーして調子を確認した。
この診療所に来てもう一週間。体力も魔法も問題ない。怪我が治れば動けるだろう。
マリエルが、いつものように食事を運んできてくれた。ディルクは丁寧にお礼を述べていただく。
「本当にありがとう。何かお礼ができたらいいんだけど」
「子供は余計なこと考えなくていいのよ。全快するまで遠慮しなくていいからね」
ディルクの良心が僅かに痛む。
彼は両親に連絡はとれないと伝えていた。実際両親は他界しているので嘘ではないのだが、保護者がいないわけではない。
だが連絡する先がないと言うと、なんだか妙に気を使われるようになってしまった。
現在彼の引き取り先を、しかるべきところに問い合わせている最中らしい。
しかしディルクは今いるここに興味があった。この科学を使う診療所に。
何もかもが珍しく、少しずつ動いてみては、いろいろな設備や道具を見て、触って確かめてみる。
「この棚の本が読めたらよかったんだけどなぁ」
ディルクのつぶやきに、マリエルの叔父は苦笑して言った。
「君の年でそれが理解できれば、宮廷博士にだってなれるさ」
「宮廷……博士?」
「この国の最高峰の科学博士の称号だよ。今現在は二人かな。もう何年も称号取得者はでていない」
「へぇ」
今手に持っている難解な医学書が読めないのは、単純にこちらの文字が読めないからなのだが、ディルクは初めて聞く宮廷博士という存在に、心を僅かに躍らせた。
それから数日後、ようやくドクターから外出許可が出た。リハビリを兼ねて外に出ていいと言うのだ。
とはいえ、この街に不案内かつ大怪我の後なので、念のため姪のマリエルが付きそうことになる。
彼女が大学から帰って来ると、ディルクは待ってましたと言わんばかりに靴を履いた。
「もう動いて大丈夫そう?」
心配する彼女に少年は苦笑する。
「とっくにだよ。マリエルもドクターも心配性なんだから。早く行こう、マリエル! もう走ったりだってできるよ!」
たんっと玄関の段差を飛び降り、彼女を急かす。
実際魔力が戻ってきてから自己治療も少しずつしていたので、ほぼ万全の状態だ。
ドクターは若者は回復が早いなぁと言いながら二人を見送った。
日の光にディルクは目を細める。
何もかもが目新しい世界だった。
「高っけぇ建物!」
クアラル・シティ中央部に建つ百階建セントラルビルに、ディルクは感嘆の声をあげた。
「あら? 王都はこのくらいのビルがいくつも建ってなかった?」
「え……あ、えーと、近くで見るのは初めてだからさ」
「そっかー間近で見るのは迫力よねぇ」
言いながら二人は、セントラルビルのショッピングエリアに向かう。
ディルクの服がドクターのお古なので、新しいものを買いに来たのだ。
「でも俺、お金、持ってないんだけど……」
遠慮がちに言うと、マリエルは苦笑した。
「もう……だから、子供は余計なこと考えなくていいのよ。叔父さんは孤児院に寄付だってしてるし。あ、そうだ、ディルクこの間叔父さんの書類の仕事手伝っていたでしょう? お小遣いよ!」
外に出られず暇を持て余していたディルクは、リハビリを兼ねて診療所のスタッフやドクターを見様見真似で手伝い始めていた。
見ているだけよりも、実際やってみると見えてくることも多く、皆少しずつだが教えてくれたりする。
何気なく始めたことだったが、少しでもお礼になるなら嬉しい。
(そうか、掃除でも仕事でも手伝えることがあったらなるべくやろう)
レジを通り、商品を持つ手に力を込めると、ディルクはうん、と頷いた。
買ってもらった新しい服を身に纏い、ディルクは何となく上を見上げる。
そこには久しぶりに見る自分の龍のオーラがあった。
この世界に来るのに無防備に結界を通った彼は、大怪我をし服もボロボロで、額にしていたサークレットの宝石は壊れてしまっていた。
昨年見た時よりも大きく力強いオーラ。
しかし彼のそれに、振り向いたり見上げたりする者など一人もいない。
誰もこれが見えていない。サークレットもいらない。
それが堪らなく不思議で、なんだか楽しくて、ディルクの心は踊っていた。
「マリエルこっち、早く早く!」
ビルを出て繁華街を走るディルクに、マリエルは苦笑した。本当にもう元気になったみたいだとホッとする。
見つけたときには満身創痍で、もう駄目かもしれないと思ったのが嘘のようだ。
ところが、彼女がふと目を離したその時だった。
ドカッと大きなものがぶつかった音がしたかと思うと、目の前のディルクがゴミのポリバケツに躓いて転んでいた。
マリエルが慌てて駆け寄り、手を差し出す。幸い中身は空だったようだ。
「もう、前はちゃんと見なさいよー。ゴミが入ってなくてよかったけど」
「ゴミ……?」
不思議そうな顔をするディルク。彼女が手を掴み立たせてあげると、彼は改めて青いポリバケツの方を眺めた。
「えっと、何かあるの、ここ?」
「何って……ポリバケツ。これ」
マリエルは倒れたポリバケツを起こし、蓋をすると、コンコンと叩いてみせる。
(本当だ、何かがある)
しかしディルクにその物体を見ることは出来なかった。どんなに凝視してもわからない。
「えっと……」
どう言おうか迷っていると、マリエルが声をかけた。
「見えないの? 目をどうかしちゃったのかしら」
大丈夫に見えて、大怪我の後遺症かしらとブツブツ呟くマリエル。
眼鏡でなんとかなるかしらね、叔父さん聞いてみないとと唸る。
一方、ポリバケツをペタペタと触れて形を確かめつつ、ディルクは頭を回転させていた。
(視力がどうとかいう問題じゃないぞ、これ。他の物は見にくいものもあるけど見えるし)
そして魔力も自分のオーラもはっきり見えることを確認する。
(多分、俺の視力じゃなくて、これが〈見えない物〉なんだ)
視力というのは、物体固有のオーラを見る力なのだと聞いたことがある。
西の都ラクニアの悪友は、お調子者だが、医学はかなりの知識だから真実なのだろう。
(オーラがない物体があるんだ、この世界……)
一体どういう物なんだろう。この世界の知識など、どこかで調べればわかるのだろうかと考える。
「ディルク?」
目の前で、手をひらひらするマリエル。
ゴミ箱を撫でながら凝視など、異様に見えるに違いない。
はっと我に帰ったディルクは、慌てて立ち上がり苦笑した。
「ごめん、ちょっと考え事してた。さ、行こうマリエル!」
彼女に説明などできなかった。そもそもしていいのかもわからない。
誤魔化すように、タタッと駆け出したディルクは、目の前にあった街路樹や壁を避けて向こうの方まで走って行き、遠くから早くーと声をかける。
一連の行動を見ていたマリエルは、先程までの心配そうな顔をふと綻ばせた。
「よかった、ちゃんと見えてるみたい。さっきはふらついたりしただけだったのね」
よもや、ポリバケツのみが見えないなどと露ほども思わない彼女は、都合のいいようにそう結論づけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる