隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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前編

第三章 学校-1

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 キーンコーンカーンとチャイムが鳴り響く。
 それと同時に、待っていましたとばかりに、それぞれの教室から子どもたちが飛び出した。

「こぉら、廊下は走っちゃいかん」
「はーい、先生さよーなら」

 一瞬走るのをやめ、教師の姿が見えなくなると同時に再び走り出す。それは日常の光景。
 ディルクは、先日買ってもらったばかりの手提げを傍から取り上げ、くすりと微笑んだ。

「よぉ、ディルク、今日は丘の方行ってみねぇ?」

 前の席のクラスメイトが、鞄に教科書を詰め込み背中に回すと、満面の笑顔で声をかけてきた。
 活発だが少々お調子者でいたずらっ子、確か名前はボビイだったか。

「丘ってあのでっかい樹があるあの辺?」
「そうそう! てっぺんまで登り方教えてやるよ! あ、ニーマ、お前も行くよな」

 今度は隣の席の、ちょっと大人しそうなクラスメイトに声をかける。

「ええっ、ちょっと待ってよ、宿題出されたじゃん、それにボク塾が……」
「そんなんあとあと! 集合な。おーい、イサオー」

 ノリと勢いそのままにボビイは次々と声をかけていく。
 ディルクはその後ろ姿にくっくっと笑わずにいられない。しばらく忘れていたけれど、同い年ってこんなんだったっけと。

「もー笑い事じゃないよ。ディルクだって宿題当てられてたじゃん。しかも理科!」
「あ、ああ~そういえばそうだったな。うん、頼りにしてる、ニーマ」

 確か彼は優等生だったと思い出す。
 ディルクがにこっと笑ってポンっと肩を叩くと、ニーマは明らさまにうんざりした表情を浮かべた。

「ちょ、ディルクまで? あれだけ算数できるんだから、他の教科もやりなよ」

 ぶーぶー文句を言いつつも、じゃあ後でと、いったん帰宅するため彼は教室を出て行った。


  ◇◆◇◆◇


 科学世界に興味を持ったディルクは、ドクターの家にそのまま厄介になることにした。
 そもそも帰り方の見当もつかないし、帰ったとしたら、もうここには来られないかもしれない。
 折角の機会に、それはあまりにもったいない。
 保護者もおらず、引き取り先も決まっていないのだし、仕事を手伝うからと頼むと、ドクターは快く承諾し、そして市内の小学校の手続きをしてくれた。

「小学校……?」

 マリエルに聞くと、彼女は当然とばかりに頷いた。

「そうよ、行っておいた方がいいでしょう? なんだかんだで学歴社会なんだしね」
「学歴……」

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 魔法世界に学校がないわけではない。文字や簡単な算術、基礎魔法くらいは、どんなに貧しい平民でも学べるようになっている。
 ただ、貴族や専門、上を目指すためには、それなりの師を個別につけるのが一般的だ。学年だって存在しない。
 経歴などを聞かれた場合には、師の名と役職を挙げることになる。ディルクの場合は、〈東聖シオネの弟子〉が経歴となる。
 だから、その小学校とやらの三年生だと聞いた時、彼はかなり困惑した。

「えっ、いきなり三年生?」

 三年生ということは、その小学校というところで学んで三年目ということだ。
 科学の基礎どころか、文字すらわからない自分についていけるのだろうか、数学なら数字を覚えれば何とかなるかもしれないがとディルクは考える。
 しかし、一年生では駄目なのかと聞くと、思い切り怪訝な顔をされてしまった。

「むしろ飛び級できるんじゃないって叔父さん言ってたけど。ディルク、難しい数式とか、この間は相対性理論の話してたんだって?」
「う……」

 数学は得意な方だが、その辺の内容はこちらでも難しい部類に入るのかと唸る。
 稀に飛び級があるとはいえ、どうやら同じ年頃の子供たちが、同じように学び、同じように福祉を受けるというのがこの世界の標準らしい。
 一部を除いて、そこに大差はないようだ。

 でもそのおかげで、科学世界の恩恵を受けられるのは非常に有難い。
 先日など、予防接種までしてしまった。

(ガルが聞いたら卒倒するぞ、ここの医療)

 実際彼自身も、帰宅してからマリエルやドクターに質問責めにして、ようやく納得したのだが。

(まぁ、話すつもりはないし、そもそも信じないだろうけど)

 話そうとしなかった訳ではない。この時だってそうだった。
 数学は得意なのに、ワクチンとか科学系の知識が全くないのが不思議だと二人が言うので、ディルクは正直に言ってみたのだ。

「それは仕方ないよ、俺、魔法使いだもの」

 少しだけ期待をした。
 もしかして、二人なら受け入れてくれるんじゃないか。世界を越えて分かり合えるんじゃないかと。

「へぇ、そっかぁ」
「そりゃ、科学苦手でしょうがないねぇ」

 ディルクの告白は、科学が出来ない苦しい言い訳と取られたか、ゲームや遊びの一環だと思われたか、どちらにしろ、すんなり受け入れられはしなかった。
 寝ぼけて魔法で物を浮かべてしまった時ですら、手品だと思われた。

 魔法は存在しない、ある訳がないという常識ーーーー。

 しかしディルクは無理もないと納得もしている。彼らが特殊なわけではないと。
 彼だって、こうやって見て実感しているから受け入れられただけで、ここに来る前に科学とか言われても信じない自信がある。
 それにだいぶ慣れてきたものの、わからないことも多く、科学への恐怖がなくなったわけではない。
 未知なるものは恐怖の対象そのものだ。あまりに非現実的で、認めたくないものだ。
 そしてそれは彼らも同じ、人類の共通意識なのだと、改めて理解する。

 だからディルクは言わないと決めた。
 自分が魔法使いだと、三ヶ月近くお世話になっているマリエルを始め、クラスメイトたちに。争いたいわけでも、怖がらせたい訳でもないのだから。
 そしてこれは、彼の故郷でも言えることだった。
 恐怖の対象となる隣国が、敵が本当に存在するなんてーー言ってはならない。

 それがここに滞在するうえで、ディルクが自分に課した決め事だった。


  ◇◆◇◆◇


 待ち合わせの丘に行くと、既に何人か集まって、思い思いに喋ったり遊んだりしていた。
 ディルクはそれには加わらず、中心に立つ大きな樹に近づき、手を当てる。
 立派な大樹だった。街中にも街路樹はたくさんあるが、これ程の大きさはこの街にはこれだけだろう。

「一回ちゃんと来てみたかったんだよね」

 大樹から放たれている美しいオーラは、クアラル・シティ全体をすっぽり取り囲んでいた。明らかにこの街を守る守護結界だ。

「むしろよく、他所者の俺を受け入れてくれたよ……『この程度の結界なら通るの難しくないってのと、敵意がなかったからかな?』」

 ディルクはそっと精霊の言葉で呟いてみるが、反応はない。
 そもそも魔法世界の精霊の言葉が、ここの精霊に通用するかも謎であるが。
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