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前編
第三章 学校-3
しおりを挟む「あ、ニーマ……」
血の気がすうっと引く感覚を抑えながら、ディルクがそのクラスメイトの名を呼ぶ。
そういえば学校と塾の宿題があるから、少し遅くなるかもと言っていた。
そしてその真っ青な顔は、今の魔法を見られたことを物語っている。
傍の精霊がぐっと気を引き締めるのがわかった。もしも反射的にニーマを攻撃するのなら、全力でディルクを止めると言わんばかりに。
彼はそれを横目で確認すると、呼吸を整え、ニーマに向き直った。
「よう、今着いたのか? 大変だったんだ、さっきまで。ボビイが木登りして落ちそうになってさ」
まずは状況確認だ。どこをどれだけ見られ、どう捉えられたのか。
「あ、ディ……ディルク……。い、今さ……」
ニーマは震えながら辛うじて声を絞り出す。
(まずいぞこれは。全部見られたかもしれない。完全に恐がらせてる)
努めて平静を装いながら、ディルクは思考をフル回転させた。
記憶消去魔法というものがある。
しかし、これは何度も使うと耐性ができるうえ、刺激的な強い記憶程思い出しやすい。
自分を始め貴族などは、小さい頃から耐性をつけさせられるので、大体どのくらいの記憶に有効かはわかるのだが、これは微妙である。
(なら、時間退行魔法を使う? ばあちゃんに合格もらえていないけど)
それなら見ていたという過去そのものを変えてしまうので、後々思い出すような危険はない。
今ならほんの数十分くらいの時間で済む。
人に使うのは初めてだが迷ってもいられない。取り返しがつかなくなる前にやらないといけない。
そんなことを逡巡させていると、当のニーマがゴクリと唾を飲み込み、逃げも叫びもせず声をかけてきた。
「今、君……ボビイを、助けた……よな?」
さて、敢えて質問の形をとってはいるが。ディルクは慎重に言葉を選びながら聞き返す。
「なんで? そんなふうに、見えた?」
「うん。そういうの、ちょーのーりょくって言うんだろ?」
「は? ちょーのーりょく??」
突然の聞き慣れない言葉と、思ってもみなかった相手の反応に、ディルクは思わず率直な疑問を返してしまった。
対して、何故かニーマは興味津々といった顔で詰め寄って来る。
「だからさ! ボビイを浮かべたの、ディルクの超能力だろ? そういう、物理的法則を無視してできる不思議な力のこと」
「ぶ、ブツリ……?」
確かにブツリテキホウソクはのっとってないかもしれないが。
「いや待て、そんな意味わかんないちょーのーりょくとやらじゃなくて、これは魔法……」
つい正直に口走ってしまい、慌てて手でその口を塞いだが遅かった。
「魔法……?」
ああもう、と思いながらディルクは観念して告白する。
「そう! 信じないと思うけど、俺は隣国人で魔法使いなの!」
「魔法……使い……?」
その表情が意外にも恐怖とは違う、単純に未知なることへの興味だと見てとったディルクは、恐る恐ることの顛末をかいつまんで話した。
「へぇえええええ、すっっげぇえええええ! あの壁の向こうにそんな世界があるのかあ!」
彼の反応は、こちらに来たばかりのディルクの感想そのものであった。
隣国の存在を認識したとき、その湧き上がる興味は恐怖をも凌駕し、帰国を遅らせてこの世界に留まる選択すらしたことを思い出す。
「何? 怖いとか信じないとかないの? お前」
「え、だって本当のことなんだろ? 怖いもなにもクラスメイトだし。ボビイも軽く助けてくれたし。ディルクは嘘つかないじゃん」
うっ、と、ディルクの心が僅かに締め付けられる。
「単純にすごいよ。よく来たなぁ、この街に。この世界に。ようこそー! なんちゃって」
ぶわっと、思わず涙が溢れそうになり、ディルクはきゅっと耐えた。
「な、なんだよ、泣いてんの?」
「ばっか! 泣くか!」
この世界の誰にも知られなくていい。
恐怖を与えるくらいなら、本当の自分など教えず隠し通そうと思っていた。
でもニーマは信じて、興味を持ってくれた。
敵としてではなく、本当の自分を受け入れ、肯定してくれたのだーーーー。
ディルクは素直に今の気持ちを口にした。
「その、ありがとな。やっぱ、知って受け入れてくれんの、嬉しいや」
「そういうもん?」
ニーマは少し考えてふーんと納得すると、ふっと笑ってディルクに向き直った。
「じゃあ僕も、信じられないくらい非現実的な夢を教えてあげるよ。まだ誰にも言ったことない僕の夢!」
あまりにも大それてて、笑われるだけだから秘密だぞと断りつつ、彼は息を吸う。
「実は僕、宮廷博士になりたいんだよね!」
おお、とディルクは心から感嘆の声を上げた。
「それってこの世界の科学の最高峰ってやつだろ! すごいじゃん!」
これを真顔で言って笑われないなんて、本当にディルクは異国人なんだなとニーマは思う。
「信じてくれるの? 君は知らないかもしれないけどね、すっごい難しいんだから」
「信じるさ! 俺も目指してんの、魔法世界の最高峰、宮廷魔法使いだし」
「えええっ!!」
驚きつつも、目標が世界最高峰と共通することで、二人に妙な仲間意識が湧いてくる。
「いーや、でも僕の方が難しいんだからな!」
なおも主張するニーマに、ディルクもまた張り合い始める。
「何言ってんだよ、宮廷博士って人数無制限なんじゃねーの? 俺の世界は四人って枠決まってんだぞ」
「ええっ! でも今現時点で二人しかいないんだし、絶対こっちの方が難しいって!」
じゃあ競争でもするかと、話はどんどん白熱していく。
「見てろよ、マホーなんて科学で全部証明してやるぞ」
「おお、やってみやがれよ! こっちだって科学の理論くらい制覇して魔法に転換してやるんだからな」
他のクラスメイト達は、親と共に帰り、もうこの丘には二人しかいない。
精霊がほっと微笑む中、彼らは日が暮れるまで魔法と科学の話に盛り上がった。
「いつか、君の国と僕の国で自由に行き来できるようになるといいな」
帰り際ぼそりと呟くニーマの言葉を、ディルクは聞き逃さなかった。
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