隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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前編

第五章 徹夜の掛け持ち-3

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「あら、ディルクったらモテるわね」

 ディルクがテーブルに突っ伏してうんうん唸っていると、頭上から馴染み深い美しい声が響いた。
 慌てて顔を上げると、ここ数年で更に綺麗になった彼女が、お茶の用意を持って立っていた。

「な、ナリィ!」

 ガタンと音を立てながら、慌てて見合い画束を横に放る。傍らでは気にした様子もない彼女がお茶を淹れ、王子の前に置き挨拶をした。

「どうぞ、シルヴァレン王子」
「ありがとう、ナリィさん。お邪魔しているよ」

 ナリィはニコリと微笑むと、先程ディルクが放った見合い画を丁寧に拾い上げた。

「駄目じゃない、雑に扱ったら」
「え、で、でも」

 ディルクは僅かに赤い顔で、うつむき加減に見上げる。

「気にならないの? ナリィは、その……俺が見合いって……」
「もちろん気になるわよ! 気にならない訳ないじゃないの」

 言って背中をバンっと叩く。いい音が響き、ディルクは顔をしかめた。

「君たちは付き合っているのかい?」
「し、シルヴァレン!」

 ふいに王子が声をかけると、ディルクは更に顔を赤らめ、ナリィは笑いだした。

「ご冗談を……そのような関係ではございませんよ。ね、ディルク」

 そしてこそっと耳うちした。

(この先のことはわからないけどね)

 その言葉で、たちまちディルクの顔は真っ赤に染まってしまった。
 ふふっと笑いながら、じゃあねとナリィが去って行くと、王子は苦笑する。

「頑張り甲斐あるってことかな、ディルシャルク」
「お前が変なこと言うからだろうがっ!」

 でもいいなぁと王子は呟いた。
 あれから二年近く経ち見合いの回数だけ重ねるものの、結局恋人というものがわからないまま、王子は伴侶とする人をずっと決めかねている。一人選ぶわけでもなく、かといって明確に断るわけでもなく。
 きっとそのうち大臣か陛下が決定するのだろう。自分の立ち位置を考えれば、それが正解なのだろうと。


 ナリィの淹れたお茶がなくなる頃、それまで無言だった王子の従者がそっと声をかけた。

「王子、少々よろしいですか」
「なんだい?」

 従者は一応ディルクに気を使いつつ、先程来た使者から受けた報告を王子の耳元にささやき、一枚の人物画を渡す。

「ええっ!?」

 突然の大声にディルクは何事だという目を向けた。従者は報告を終えると、後は感知せずとばかりにまた元の位置に直立する。
 王子はディルクを見返すと、一つため息を吐きながらそれを伝えた。

「ガルデルマが西聖の弟子を辞したらしい」
「はあっ!?」

 宮廷魔法使いの弟子ともなれば、その出入りくらいは王宮へ報告義務がある。
 そして公にはされていないが、西聖自身も次代に推していたのはガルデルマであることを王子は知っていた。

「何をやってるんだ、ガルデルマは」

 彼は街中では殆ど目立ったことはしていないが、ネスレイやマナフィ相手には研究、修練も相当にやっていると報告を受けていた。そしてずっと西聖を目指しているものだとばかり思っていた。
 腑におちない、微妙な表情で西聖から届いた代わりの推薦者に目を通す。しかしーー。

「彼女が、次の候補……?」

 西聖の他の弟子四名の印象がぱっと思い浮かばないくらいに、ガルデルマとは圧倒的な実力差がある。

「あーガルの彼女」

 突如きた横からのあっけらかんとした声に王子は目を丸くした。

「ええっ、そうなの!?」
「そういう噂? ラクニアじゃみんな知ってる。すごい頑張り屋って人気もあるよ。俺はあんまり話したことないけど」
「はああああぁぁああ!?」

 一つの可能性が王子の頭を過ぎる。
 もしかして、同じ西聖の弟子である彼女の目標が、まさに西聖そのものなのではないかと。

(だめだ、やっぱり王都に閉じこもっていては、いろいろ見えて来ないことが多すぎる)

 王子は頭を抱えた。

「シルヴァレン?」

 彼女には悪いが、陛下は例え西聖が望んでも、彼女を任命しないだろう。
 そもそも、器でないことはわかっているはずで、当の西聖からの報告にも、一応現段階の候補を立てておくが、ガルデルマを説得するか、新しい候補をたてるつもりであることが記されている。

「絶対的に力不足なんだよ。努力でどうこうって話じゃない。誰にでもある可能性じゃないんだ、宮廷魔法使いは」

 友人を見ていると嫌でも思い知らされる。自分の完璧なまでの無力感。例え王族でも手に入れられない絶対的な力を。

「ガル、西聖にならないのか?」
「戻ってきて欲しいのかい?」

 ぐっと言葉に詰まる友人に王子は微笑んだ。

「いや、まあ、実力は知ってるっていうか、勿体ないと思わなくもないかもっていうか」

 素直に褒めたくないまでも、心配しているのは伝わってくる。
 王子も遠い西方の友を思わずにはいられなかった。
 彼女と共に幸せな時を過ごすディルシャルクに、彼女のために身を引くガルデルマ。

(同じ恋人のためでも、こんなに差があるのか)

 本当にその感情は一体どういうものだろうと王子は思う。
 そして大丈夫なのだろうか、ガルデルマはーー恋人を前にして、その彼女の唯一絶対の夢を彼が奪う、その現実を越えられるだろうかと。


  ◇◆◇◆◇


 遥か北の地ベコでは、ひと月前に就任した若き北聖が空を見上げ、数日前の友人ガルの来訪を思い出していた。

 ーー俺は、西聖の弟子を降りようと思ってる

 は? とネスレイは思った。何を今更ーー確かにまだ次期西聖と内定が出たわけではないが、と。
 そして未来は既に確定しており、どうあがいても動くことはないと、彼は知っている。

 友人は元々、西聖になろうと思って弟子入りしたのではないと言っていた。
 五年ほど前、街中で彼女を見かけ、一目惚れしてから無我夢中で追いかけ、一緒になって魔法を、医療を覚えたのだと。

 ーー俺は、生まれた時から西聖目標に頑張って来た彼女に、西聖になって欲しいんだよ

 絞り出したその声は苦渋に満ちていた。
 彼自身、身に染みてわかっているのだ。自分の力に。時が経つほど開いていく彼女との力の差に。
 いつも全力の彼女に、目をかけてくれている恩師の前で、これ以上手を抜いて騙すようなことをしたくないのだと呟いていた。
 しかし、それでも候補でなくなることはない。
 二年後、西聖になるのはこの目の前にいるガルだと、既に占いで確定しているのだから。

(ああ、だから就任に二年もかかるのか。既に力は自分とほぼ同等なのに)

 しかしそこまでの過程は、占ってもなかなか見えてこない。大きな事変以外の小さな過程は絶えず変化するからだ。
 それでも必ずそこにたどり着く。
 占ってきっちり見えたものならば、結果が変わることはないのである。

 ネスレイはふと、もう一人の未来の宮廷魔法使いを思い浮かべた。

(ディルクの内定は間もなく、十二の生誕の日。しかし就任にはそこから三年かかる。これも、謎だ)

 彼の成長速度を考えれば、三年もいらない。すぐに就任すれば歴代最年少宮廷魔法使いの自分の記録だって塗り替えるはずだ。
 シオネが退任を渋るのだろうか。詳細は全くの不明である。
 だがもう、何があってもどう動こうとも、ディルクの東聖就任は三年後という未来は変わらない。
 運命と言った方が正しいかもしれない。

 全く、便利なんだか不便なんだか分からない能力だと思った。その結果の過程にあれこれ考え込んだことは数知れない。
 だからこそネスレイは、聞かれなければ自分から占い結果を人に伝えることはない。

 ーーそれでも友人でいてくれよな、街で開業でもしたら声かけるからさ

 この時もいつものようにその未来を話さず、そう言いながら笑う友人を、ネスレイは黙って見送ったのだった。
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