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前編
第九章 夢の終わり-2
しおりを挟む「貴方は悪魔って信じる?」
「えっ悪魔??」
王子が来て四日になる。
日中は公務のためにいないが、王女にとって彼と会う夜の数時間は、とても貴重な時間になっていた。
「お目にかかったことはないなぁ」
そりゃそうよ、と王女はくすりと笑った。
「この街の東にずーっと行くと、悪魔の国があるんですって」
王女は続けてライサから聞いたこの街の言い伝えを語る。
「ええっ! そ、それは……初耳だよ」
王子はうーんと微妙な顔をして唸る。
(つまり悪魔とは僕達のことなのか!)
一方で、彼はこの街の人ではないから、言い伝えを知らないのも当たり前かもしれないと王女は思った。
「じゃあね、魔法は信じる?」
「えっ!」
王子はどきりとした。しかし、そういう話を昼間したのだと彼女から聞くと、ほっと胸を撫で下ろす。
「まぁ、うん、信じるかな、僕は……姫は?」
「本当? よ、よかったぁ! 私だけかと思っちゃった。みんな否定するんだもの。でも、あってもいいと思うのよね!」
そしてまだ見たことのない隣国の存在を思い浮かべてみる。
「まず魔法はあるんだって認めてしまえば、意外に理解するのは早いんじゃないかとも思って」
「……魔法使いに会いたいの?」
すると王女はさっと振り向き、彼の手をとり目を輝かせた。
「貴方は信じるのね、魔法使いが実在するんだって」
「ま、まぁうん、そう、だけれど……」
そして彼女は、もし魔法があったら、魔法使いに会ったら、こうかしら、ああかしらと想像を膨らませていく。
王子は少し嬉しくなってきた。これなら身元を明かしても大丈夫ではないだろうかと。
しかし一通り話した後、王女はスッとトーンを落とした。
「でも、本当にあったらやっぱり怖いわよね。ごめんなさいね、いろいろ言ってしまって」
「……怖い?」
「それはそうよ。敵国だもの。敵意を持った相手は怖いものだわ」
「敵意がないなら会いたいの? 姫は」
すると王女はくすっと笑ってこたえた。
「いいえ。きっとそれ以上に魔法が怖いわ」
じゃあまた明日と言って王女が退室した後、王子はふっと悲しげにため息をついた。
やはり勢いで明かさなくてよかったと。
彼女の気持ちは理解できる。
「科学だって怖いよ……」
わからないから、馴染みがないからという以前に、自分はそんなに強くない。
思わず額の髪に隠れたサークレットに手が伸びる。
もし魔法に自信がある凄腕の上級魔法使いだったらどうなんだろうと思う。
友人のように、恐怖なんてものともせず、この世界に飛び込めるのだろうかーーと。
◇◆◇◆◇
翌日、王女はいつもより早い時間にやって来た。
笑顔であるが、寂しそうだ。その理由はすぐにわかった。
「この街の滞在も明日で終わり。今までありがとう、シルヴァレン様。楽しかった」
「こちらこそ。結局長居してしまった。いろいろ感謝しているよ」
王女との時間は彼にとっても貴重な体験だった。
友人を待つだけだったとはいえ、もう二度とこんな時は訪れないだろう。
「これで、もう二度と、会うことは、ないのです、よね……?」
王女の声が少し震えている。王子はそっとそんな彼女の頭に手を乗せた。
「うん、僕も帰ります。きっとそれがいいんだと思う……」
我知らず自分の声も震え出す。思ったよりずっと、この王女といるのは楽しかったようだ。
王女は押し黙り、涙を堪えると、最後といわんばかりに王子に向き直った。
「最後に、お名前を教えてもらえませんか?」
ピクリと彼の手が止まり、ゆっくりとその手を引き込める。しばしの沈黙。
やがて大きく息を吐き、彼は何かを決意したように王女に向き直った。
「……友人を、ここに呼んでもよいでしょうか? きっとその方が早いから」
「え、ええ……?」
すると彼は窓を開け、街中に向かい目を閉じた。
一つ深呼吸をした後、はっきりと一つの名前を口にする。
「ディルシャルクーーーーココニオイデ」
王女は不思議そうな表情を浮かべた。何をしているんだろう、通信機器も何も持たずにと。
それに後半の言葉はきちんと聞き取れなかった。
「シルヴァレン!!」
王女が口を開こうとした時、突然子供の声が響く。
と同時に、あろうことか部屋の空中から、一人の子供の姿が現れた。
「え、えっ……何、え?」
「……っと。人がいたのか、まぁいい、シルヴァレン!」
子供は驚く王女を一瞥すると、ぱっと王子の方へ向き直った。
七日ぶりに会う友の反応を、シルヴァレンは嗜める。
「まぁいい、は、失礼だよ、ディルシャルク」
苦笑すると、彼は傍らの王女を紹介した。
「彼女はこの国の第一王女、シャザーナ姫だ」
その子供ーーディルクは、王子の言葉に一瞬固まり目を見開くと、彼らの顔を交互に二度ほど視線を移し、最後にありえないといった顔で口を開いた。
「姫、えっ!? えええええええええっ!?」
しかしディルクは瞬時に状況に応じ、居住まいを正す。
「し、失礼しました。俺はディルシャルク・アルナ・ロードリー、第九十二代目東聖シオネ・プティールの弟子でございます」
「えっ、東……聖……?」
王女の反応に、ディルクは王子に視線を向ける。話していないのか、という目の訴え。
「うん、彼は宮廷魔法使い東聖シオネの一番弟子なんだ」
「ま、魔法使い!?」
そして王子は王女に向き直り、すっとお辞儀をする。
「そして私は、シルヴァレン・エル・ディ・オスフォードといいます」
「オス、フォード……?」
「はい、オスフォード王国第一王子です」
王女の表情が目に見えて青ざめていく。
「貴方が……隣国の……王子様……」
しかし王女は今までの不思議だったことを瞬時に理解した。あれもこれも全て魔法だったということを。
「黙っていてすまなかった。今までありがとう、シャザーナ姫」
あまりのことに王女は言葉を発することすらできない。
王子は傍の友人にも声をかけた。
「ディルシャルク、君ももう十分だろう? 帰ろう」
「いるならいるって言えよ! どれだけ怒られると……あああもう、何も言えねぇけどさ」
ディルクはガリガリと頭を掻きながら、方々から来る叱咤の嵐を想像し腹をくくる。
王女はピクリとも動かなかった。あまりの絶望か、裏切られた悲しみか。
そんな彼女にディルクが見かねて声をかける。
「王女様、その……あまりに耐えがたいということなら……記憶、消させていただきますが」
王女の肩が僅かに反応する。横で王子が緊張する気配も感じた。
張りつめる空気ーー王子がそれを望んでいないことは、ディルクにはすぐにわかった。
しかし、ここで悔恨を遺してはいけない。
「忘れられないくらいの強い記憶なら、五日くらい時間退行させてもらいますし。困るでしょう、貴方も」
「貴方たちは!」
王女がばっと顔を上げると、その瞳から涙がポタポタ流れた。
隣国人二人はぎょっとしたが、どうすることもできず、彼女の言葉を静かに待つ。
「この国に、何をしに来たのですか! もし敵国だから戦争を前提に調査をしていたというのなら、逃しはしません! なんとしてでも捕らえます!! それは私の責務です!!」
王女の迫力に二人は動けなかった。この国を背負う彼女の気迫を感じる。
しかし次の瞬間、王女は表情を和らげ、微笑みすら浮かべて言った。
「けれど、全く他意のない……興味があって訪れただけというなら、私は最後まで貴方たちをもてなし、この記憶のまま見送ろうと思います」
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