隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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前編

第九章 夢の終わり-1

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 塔の上の少年は、少しずつ話をしてくれた。
 この街には友人を待つために来たのだと。
 そして友人の素晴らしさ、有能さを我が事のように語る。魔法という言葉はなくとも、彼の友人に対する信頼の絶大っぷりは、本人を知らない王女にすら嫌という程伝わっていた。

「彼は本当に凄いんだ。僕ができなかったこともすぐに覚えていく。実に見事に。天才だよ」
「素敵なお友達ね。羨ましいわ」

 すると彼は微笑んだ。

「姫も見つけられるよ。意外に近くに既にいたりね」
「もちろんよ。私達はこれからだもの! 負けない親友になるんだから」

 即座にライサを思い浮かべ拳を握る王女に、その意気、と王子は笑った。
 彼女は姿勢を真っ直ぐ正して、そんな彼にも告げる。

「貴方も、もうお友達よ、シルヴァレン様」
「えっ」

 王子は不意を突かれてしまうが、王女はそんな彼の反応に、はっきりと寂しさを浮かべた。

「あっ、いや、これは、嫌という訳ではなくて……その驚いて……考えもしなかったから」
「私が王女だから? 関係ないのに、そんなの……」

 身分や称号で友人になる訳ではないでしょう、と。
 そんな王女の言葉は、王子の心に重く響いた。だっていつも彼が思っていることそのものだったのだから。

「うん、そうだね。全くその通りだよ」

 そう呟いて王子は頭を垂れた。知らず知らず両拳に力が入っていく。
 今自分は、彼女に正体を隠している。それを明かしても同じように思ってくれるのだろうかと。

「僕は……姫の友人になっても、いいのだろうか」
「もちろんよ! 私はそうしたいもの」

 即座に応える王女に、王子は困ったような微笑を浮かべた。

「ありがとう、姫……それと、ごめんなさい」
「?」
「僕には、姫に話せないことがたくさんあるから」
「あら、そんなの、当たり前でしょう? 話せないことくらい誰だってあるわよ。話さなくていいのよ」

 王子は、そうかな、と思いつつも少し心が軽くなる。個人を尊重してくれる、いい姫だと思う。

 少し微妙な空気に、王女はそうそう、と話題を変えようと手をたたいた。

「ハンカチとショール、綺麗になっていたわ。洗ってくださったの? わざわざありがとう」
「えっ、あれは浄化ま……」

 魔法と言いそうになって慌てて王子は口を噤んだ。いやいや、どういたしましてと頬を掻きながら答える。

「それと謝らないと。私がここに来る前に、使用人が来てしまったのではない? ひやひやしたわ。見つかるんじゃないかって。うまく隠れてくれたのね」

 そう、王女がいない時、昼間と夕方くらいに、使用人らしき人が訪れていた。
 足音で王女でないと思った王子は、隠蔽魔法で姿を隠したのだ。
 光の屈折を応用したその魔法は、オーラを感知する魔法使いからは隠れないが、この世界の人からは見えなくなるーー落ち着いてみれば、子供の頃に聞いたこの世界のことや、切り抜ける方法をいろいろ思い出すことが出来た。当時は役に立つなんて少しも思わなかったが。

「どうやって隠れたのか、興味はあるのだけれど……聞いてはいけない?」

 遠慮がちの質問に、王子は困ったように微笑んで、そっと口の前に人差し指を立てた。
 企業秘密です、そう言わんばかりに。


  ◇◆◇◆◇


 このクアラル・シティは、メルレーン王国最東端の街である。
 ではこの街の東には何があるのかと言えば、果てしなく荒野が続いているだけである。
 大人もそうそう足を踏み入れないそんな荒野に行くことを、この街の子供は誰もが禁じられていた。

「荒野の東にはこわぁ~い悪魔達が住む世界があって、迷い込んだら二度と戻って来られないんですって」

 ライサは王女にお茶を淹れ、昼間訪れた児童施設の子供達からそんな話を聞いたと苦笑しながら語った。

「あら、悪魔かどうかはわからないけれど、国があるのは本当よ。その国の人達は魔法を使うらしいわ。建国神話やったでしょう? あれ、実話よ」

 するとまだ十の友人は、ええ~と大仰に不審そうな表情を浮かべる。

「魔法だなんて! あるわけないですよ、姫様。昔の人達には科学が不思議に見えただけですよ」
「そうかしら。でも見てみたいわよね。どんな人達がどういう暮らしをしているのかしら」
「いてもどうせ野蛮人ですよ! 姫様は近寄っちゃ駄目です! 汚れます!」

 歴史からとはいえ魔法使いを研究している宮廷博士だっているのに、と王女は苦笑した。
 そして目を閉じながら、思い出すようにその知識を復唱する。

「長年争いを続けた隣国は、四大都市のある本土といくつかの島からなり、二千年を超える歴史を持つ。その四大都市は選び抜かれた最強の魔法使い四聖がそれぞれ守護し、六十の将軍はいずれも猛者ばかりである」
「……詳しいですね、姫様」
「これでも王女だからね。一応教わるのよ、敵国だしね」

 互角な争いだったため、壁が出来る前の王朝は両国とも数十年単位で頻繁に変わっていた。
 しかし現在、科学世界メルレーン王国はもう三百年を超えている。

「記録にある最後のオスフォード王国も、続いているのかもしれないわね」

 魔法については半信半疑だが、荒野の先には確かに自分達とは違う種族の国が存在する。
 そのことにより意見の齟齬があり、お互い相容れない敵なのだろうとも想像がつく。
 しかし、世界が分断されてもう数百年だ。
 両国の戦争による恨み辛みも、先祖はともかく今生きる者達に直接あるわけではない。
 純粋に異なる民族、文化などに対して、どのような感想を持つのだろう。

「やっぱり会ったら敵意が芽生えるのかしら」

 どちらかが蹂躙したりされたりするのだろうか。
 この平和で安全な今の状況で、戦おうなどとはとても思えないが。
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