隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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前編

第十二章 戦いの予兆-1

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 明るい月を眺め、王女は嘆息した。

 四年ほど前になるだろうか。国の宮廷博士が二人がかりで、異国語を解する言語プログラムを完成させた。
 そのこと自体は大変喜ばしい。自国内でも田舎や少数民族の集落が存在し、訛りがきつければ言葉が通じないこともしばしば起こっていたからだ。
 言葉は交流をするうえで非常に重要な鍵となる。
 そしてそのプログラムは、隣国魔法世界の言葉すらも網羅していった。

 あの方と、同じ言葉でお話ができるーーその事実は王女を大変喜ばせた。
 積極的に使ってみたいとプログラムを受け、王子に会うと、彼は驚きつつも、同じように喜んでくれた。

「その表現は、随分昔に使われていたね。ある意味僕も新鮮だよ」

 王宮で古代語も履修している王子は、プログラムの言葉が一昔前の表現であることも教えてくれた。
 それはそうだ、初代のプログラムの元となったデータが、境界の壁ができる以前、つまり数百年前のものだったのだから。

「そうでござるか……ではなく、そうなのですか……はい、覚えたであります」
「覚えました」
「お、覚えました」

 くすくすと笑いながら二人で過ごした時間は今でも鮮明に思い出す。

 王女は王子から教わったその現代表現を、積極的にプログラムに還元した。
 宮廷博士二人は大層驚き、隣国人と交流しているという王女を心配したが、プログラムを完璧にできること自体はとても喜んでいた。

 ところが、そんな純粋な探究心から生まれた技術は、使う者によって、いいようにも悪いようにも利用されていく。
 言語プログラムも例に漏れず、宮廷博士や王女の望まない使い方をされるようになるのは必然だった。

 言語の壁をクリアした国は、隣国にスパイを送り込んだ。
 境界の壁ができる以前から粛々と継がれてきた、対魔法使いスキルをもつ死の軍。
 その現在の指揮官ダガー・ロウがまず隣国に潜入したのは、二年前のことだった。

 そして現在、にわかにキナ臭い雰囲気が王宮を騒がせている。
 死の軍の本隊が、隣国に密かに進出を始めているらしい。
 まだ大掛かりな攻撃をするか、戦争になるかはわからないが、確実に数百年前の戦国の世へ動きつつある。

 でも彼女にはそれをどうすることもできなかった。
 王女だなんて言われていても、自分には止めることも意見を言うことも、城を出ることすらも許されていない。

「悔しい……」

 せめて伝えたい。この事実を、愛しいあの方へーー。



「お悩み事ですか、姫様」

 そこには一年前に宮廷博士号を取得し、ますます頼もしくなって帰ってきた親友がいた。
 しかしその親友ライサは、王女の元に戻ってからは勉強どころか研究もやめてしまっている。
 ただひたすら王女の身の回りの世話や教育に徹しており、その姿勢を頑として譲らなかった。

「私が宮廷博士になったのは、姫様を全力でお支えしたいからで、研究するためではありません。私は婆やのように体術でお守りすることは出来ないので」

 王女の傍にいるため、いてもいいと、いて当然と周囲に認めさせるーーただそれだけの為に、国家最難関の資格を取得したというのだ。

 もったいない。それ程の力と自由があれば何だってできるだろうにーー。

「貴方は自由なのだから、もっと好きなこととかやりたいことやってもいいのよ。本当は研究だってしたいくせに」
「いえ、称号取得のために勉強は十分させていただきましたから。今は宮廷博士という名である以上、姫様や国王様、王族の方々のために、この身を捧げるつもりでいます」

 何でもおっしゃってくださいなと無邪気に笑う。

 しかし王女はそんなことを望んだわけではなかった。
 ライサはライサの好きなことをして、そして空いた時間でいい、友達としていろいろお話したり遊んだりできたらいいと思っていただけだ。

「もう! じゃあ死ねと言ったら死ぬの? ヒスターと結婚しろと言われたらするのね!?」
「もちろんです……って、え? ヒスター様?」
「……そういうお話がちょっと出かけてたの! 冗談よ」
「ですよねー私が王妃とかないですよねー」

 明らかにホッとした顔をしているのに、ライサはそう言われたら、意思とは関係なく従うのだろう。王族のために。
 王女はふと心配になった。
 ヒスターの話は実は本当にあったりする。ただライサがまだ十五なので待機中の状態と聞いている。

(このままここに……私の傍にいたらこの子は……)

 世界も知らず恋も知らず、ただ王族のためだけに身を捧げ生きていくことになるのだろうか。
 それだけの力と技術を持ちながら。
 科学のみならず魔法にだって引けを取らない、何だってできるのにと。

(魔法使いでも死の軍相手でも、対抗できる力があるのに!)

「本当に……何でも頼っていいというのなら……」
「はい、何でしょうか姫様?」

 ライサのような力があるのなら、絶対にやり遂げたいことがあった。
 王女は拳を握りしめ、その叶わない望みを口にする。

 隣国に……行ってきて欲しいーーーーと。


「隣国……?」

 はっと我にかえった時には遅かった。
 ライサは不思議そうな顔をして、王女の顔を覗き込む。
 宮廷博士号を取った時、国から改めて説明され、言語プログラムも受けた彼女は、もう昔のように隣国の存在を否定するようなことはしない。

「それが本当のお悩み事、なんですね?」

 ライサはそれだけ言うと、即座にやりかけていた雑用を終え、退出準備をする。

「ま、待ってライサ! ごめんなさい、やっぱり……っ!」

 パタン。親友は制止を聞かず、退出して行ってしまった。
 こうなったら、何を言っても彼女は行ってしまうだろう。だってこれは真の王女の望みなのだから。
 しかし、ただでさえ敵国、情報もない隣国に、十五の少女一人では危険すぎる。誰に襲われてもおかしくないし、猛獣に遭遇するかもしれない。加えてその死の軍と接触する可能性だってある。

 本当に、何てことを口走ってしまったのだろうーー王女は崩れ落ちる。

「彼とは違うのよ……ディルシャルクさんとは……」

 もう頼れない、頼もしい隣国の魔法使いの顔を思い浮かべ、王女は顔を覆った。
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