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前編
第十二章 戦いの予兆-2
しおりを挟む「ライサ」
廊下をパタパタ行く彼女に、中年の女性が声をかけた。
「姫様から聞いたわよ。隣国に行くって、本気?」
そしてその女性ーー婆やは、ため息を吐きながら続ける。
「本気よね。聞いて悪かった。あんたは姫様のためならなんだってするわね」
ライサがコクリと頷く。
「最近、軍の予算が大幅に上がってるのが気になってた。隣国と何かあるのかもしれない。なら、少しでも敵のことを知っておかないと、いざという時に姫様をお守りできないわ」
「敵……そう、そうね、敵……」
婆やは思わずディルクのことを思い出した。
もう一年半前にもなるか、その敵国に忠誠を誓う、宮廷魔法使いの少年を。
王女の想い人がまさにその敵国の王子であることを。
しかし敵だと即座に決めつけるライサは、おそらく王子のこともその少年のことも全く聞かされていないのだろうと推測できる。
(おいそれと話せる内容でもないけれど。それに)
研究ばかりで恋愛すらしたことないこの子に、王女の恋心が理解できるのだろうか。
周囲の誰もが否定するだろう二人の関係に納得することができるのだろうかと。
(私だって何度も諭そうとした。あの坊やも、何度も捕らえようとして……できなかった)
それでも婆やはディルクだけでも直接知っている。だからまだ柔軟な考えを持つことができる。
「姫様の望みもこなせて、敵国の情報も得られる、またとない機会だわ」
これぞ宮廷博士たるものの使命。魔法なんて科学で解明して敵を知っておけば、この先何かで争うことになったとしても負けたりしない、とライサは張り切っている。
これは、王女も言い難いだろう。
「姫様にとって、私は普通の十五の女子学生で、それを望まれているのは知ってる」
ライサは静かに苦笑する。本当は王女の知らないところで、危ないことも人道スレスレの研究もしていたのにと。
「暴力より強い毒も武器もあんたは扱える。あたしは姫様ほど心配してやしないけど……」
婆やは唸った。本気でこの子が敵と認識したら、事態はどうなってしまうのか考える。
「あんたは……隣国に侵略前提で行くの?」
「そこまでは今のところ考えてないわ。姫様は争いを望んでいないでしょう?」
だから隣国の情報と、それに争いの火種があるようなら消すなり操作するなり、そういったことをメインにするつもりだと。
争いを望まないからといって何もせず、いざというときに対処できないなどということは、王女の側近である以上、宮廷博士である以上あってはならないのだと言い切る。
「それは私の責務でしょう。いい機会よ。大丈夫、得意分野だわ、婆や」
任せてと笑い、準備があるからと去っていくライサを、婆やは見送るしかなかった。
(ライサは何も知らない……でももしかしたら、その方がいいのかもしれない)
敵の実力トップの存在などーーそれがたった十七の少年であることなど、何も知らない方が。
その少年が如何に強く敵わないかということも。
むしろ科学に好意的で、誰より王子や王女の味方であることも。
国が決めたことならば、我々は従わなくてはいけないのだから。
どんなに戦いたくない相手でも、国を守らないといけないのだからーー。
◇◆◇◆◇
数日後、王女と婆やは、クアラル・シティの外れまでライサを見送りに来ていた。
「大丈夫、ライサ。忘れ物はない? 体調は万全?」
「もう、過保護ですよ、姫様。何度も確認しております。そんなポカしませんよ」
そんな彼女に、通信が出来る限りはなるべく頻繁に連絡をするよう王女は念を押す。そして。
「これを」
「?」
それは一通の書状だった。続けて王女はまっすぐ彼女を見据え、静かに名を呼ぶ。
「ライサ・ユースティン」
「!? はいっ!!」
自然と背筋が伸び、直立姿勢で明確な返事をするライサ。
「隣国オスフォード王国へ赴き、これを第一王子シルヴァレン・エル・ディ・オスフォード殿に渡してください」
この時、ライサは初めて聞いたその名に、誰とか何故とか疑問がなかったわけではない。
しかし真剣な眼差しの王女に、なんとなくその場で聞き返すことが出来なかった。
ライサはその書状を両手で受け取ると、敬意を込めて承諾する。
「かしこまりました」
きゅっと彼女の心が引き締まる。ライサは絶対に成し遂げてみせると改めて気合を入れた。
王女はそんな親友にふと表情を和らげると、続けて深々とお辞儀をする。
「お願いします」
「わ、や、やめてください姫様! ちゃんとお届けしますから!」
それでも無理だと、手に負えないと、危ないとわかったのならすぐに戻ってくるように王女は何度も念を押す。
「いいわね、あなたのことが第一、無事に帰ることが絶対よ」
ライサは笑顔で頷き、用意していたジープに乗り込んでエンジンをかける。
「では行ってまいります、姫様」
難なく操作すると、街の反対側、果てなき荒野へとライサは走り去っていった。
「お伝えにならなかったのですね……隣国のトップ……東聖の坊やのことは」
ライサを見送りながら婆やは呟いた。
「どう伝えればいいのか、わからなかった……」
最大の敵、要注意人物だから避けろと言えばいいのか、最大の味方の理解者だから頼れと言えばよかったのか。
「私もシルヴァレン様も、敵の脅威というわけじゃない。でも……」
宮廷博士と東聖。戦争になれば二人は間違いなく、実際に戦わねばならないトップの実力を持つ敵同士だ。
それぞれの忠誠心を考えると、出会った瞬間に殺し合ってもおかしくない。
それこそ戦争になる前に、最大の脅威を排除することを考えるかもしれない。
「だからもう……戦争が避けられないのなら、なるべく知らない方がいいのかもって思って」
一年半前、王女はライサを彼に紹介しようと思っていた。
自分の一番の親友として、愛する王子の親友に。タイミング悪く結局会わせずに終わってしまったけれど。
でもそれでよかったのかもしれないと思う。
もうあの時とは違う、戦乱の世へ動き出してしまっているのだから。
「でも王子様に会えば、きっとディルシャルクさんとも顔を合わせてしまうのよね……」
王子はそれをどう考えるだろうか。二人が戦わずに済むように配慮してくれるだろうかーー王女は祈るように両手を合わせた。
「ライサは……隣国を見たら、王子に会ったらどう思うのかしらね」
王女を励ましつつ、婆やはそっと呟いた。
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