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後編
第十三章 隣国からの来訪者-2
しおりを挟むディルクが音について疑問を発する前に、ライサは慌てて去って行った。
「いまの、電話……? って、まさかあいつ……」
そういえば、言葉が最初ちぐはぐだったことを思い出す。
意味を理解しないわけではないが、明らかに話し慣れていない感じだったと。
「言語……プログラム……」
ディルクは数年前の王女の話を思い出した。
再会したときの王女も、彼女の側近の婆やも、自分相手にこの国の言語を話していた。
それが今や一般市民まで普及しているのかは謎だが、何度か改良も重ね、魔法世界の存在を知る王族や要人、軍人などには、既に使われているのだとも言っていた。
それをこの少女も使っている可能性は否定できない。
ということは、彼女は隣国科学世界の人間であり、魔法世界の存在を夢でもお伽話でもなく認識している立場の人間。言語プログラムを受け、あの境界を越え、最寄の廃墟まで単身来たということだ。
しかも電子音に慌てて去って行ったことから、間違えて迷い込んだなどということもなく、そしておそらく隣国人である事実を少なくとも自分に隠したいのだと言える。
一体、何のためにーー。
「興味本位、何かしらの研究、スパイ、最悪侵略ってところだが……」
ディルクは首を捻った。
どう見ても自分と同じか年下の少女。学校で言うならば中学生か高校生。それも単身ーー。
「侵略とか……無理すぎね?」
大体賊に襲われるなど、戦い方すらなっていない。演技なら大したものだが。
「さて、ガルに引き渡すのが筋ではあるが」
ここは西方、彼の管轄だ。目的地が王都であっても、彼女が王都民でない以上、ディルクの管轄にはならない。
だから手を貸すことはあっても、最終的には如何なる決定権もない。
「しかしあいつら、科学に耐性あるのかな……宮廷魔法使いが隣国を認識していないってことはないだろうけど」
そういえば同朋達とそういう話をしたことはなかったことに思い当たる。
まさかいきなり拘束したり拷問したりはしないと思いたいところだが。
「少し様子を見るか……? 一応顔だけは出して……」
ならラクニアではなく、先に街外れのガルの館に進路変更だ。
報告してしまえば、目的が何であろうと、彼女に今のような自由はなくなってしまうだろう。
スパイはともかく侵略しに来たようにも見えないし、この世界を見たいだけなら構わないとも思う。
「俺も散々隣国で遊んで、人のことは言えないしな」
なにせ初めて見る隣国からの来訪者だ。この世界で何を思うのか、大いに興味がある。
そして自分から正体をバラすことも、そうそうしないだろう。
ふと、先ほど助けた時の彼女の青い顔を思い出し、口元が綻んだ。
「なんだ、魔法を見るのが初めてでびっくりしてただけってか。そりゃ、空も飛べないよなぁ」
ラクニアまで飛んで行けるか聞いた時のライサの顔を思い出す。彼女は飛ぶという発想すらないようだった。
他にも焚き火の火をつけるときに凝視したり、飛べなかったり、転移魔法を提案したり、思い起こせば心当たりが幾つも出てくる。
初めて科学を目の当たりにしたときの自分を思い出して、ディルクは久しぶりに声をだして笑った。
何のしがらみもない、悩みもない、誰一人傷つけず、ただ探究心のままに自由だったあの頃。
「とりあえず俺が目を光らせておけばいい……かな」
結論づけて、彼は目の前の焚き火に薪を投げ入れた。
電話連絡を終えたのだろう、少女が戻って来た。
ディルクはその姿に目を細め、もう一年以上も足を踏み入れていない世界に一瞬思いを馳せる。
「もう、いいのか?」
電話はーーと続けようとして慌てて言葉を止めた。
彼女は隠す様子だし、目的がわかるまではこちらも警戒心を持たせない方がいいだろう。
ディルクは努めて平静を装い続けた。
ガルの館で、目的が王子との面会だということが分かり、ディルクは大いに動揺した。
一瞬、始末しなければならない可能性が頭を過ぎる。
しかしガルの突っ込みがあまりに軽かったので、雰囲気が悪くなることはなかった。そもそもこの同朋には、彼女を警戒する素振りが全く感じられない。
(まぁ隣国人って知らなきゃ少女一人に警戒もないか。王子に直訴とか書状とか珍しいことでもないし)
むしろ自分が不自然に反応し過ぎたかもしれないと反省する。
しかし、それにしても目的が王子で王都だからと、簡単に自分に同行を勧めすぎではないだろうか。
敢えて煽っているようにも見える。
(何故煽る必要が? まぁ監視し易くなるから逆に良かったとも言えるけど)
報告の義務を怠っている以上、全ては自分の責任だ。
最悪の場合、彼女をこの手で始末しなければならない。監視をするにしろ、近くにいる方がやり易い。
そしてまだまだ隣国人としての警戒心が残るディルクには、調査をしつつ四聖全員に顔を出すよう言われたことも、紹介云々はともかく救いであった。
王都までの道中、きちんと彼女の人となりを見ることができる。
最終的に王子に会わせても大丈夫か、それまでに判断すればいいのだから。
◇◆◇◆◇
『えっ、で、そのお嬢さんを連れ歩いてるの!? あの、ディルシャルクが!?』
ガルの報告を聞くと、王子は信じられないといった顔をした。
「珍しく冗談もとばすし、浮かれているようにも見えましたね。ちなみに、王子はネスレイの占い聞いておられます?」
ガルが面白くて仕方ないといった様子で、笑いを堪えながら王子に問う。
『聞いてるよ! ディルシャルクに恋人が現れるんだよね。というか、現れたっていうか!』
王子は王子で興味津々、気になって仕方がないといった様子である。
「まぁまだそういう感じではないんですけどね。それに……」
厳密には「恋人」ではない。一方的に恋愛感情を抱くだけだ。
二人が相思相愛になるかまでは、ネスレイから聞いていないし、むしろ苦しむと聞いている。
しかしそこは敢えて何も言わずコホンと咳払いをすると、ガルは少しトーンを落とした。
「ところで王子、その彼女の目的なのですが、どうやら貴方に主人の書状を届けることだそうですよ」
『主人の書状? 私に?』
「心当たりありますか?」
王子はうーんと唸ると、自分のスケジュールを照らして首を捻る。
『思い当たらないなぁ。まぁ新しい告訴とかなら想像もつかないし、思ってもみないこともたまにくるけど』
「そうですか」
すると今度はガルが首を傾げる。
『どうしたんだい?』
「いえ、ディルクが少し警戒もしているみたいなので。もしかしたらですが、何か隠していることがあるのかも。ディルクからの連絡はないのですか?」
『ないね。ヴァンクレサルトから軽く報告があっただけだよ。爆発調査難航していると』
「そう、ですか」
すると王子はふと笑って言った。
『大丈夫だよ、ガルデルマ。例え何か言えないことがあっても、悪いようにはしないよ、ディルシャルクは』
それより王子は、少女の目的が自分であることに大層喜んでいた。あの友人の心をとかすという少女に一目会ってみたくて仕方がないのだ。
王子との通信を切り、ガルは椅子にもたれかかる。そしてふと呟いた。
「そういえば、どこの子なんだろう、彼女。少なくともラクニアの民じゃなかったけど」
もっといろいろ聞いておけばよかったな、いや、ディルクから聞き出せばいいかと、ガルは職務へ意識を切り替えた。
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