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後編
第十六章 友への置き土産-2
しおりを挟む指定された建物は、大きくはなく、かといって小さくもないごく普通の屋敷だった。
『タイミングは任せる。戦時中に人知れず、王子をこの場所に連れて行って欲しい』
他でもない、つい先程命の灯火が潰えたマスターの最期の指令だった。
深い悲しみの中ではあるが、流石に王子も、自分がよくわからない場所に連れ来られたと認識している。
しかし、その質問を投げかけられたとて、サヤもボルスも明確な答えは持ち合わせていなかった。
彼らも訳が分からず、ただただディルクの指令に従っただけだからだ。
しかし、その謎は時を置かずに解決する。
屋敷から人影が見えたかと思うと、王子が即座に反応したのだ。
「ひ……姫? まさか……シャザーナ姫……?」
その人影も驚いたように反応する。
「え、シルヴァレン……様?」
どうしてーーそう続けようとした人影に王子は迷わず駆け寄り、即座に抱き締めた。
「姫……姫、姫!」
「シルヴァレン様……シルヴァレン……さまっ!!」
ずっと手紙のみでのやり取りだった。
それも途絶え、望まぬ戦争が起こりーー再び会うことなどもう叶わぬ望みだと、絶望すら感じていた矢先のことだった。
「ああ、夢ではないだろうか、姫……もっと顔を見せておくれ……ぼやけて見えないよ……」
「泣きすぎよ、シルヴァレン様。もう、私も止まらない……もっと貴方の顔が見たいのに……」
王女の指がそっと王子の涙を拭う。
王子も彼女の頬を包み込み、その涙を拭おうとしたが、更にポロポロ溢れてきてしまいーーーー。
「……っ」
二人は涙を流したまま、想いが溢れんばかりの口づけを交わした。
「え……っ、ええ……!?」
そんな声を漏らしかけたサヤは口を塞がれ、事態が把握できぬままボルスに屋敷の陰に連れて行かれた。
心臓がドキドキ言っている。目の前で突然、恋人同士の熱いシーンなど始まってしまったのだから、当然と言えば当然である。
綺麗に流せる程、サヤは恋愛経験があるわけではない。
「ぼ、ボルス……」
「しっ、こちらに」
顔を向けると、そこには見知らぬ中年女性が立っていた。
ボルスはサヤから手を離すと、その女性に声をかける。
「失礼、自分はヴァンクレサルト・グラン・ボルス。此度の事情を知る者とお見受けするが、貴方は?」
「私は、コードネームBAYA……皆には婆やと呼ばれているよ。……あの彼が、魔法世界の王子様かい」
サヤが思わず身構える。今は王子の警護が責務だからだ。しかしそんなサヤをボルスが止める。
「かの女性は科学世界の第一王女……で、相違ないのだな?」
婆やの首肯に、サヤは思考を停止しそうになった。状況から推測できることはひとつしかない。だがあまりの衝撃に脳が考えることを拒否してしまっている。
対してまだきちんと現状を直視しているボルスが話を続けた。
「我らがマスター、東聖ディルシャルクの命により、この屋敷へ王子をお連れした」
「東聖……やはりそうかい、あの坊やにね。私はライサの指示で姫様をここに連れて来たのよ」
言うと婆やは盛大にため息をついた。「ばかな子達だよ」と呟き、南の空に目を向け、そのまま遠い目をする。
南の方角ーーーーつい先程あの巨大な爆発が起きた空だった。
「あの坊や……指示をしたという東聖殿は、やはり戻ってきていないのね?」
「ライサ殿も……同様か」
婆やは最後にライサに会った時のことを思い出した。感情が消え去り、ロボットのように黙々と兵器をつくり続ける姿。
死ぬつもりなのかと聞いたことがある。
そして、気だるげに返ってきたその答えは想像を絶するものだった。
『つもりというのは、望みのこと? 私の死は確定事項。変わることはない』
誰がどう足掻こうと頑張ろうと、彼女がそう決めたのなら、もうそれは確実な未来だ。
そしてあの爆発。王城への敵の攻撃。
悲しむ間もなく、無我夢中に指定場所へ王女を避難させてみたら、この状況。
「せめて東聖の坊やだけでも、いてくれたらと思ったけれど」
ディルクは魔法世界での私だものーーーーライサの言葉が蘇る。
ならばライサ同様、戦争を終わらせようとして、死を覚悟し決戦の場に赴いた可能性は何より高い。
「とにかくお入りなさいな。長旅で疲れたでしょう?」
婆やは屋敷に二人を招き入れた。
◇◆◇◆◇
「えっ、いいの婆や! シルヴァレン様と同室で!」
「部屋を分けたところで、姫様、夜這いをされる気満々でしょう? 婆やはそんな姫様見たくありません」
ため息と共に返ってきた答えに、王女は顔を赤らめ、笑いそうになる口元を必死に抑えた。
誰がどう見てもこの二人は今、互いしか見えていない。
途中手紙でのやり取りがあったとはいえ、実に五年ぶりの再会なのだ。抑えていた想いが一気に溢れてしまうのも無理はない。
王女は既に二十歳である。そして幼少時より仕えてきた婆やに、見抜けないことなどなかった。
「ありがとう婆や! シルヴァレン様、こっちよ!」
王子の方もまだ夢見心地で地に足がついていない。戸惑いつつも、婆やに会釈し、王女に導かれるまま彼女の自室へと去って行った。
婆やは初めて見る王子に警戒心がなかった訳ではない。
しかしこんな二人を見せつけられては、邪魔をするのも無粋というものだ。
婆やは気を取り直して、従者二人に目を向ける。
「あんたたちは、同室でいいのかい?」
「えっ!? いいえ、私達はそういう間柄ではありませんので!」
初めてボルスとの関係にそんな誤解を受けてしまったサヤは驚き、慌てて否定する。
「部屋数が不足しているのでなければ、別々に願いたい」
ボルスも淡々と返答したので、婆やはそれについては何も言わず、一階の小部屋をそれぞれに案内した。
途中屋敷の構造と位置、周りには南西二十キロ先に小さな町があるが、それ以外は自然なままの森だと説明を受ける。
「あの坊やの従者なら、王子様とバカンスを楽しみに来たのではないんでしょ。相応の助力を期待していいね? 警護の対象が増えたようだし、正直私一人では荷が重い」
「もちろんです」
「むしろ勝手が分からず助言を賜り、申し訳ない。世話になる」
居住まいを正し敬礼する二人に、婆やは遠慮なく仕事を振り分けていった。
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