隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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後編

第十七章 博士達の暗躍-1

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 テレビの報道が無機質に流れてくる。毎日毎日、戦争による犠牲者の報道が絶え間なく続く。
 それでも著名な人や地位のある者だけだ。名もない勇敢な兵士を合わせれば、とても報道できる量ではなくなるだろう。
 そして先日、この国の誰もが知る一人の少女の死が報道された。

『宮廷博士ライサ・ユースティンの死亡が定められました』

 境界の爆発後、彼女はひと月ほど行方不明とされていた。
 しかし、その最強の兵器を一番間近で操作しており、死体も残さず木っ端微塵に吹き飛んだとは誰もが想像していたことだ。
 何度か付近の捜索も行われたが、そもそも爆発地点には如何なるものも残っていない。自然も兵器の残骸も死体すらもーーそしてとうとう国が彼女の死亡を定めたのだった。

 ヴィクルー教授は目を伏せ、祈るように手を合わせた。

「ライサ博士……早まったことを……」

 十年ほど前、王立アカデミーで出会って以来の付き合いだ。彼女は稀に見る逸材であり、一時は教え子であり、そして同じ称号を持つ同志であった。
 こんな少女になんとも酷な王令を下したものだが、残念なことに、兵器開発という意味では、最も物理や化学に秀でていた彼女をおいて他にない。
 宮廷博士と言えども教授は生物学や医学、ブルグ博士は情報学や経済学が専門だった。


  ◇◆◇◆◇


 クアラル・シティは、戦後もずっと混沌としていた。

「ヴィクルー博士、よろしいですか」

 扉のノックの音と共に若い男が入ってくる。
 教授は気をとりなおし、彼に目を向けた。先日王都の王立研究所から派遣されたスタッフである。
 確か宮廷博士候補でもあったか。名前はーーと思い出す前に、その青年が報告を始めた。

「先日の救出者五名、軍に二、研究所に二、搬送中に死亡一」
「そうか、ありがとう」

 教授はため息を吐いた。救出者とは魔法使いのことだ。
 ここクアラル・シティは境界から最も近い街であり、市民はかなりの数戦場にでたか疎開をしており、軍事基地にもなっている。
 戦争が終わってからは、負傷者の救出、遺体の確認、武器兵器の残骸の回収など相応の片付けに追われていた。

 戦場の怪我人の中には魔法使いも相当数含まれており、研究のために軍の施設や研究所に送られる者もいる。
 その後の彼らがどうなるかは言うまでもない。
 しかし王令でもある魔法使いの過激な研究を、教授は止められる立場にはないーーどころか、ここクアラル・シティ基地の最高責任者を務めなければならないのだった。

「もう少し、絞れますかね?」

 突然の青年の申し出に、教授はおや、と思った。

「だって、なるべく魔法使いを研究に送らないようにしているでしょう。そう、ブルグ博士からも伺っています」
「成る程、君は魔法使い肯定派なのか。だからブルグ博士はこちらに寄越したのだね」
「それもありますが……」

 王都の研究所は国王や王弟ヒスターの影響が強く、当然魔法使いを敵とみなすものも多い。
 そんなところから来たスタッフなのだから、教授もあまり関わらずにおこうと思っていたのだが。

「僕はライサ博士を知ってるんです。壊れてしまう前の、魔法使いと戦いたくないと言っていた彼女を」

 しかし、面と向かって争うことも、彼女を守ることも出来なかったと彼は言う。

「最初に造っていた武器も、僕は弱いことがわかっていて言われた通りに造った。彼女が一人で罪を負うことなんてなかったんです」
「君のような者が、あの研究所にもまだいたんだね」
「あそこで、魔法使いを助けたいなんて言えませんよ。ライサ博士は勇敢でした」

 そして、あんな爆発を起こし、彼女は一人、全ての罪と責任を負って死亡した。衝撃だったと。
 青年は今度こそ、そんなことを起こさないよう、もっと動こうと思い、志願に近い形でここに来たのだと言う。

「僕はこの街出身で、協力者もよく知るドクターとその身内です。お役に立てますよ」
「そうか。しかし不思議だな。クアラル・シティでは魔法使いを悪魔とまで言って恐れられていると思っていたが」

 だからこそ人手が足りず、秘密裏の魔法使い救出に難航しているのである。青年は苦笑した。

「本当ですね。でも何故か昔からーー僕は魔法使い嫌いじゃないんです」


 そのとき、コンコンと扉が叩かれ、女性が顔を出した。

「ニーマ君いる? 叔父さんから医師情報。例の身元不明の重症者なんだけど……わっ、失礼しましたっ!」

 慌てて去ろうとする女性を、ニーマと呼ばれたその青年が呼び止めた。

「いいですよ、マリエルさん。あ、博士、彼女はこの街の協力者です」
「失礼します、マリエル・エバーランスです。えっと、中央病院に変わった患者さんがいまして……」

 この国の者ならば帰郷、魔法使いならば研究送りとされているのだが、困ったことにどちらかの判断がつかない患者がいるのだという。

「身分証もなく、頭の損傷を負ったのか会話ができず、かといって暴れて魔法を使うわけでもないので、とりあえず治療に専念していたのですが……先程容体が急変したと連絡がありまして……どちらにしても助けられないかって……」
「わかった、行こう」

 教授はすぐに動き出した。
 暴れて魔法を使わないという時点で、魔法使いではないだろうと思ったが、脳の損傷は診てみなければわからない。今はどんな命でも助けられるならば助けたい。

「す、すごいねニーマ君。あの方、宮廷博士なんでしょ?」

 後方から若者たちのヒソヒソ話が聞こえる。

「そうですよ。大丈夫、この国の宮廷博士は魔法使いの味方ですから」
「え、そうなの!? 宮廷博士なのに?」

 でも心強いね、と呑気な声に、教授は思わず苦笑した。本当にこの者たちは魔法使いに好意的だ。
 何故なのだろう。クアラル・シティは戦争の軍事基地にすらなっているのにと。

(思い出した、ニーマ・ロイヤル君……もうすぐ宮廷博士取得予定)

 本当にこの国の宮廷博士は魔法使いの味方ばかりなのかと苦笑する。

「では、行ってくるよ」
「よろしくお願いいたします」

 こんな人たちがもっと増えればいいのにと教授は切に願った。
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