隣国は科学世界 ー隣国は魔法世界 another storyー

各務みづほ

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後編

第十七章 博士達の暗躍-2

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 その患者を見た教授は、一瞬で違和感に気がついた。
 青年は生きているのが不思議なくらいの重症だった。
 突然の発作で集中治療室に入っており、ちょうど出てきたところであったが、全身は包帯だらけで顔もまだまだ真っ青だ。

「これでも回復してはいたんですがね、何も話さなかったけれど意識もあったし、テレビの報道も見ていたんですよ。でも急に苦しみ出しまして」

 戦争の犠牲者の報道がされているから、知り合いでもいたのかもしれないと主治医は言った。
 青年が魔法使いだとは全く思っていない様子だ。ただ、身分証がないためにこの先どうするか決めあぐねているようであった。

 病室で教授が一人になると、青年は僅かに目を開けた。そして口を動かし声を発しようとしてーーそれを止めたように教授には見えた。
 教授は深呼吸をすると、言葉を切り替える。部屋の外に漏れないくらいの声で、はっきり青年に語りかけた。

「この言葉がわかるかい。君は……魔法使いだね?」

 その青年……ディルクは驚いたように目を瞠った。

「ど……うして……」
「やはりな。と、動かない方がいい。君は今まで死にかけていたんだよ」

 教授は改めて彼の様子を観察した。
 額には何もないので上級魔法使いではないとみる。
 しかしかなり頭の回転はよいと思われた。この敵国で、暴れず、魔法も使わず言葉も発さず、敵と悟られずにここまできていたからだ。

(単に動けなかっただけとも言えるがね……)

 それにしても、この重体で鋭い判断だ。

「私はこの国の宮廷博士ヴィクルーだ。君を逃してあげよう」

 すると青年は再び驚いた目を向け、そして僅かに向けられていた警戒心がふっと消滅したように見えた。

「そうですか、ありがとう……ございます」
「ん? こう言ってはなんだが、信じていいのかね?」

 宮廷博士と名乗ったら、むしろ敵意を向けられるのではないかと思っていたのだがと。
 青年はその問いにふと微笑んだ。酷く弱々しく遠い目をすると、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

「今……俺は、選り好みしている余裕も……判断力も、皆無なので……」
「そうか。もう少しここで魔法使いと悟られずに回復できるかね。逃げるにも体力が必要だろう。明日、言語プログラムを持ってきてあげよう。そうすれば君もこちらの言葉に怯える必要がなくなる」
「それは、とても、助かります……ありがと……う」

 その言葉を最後に青年は眠りに落ちていった。鎮静剤が効いてきたのだろう。

「ん? 君は言語プログラムを知って……?」

 深い眠りに入った魔法使いの青年に、その問いは届かなかった。


  ◇◆◇◆◇


 言語プログラムを知る者は限られる。
 しかもそれが魔法使いならば尚更だ。

「キジャ君が誰かに言っているとも思えないし。まぁ秘密ではないんだが」
「何の話だよ、教授」
「そもそも魔法使いで使った例が、彼で三人目なのだが……」

 物思いにふける教授の傍らで、キジャが不気味そうにもう一人の少女に話しかけた。

「リーニャ、教授が変だぞ」
「何言うとんねん、元からやん。てか、宮廷博士いうんはなんでか突然考え事にふけるんや」
「そういえばブルグ爺さんもよく考え事してたなぁ」
「こらこら君たち、随分な言い様じゃ……ん?」

 リーニャの顔を見た教授が急に何かを思い出したように手を打った。あまりの大きい音にキジャとリーニャは驚いて教授を見つめる。

「リーニャ君!! そうだ、彼だよ、思い出した! あの時見た彼だよ!!」
「???」
「いやぁ、あまりに雰囲気違って気づかなかった。なるほどなぁ、だからか!」

 肩を揺さぶられて感動されても、リーニャには何が何だかさっぱりわからない。
 どうして頭のいい人間というのはこう話が飛ぶのだと。

「いや、すまないね。今クアラル・シティの病院で一人面倒を見ていてね、引き取ろうか考えていたんだが、連れて来ることに決めたよ! リーニャ君、君の知ってる人だった」

 ディルクの名を聞いたリーニャは、飛び上がるほど驚いたのだった。


  ◇◆◇◆◇


 飛び上がるほど驚いたのはディルクも同様だった。

「リーニャ!! お前、なんで!」

 へっへへーとドヤ顔で笑う彼女に、ディルクは目眩を感じた。だが、こんなところで思わぬ知り合いに会い、笑いたくなったのも確かだ。
 折しも今は教授宅に引き取られたディルク歓迎パーティー中だ。

「お疲れ様やったな、ディルク兄ちゃん。えらい大怪我したんやて?」

 リーニャが額を見上げると、そこには何もなかった。最後に会った時には宝石が散りばめられたサークレットがあったはずだ。相当のことがあったことくらい、リーニャにすら想像がついてしまう。
 ディルクは苦笑しながら、心配そうな顔を向けるリーニャの頭をポンポンとたたいた。

「心配ありがとうな。サヤも無事だし、大丈夫だからな?」

 するとリーニャは周りを見まわし、キジャや教授がバーベキューに集中しているのを確かめると声を潜める。

「ライサ……は?」

 ディルクは目を伏せ顔を横に振る。リーニャはそうかと悲しそうに下を向いた。

「心配か? ライサが。ラクニアであんなことがあったのに」

 すると彼女はキッと顔を上げ、ディルクを真正面から見据えた。

「あれはライサのせいやない! 違うんや……そう教授から聞いたん! ライサはあんな指令出さないて……そりゃ、敵国言うたらその通りなんやけど……」

 でもそれを止めようとしたのも、助けてくれたのも、自分をここに連れて来てくれたのも、この国の人だった。

「全く恨んでないわけやない。けど、少なくともライサや助けてくれる人は憎んだりできへん……間違うとるかな、うち」

 ディルクはその言葉に感心し、リーニャの頭に手をのせ、よしよしと撫でた。

「いや、いいんじゃないか。偉いな、リーニャは。ちゃんと肩書きや国籍関係なしに、人を見て自分で判断してる」

 本当に、皆が皆そうであればいいのにとディルクは思う。

「ライサ……ほんまやったんか……爆発で……死んだって……」
「いや、そこは回避したんだけど……」

 えっ、と顔を向けるリーニャに、ディルクは僅かにしまったと思いながら、自分の知る最後を簡単に話す。
 爆発からは救ったこと、気がついた時には自分は病院で、その後彼女の姿を見た者はいないこと。

「じゃ、ライサ……生きとる……筈やんな…? ディルク兄ちゃんが命がけで助けたんやもんな」
「……だといいけどな」
「えーけどなって……」

 なおも問い詰めようとしたリーニャだが、言葉を失ってしまった。ディルクの顔が血の気を失ったように真っ青になったからだ。
 ライサの生存を一番望んでいるのは彼なのだと思ったら、何も聞けなくなってしまった。

 あの時ライサは、全力で死のうとしていた。
 悔恨を遺さぬよう、ディルクにすら恨まれた形で。
 囮となったのを助け、感情を取り戻したまでは確認している。けれど、撃たれた後はーーディルクを殺した後は、わからない。
 生きようとしてくれているのかが、わからないーーーー。
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