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後編
第十七章 博士達の暗躍-3
しおりを挟む教授の助手として働き始めてから、見えてきたものは多かった。
軍の施設や研究所に、魔法使い達が捕らわれているのを知るのもすぐだった。
そしてそれを放っておけるディルクでもなかった。
魔力は戻らぬものの体力はほぼ回復したと確かめると、教授の助手として働き得たお小遣いで、ディルクは一人王都へと向かった。
(以前のような活気はないんだな。喪に服している家も多い)
当然だ。国王と王族の抹殺命令を雷子に下したのは自分だ。渡した王宮の見取り図は完璧だったし、雷子は将軍一の実力を持っていた。実際、国王や王妃をはじめ十数名の王族の死亡も確認されている。
そのことに同情しようとは思わなかった。
それ程に彼が失ったものも多く、何もかもが辛すぎて、余裕も何もなかった。
折角取り留めた命なのに、ディルクは最近、生きようとする執着すら薄れてきていた。
今もそうだ。魔力なしに軍や研究所を相手にしようだなんて、無謀もいいところだ。取り立てて作戦があるわけでもない。
それでも何かせずにはいられなかった。
(今度こそ死ぬかな……まぁいいか、それでも……)
魔力も全然戻らず、東聖の役割をこなす事ももうできない。
それでも最期に、少しでも意味のある死を迎えられるなら本望かもしれないと思った。
幸い東聖としての自分は、既に死亡扱いされている。リーニャには少しショックを与えてしまうかもしれないが、それも一時のことだ。
(シルヴァレンが聞いたら、怒りそうだな……でもまぁ、大丈夫か、姫さんもいるし)
ディルクは王宮への中央通りをひたすら歩いていく。王立の研究所やアカデミーは王宮のすぐ横だったと記憶している。
要領は覚えている。死の軍基地に潜入したときと同じだ。
防犯カメラの位置を思い出し、推測。見えるセンサーから死角を計算。建物へ滑り込む。幸い警報は鳴らない。
扉の前の警備員を一撃で失神させると、ディルクは素早くその制服に着替え、館内へと足を踏み入れた。
当然だが、研究所のセキュリティがそんなもので済む筈がない。
館内に入り、今度は研究員の制服とIDを手に入れたが、指紋認証や暗証番号の扉までは抜けることができなかった。
ディルクは天井を見上げる。通気口の蓋を外し、そっと身体を滑り込ませる。そのままずるずると狭い通気口に沿いながら奥へと進んだ。
(飛翔魔法……縮小魔法……隠匿魔法……意外になくてもいけるなー)
先代東聖に叩き込まれた潜入術は完璧だ。
やがて最奥部へと到達する。しかしそこまでの間に、魔法使いの研究と思しきところは見当たらなかった。
(思い過ごしならそれでいいんだけど……それとも軍の方に行かないとわからないか……)
ぶるっと身体が震える。以前軍へ潜入した時を思い出す。
あの時は、彼女がいた。
魔力のない今、一人で行って帰って来られるとは全く思えない。研究所の比ではない。
やはり対策を立てて出直した方がいいかーーそう思い引き返そうとした、その時だった。
「ギャアアアァァーーグハァァア」
場にそぐわぬ人の叫び声、無機質な機械の音も聞こえる。
ディルクは咄嗟に声のする方へ向かい、そして真実を目の当たりにした。
十人ほどの、魔法使いだった。全員額には宝石の埋め込まれた輪がされている。
そのうちの一人に見覚えがある。
「ジェイド……!」
王都の平民街に住んでいたジェイドだ。
下町住まいに上級魔法使いなどいない。つまり額の輪は、彼が魔法を全て封じられていることを意味する。
下町の妙齢の者ならば、徴兵されて前線で戦っていた筈だ。
その彼が拘束され、目隠しをされ、血を流し悲鳴をあげている。機械が見えない彼には詳細は不明だったが、拷問と理解するのは難しくなかった。
他の者もよく見れば拘束され、何らかの苦痛を受けているようだ。意識のないもの、顔の判別もつかないものもいる。
(戦争は……まだ全然終わってなかったのか……っ!)
ディルクは拳を握り締めると、ジェイドの後ろにするりと滑り降りた。
人はいないが、警備ロボット、それに無数のカメラが設置されていることは想像に難くない。脱出は時間との勝負だ。
しかしその場にいた十人分の拘束を解いても事態は好転しなかった。拘束を解いた人たちは全員、床へ崩れ落ち、意識を失ったからだ。
「ジェイド、おい、ジェイドしっかりしろ!」
警報が鳴り響く中、ディルクは必死に名前を呼び続けた。しかし返事はない。反応もない。数人はこときれている。
警備ロボットが銃を構える音がする。複数人の足音も近づいている。
ディルクは咄嗟に魔法呪文を唱えた。この場から全員を転移させるための呪文ーーーーしかし、
「ぐっ……かはっ!」
生温かいものが込み上げる。床に吐き出すと、大量の血液が一面に飛び散った。思わず口を抑えるが吐き気は止まらない。
ディルクの魔力は全く回復していなかった。
それでも使おうとした、その負荷が、返って体力にもダメージを与えてしまったのだ。
敵地でこの醜態。今度こそ目覚めることはないかのしれない。もしくは、彼らと同じように拷問を受けるのか。
「だからって、こいつら置いて逃げられるかよ!!」
吐き出した自分の血を、手探りで警備ロボットの目の部分やカメラのレンズに塗りたくる。
そのまま二体、三体ほどロボットを叩き壊しただろうか。
その時、後頭部に衝撃を感じる。四体目の警備ロボットの一撃に、ディルクの意識が飛ばされる。
(いいか、もう、どうでも……)
拷問でも研究でも好きにするがいいと思った。
彼女のいないこの世以上の拷問などないのだからと。
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