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後編
第二十章 変わりゆく未来へ-2
しおりを挟む弟子の鍛錬、二人の時間の確保など忙しい毎日ではあるが、概ね順調に建国は進んでいた。
外交もディルクが務めているのでオスフォード王国側は問題ない。しかし。
(やっぱりメルレーン王国側が弱いんだよなぁ、仕方ないけど)
何せディルクの顔がほぼ効かない。そしてかの国王はヒスターだ。
もう過去のあれやこれやが災いして、面会ひとつとっても非常に気を使い、スムーズにいかない。
どうしたものかと唸りながら、ディルクはレーンフォード王国に戻った。
「あ、ディルク、おかえりなさい」
いつものようにライサのところに顔を出すと、彼女は一人の青年と一緒だった。どうやら来客のようだ。
ライサが青年にディルクのことを紹介する。
「こちらオスフォード王国の東聖ディルシャルク。わ、私の夫、となる人、です」
結婚式はまだだが婚約はしている、そんな微妙な時期の二人。未だ照れながら言うライサにディルクは苦笑する。
そしてライサが今度は青年を紹介しようと、ディルクに声をかけた。
「ディルク、こちら……」
しかし青年の顔を見て、ディルクは思わず目を見開く。
「ニー……マ?」
「え? あ、そう、こちらニーマ・ロイヤル博士。最近宮廷博士の称号を取られたの。今回この国と、あとオスフォード王国の視察をご希望されていてね。ヴィクルー先生からもよろしくって……ディルク?」
彼の様子がおかしいことにライサは気づいた。
ディルクの身体が震えている。
蘇る少年の日の記憶。幾度となくやったチェス。教えてもらった勉強。
心臓がドクンと鳴り、次いで熱いものがどんどん込み上げてくる。
(ニーマだ! なったんだ、宮廷博士に! 叶えたんだな、夢を!)
口元を抑え、叫びそうになるのを必死に堪える。
そんなディルクに、ニーマは首を傾げつつ、不思議そうに声をかけた。
「はじめまして、宮廷博士ニーマ・ロイヤルです。魔法使いでもトップの実力をお持ちの東聖殿にお目通りかなって嬉しいです。……というか、失礼ですが、クアラル・シティにいらっしゃいませんでした?」
「え?」
ディルクが驚いて顔を上げる。記憶は戻っていないはずだとドキドキする。
ライサが不思議そうに聞いてきた。
「クアラル・シティ? ニーマ博士、クアラル・シティ出身でした?」
「そうですよ。ヴィクルー博士と戦後少し魔法使いと関わっていまして。そこで見かけたような気がして。中央病院で……」
「え……っ?」
ニーマはその頃、知り合いのドクター達と戦後の魔法使い救助活動をしていたことを話した。
「クアラル・シティにそんなに魔法使いの味方がいらしたんですね。あそこは悪魔の噂もあって、否定派が多いものとばかり……」
「といっても二十人そこそこで、肩身は狭かったんですけれどね。随分と内戦も続きましたし。でも僕も彼らも何故か、魔法使いを嫌いではなくて……」
ディルクは涙を堪えきれなかった。今彼が挙げた魔法使いの味方とは、あの幼き日に世話になった人達ばかりだったからだ。
マリエルを始め、ドクターや診療所のスタッフ達、そしてクラスメイトも何人かいた。
記憶を消して忘れたはずの今も、そしてディルクを魔法使いと知らなくても、心に残り続けていたというのかーーと。
(そんなはず……そんなはずないのに……)
「え、ちょっとディルクどうしたの!? 具合悪い?」
耐えきれず座り込んでしまったディルクの元に、ライサが駆け寄って背中をさする。
ニーマも心配そうに覗き込んだ。
「いや、大丈夫……ごめん、そう、俺クアラル・シティにいたよ。助けて、くれたんだ……ありがとう……」
ディルクはゆっくりと立ち上がり背筋を伸ばす。そしてあらためてニーマの顔を真正面から見ると、スッと頭を下げきちんと挨拶をした。
「失礼しました。俺は第九十三代目東聖、ディルシャルク・アルナ・ロードリー。お会いできて光栄です、ニーマ・ロイヤル宮廷博士殿」
そして次の瞬間、ディルクはニコリと笑い、とても軽い口調に変わった。
「称号取ったんだな、おめでとう! 夢だったもんな、ニーマ。オスフォード王国の案内も任せてよ。本当は見せたくて仕方なかったんだからさ!」
言ってたよね、いつか自由に行き来できるようになったらいいなってーー。
「え、ディルク?」
「ディル……ク……?」
ニーマがその名をつぶやくと、同時に激しい頭痛が彼を襲った。頭の中にずっとあった霧がかかった部分が突如一斉に晴れていく。
ディルクが八年前科学世界を去る時に使ったのは記憶消去魔法であり、時間退行ではない。
過去や記憶が消滅したわけではなく、普段は思い出さず忘れているといった代物だ。
つまり小さなきっかけで十分思い出す可能性を秘めている。それがその人にとって強く印象的なことであれば尚更だ。
だからきっとーーディルクは確信があった。
彼なら記憶消去魔法などに負けない、きっと思い出してくれると。
ニーマは頭を抱えた。
ずっと不思議だったことがあったのだと。
魔法使いを嫌いじゃないとか、何が何でも宮廷博士を目指さないととか、何をしていてもそういう気持ちがずっとずっと心の底にあった。
そしてゆっくりと思い出していく。同じ目標を持ち一緒に過ごした隣国人のクラスメイトのことを。
「ディルク……って、あの、ディルク? クアラル・シティの、小学校の!?」
「あはは、思い出した! ほんっと久しぶり、ニーマ」
「ええっ、ちょっと待って、えええええっ!! 僕今まで忘れて……ええええっ!」
もう二人とも二十歳の青年だというのに、その様子はまるで十やそこらの子供のように見えた。
傍で見ていたライサも、二人の会話でなんとなくだがどんな関係か想像がついてくる。
「九歳で科学世界に行って、学校も行ってたって……本当だったんだディルク……しかもニーマ博士と同級生って」
クラクラと目眩を感じる。なんだこの世界の狭さはと。
「こっちだって驚きだよ! 何ライサ博士とよろしくやってんのさ! 彼女、研究所のマドンナなのに」
「ちょっと待って、ニーマ博士、何それ私聞いてない!」
「えっ、駄目、いくらニーマでもライサは渡さない」
ライサを挟みつつも青年二人の笑いが止まらない。八年の時を経ての異国の友人との再会。
「ディルクも……なってたんだな、宮廷魔法使い。東聖って最高峰じゃん。てかもしかして、これからもこうやって話せるのか?」
「ああ、もちろん! またよろしくな、ニーマ」
言って、二人は手をパチンと鳴らした。お互い目標達成おめでとうと言わんばかりに。
ニーマは難関だったメルレーン王国の王宮に所属し、かの国との接触をとてもやりやすくしてくれた。
たまにあの日の話に盛り上がりつつ、チェスなどをする。
二人の勝敗は五分五分のまま、対戦数だけがどんどん、どんどん増えていった。
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