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冒険編
第四章 死の軍-2
しおりを挟む「ライサさーん!」
サヤが辺りに向かって声を張り上げる。リーニャが戻ってきた。
「あかん。こっちもおらへん」
「そう、困ったわね。どうしましょう」
彼女達は今日、何度目かにいなくなったライサを捜していた。
途方にくれた二人は、腰のかけられる岩を見つけて座り込む。
サヤはふと思いたち、リーニャに話し掛けた。
「ねえ、リーニャ、ライサさんのことどう思う?」
三人で行動して早五日。サヤはリーニャの母親を治した時から、ライサを不思議に思っていた。
ラクニアは魔法医学が発展しており、サヤも医学にはかなり自信があるにも関わらず、彼女の母親の治療は難しかった。
それをいとも簡単に治療してしまったのだから当然である。
だが、リーニャはどうだろう。他の人の目からみればどう見えるのだろう。
突然の問いにリーニャは不思議そうな顔をしたが、すぐに答えが返ってきた。
「うち……なんか怖い」
予想外の答えにサヤは驚いた。これはよくないだろうと思い、フォローをするため話を促す。
「ライサ、この前何もないところから火だけつけたんや。魔法の呪文も痕跡も何もあらへんかった……」
リーニャはポツリポツリと話した。
魔法使いにとって魔法構成なしに火をつけることは、不可思議現象以外のなにものでもない。
サヤは黙って話を聞き続けた。
「や、やっと戻ってこられた……」
ライサはサヤとリーニャの姿を認め、そちらへ向かって歩く。すると突然リーニャの叫び声が聞こえた。
「忘れよう思ったけどやっぱ怖い! 何者なんねん! なんで何にもないとこから火がつくんや!?」
「!!」
ライサはそれだけで自分のことだと確信した。咄嗟にその場から走り去って行く。
それに気づいたサヤは追いかけようとしたが、リーニャをそのままにしておくわけにもいかない。
迷っているうちにライサの姿は見えなくなってしまった。
(馬鹿馬鹿! ぼーっとしてて思わず使っちゃったんだ、ライター)
リーニャの言葉にライサは心当たりがあった。走りながら自己嫌悪する。
リーニャとサヤは魔法世界で初めてできた女同士の友達だった。ライサも別れることなどないように十分注意していた筈だった。
だがやはり二人とも奇妙に思っていたのだ。
「そろそろ目が覚めたかーーライサ・ユースティン」
突然背後から聞こえた男の声に、ライサは涙をふきながら振り返る。
「あ、あなたは!?」
ラクニアの街で一度だけ会った男。出発前にサヤと待ち合わせをした噴水の前で、ライサに声をかけてきたあの男。
「私の名前をどうしてーーーーぐっ!」
突然腹部に激痛が走り、ライサは呻き声と共に意識が遠のいていくのを感じた。
男の拳がみぞおちからゆっくり離れ、そのまま倒れ込む彼女を右肩に担ぐ。
どこかに連れていかれるーーライサはそこまでしか考えられず、意識を失った。
◇◆◇◆◇
(どこだろう、ここ。見覚えのない天井)
ぼーっと見上げながら、ライサは思考を動かし始める。
「お目覚めかね。ユースティン宮廷博士殿」
声がすぐ傍から聞こえ、ライサは反射的にとび起きた。
「ご丁寧に我々の仕掛けた爆弾を殆ど解体してくれたようだが」
「誰!?」
「俺か? そういえば自己紹介がまだだったな」
ライサのことを宮廷博士と言っている。彼は科学世界の人間に間違いない。
そしてよくよく見てみると、男は軍服のようなものを着ている。どこかで見覚えがあるデザインだった。
「ダガー・ロウ……で、わかるか?」
ライサは記憶を呼び起こした。聞いたことがある。
だが思いついたあまりにも信じがたい名前に、疑いを隠し切れなかった。
「死の……軍……指揮官?」
死の軍ーーそれは科学世界で、対魔法使い用につくりあげられた軍隊である。
魔法世界を否定しつつ、一方でいつか来るかもしれない隣国からの襲撃に備え、科学世界最強の軍隊をつくりあげていた。
あまり一般人には知られていないが、王宮に関わる者達にとっては公然の秘密である。
あらゆる暗殺技術をたたきこまれた戦いのプロフェッショナルの集団。そしてその指揮官が確かそんな名をしていた。
だが、ダガー・ロウといえば、二年ほど前に死亡した筈である。彼女が疑うのも無理はない。
「俺は二年前からここにいる。赤外線探知機で結界を越えてな」
彼は既に結界が赤外線探知機で見えることを知っていた。ライサは自ずとここに来た目的を悟る。
「この魔法世界で何をするつもり?」
なんとなくわかっていながらも敢えて問いかける。
魔法世界への侵略ーーそれこそが目的であろう。
答えるまでもないと思ったのか、ダガーはその質問を流し、ライサに別の質問をしてきた。
「ところで宮廷博士どの、兵器の開発にご興味は?」
「ありません!!」
ライサは即答した。まさかこの男は自分に、魔法世界を壊すための兵器を造らせようというのか。
「おやおや。俺は王令に従っているんだぜ? 宮廷博士が王令に逆らうのか?」
「!?」
ライサは愕然とした。
王令ーー即ち科学世界の国王様が、魔法世界を壊そうとしているということ。
(姫様は……このことをご存知で……?)
疑問だけが頭を過るが、確かめる術はない。王女との連絡などラクニアを出て以降取れなくなっている。
全て自己判断するしかないが、彼女の答えに変わりなどなかった。
「私には命は下っていませんから! 失礼します!」
ライサはくるりと踵を返した。背後からダガーの言葉が聞こえる。
「まあ、そのうち造ってもらうさ。そうそう、この基地、レーダーあるぜ? 逃げ出そうとしたら、わかっているな?」
くつくつという笑い声と共に、ダガーは去っていった。彼女は部屋に一人取り残される。
(いーわよ、どうせ外の世界に待ってる人なんていないもの!)
閉じ込める気ならただ飯食らいしてやるわ、と開き直る。そして、ダガー・ロウの言った言葉を思い起こした。
兵器開発など冗談じゃない。
「そりゃあ確かに大量殺人の為の毒ガスとか、完全犯罪目論むための毒薬とか、原爆水爆を上回る爆弾とかできないこともないけど!」
こぶしをグーにして「私に不可能はないっ」と力みながら、発言自体に問題がありそうなことを、つらつらと述べまくる。
そして一通り言い終わると、ライサは一緒に放り込まれた鞄から書状を取り出し、無事を確認した。
書状は暗証番号付きのケースに入れており、外から見えるものでもない。
そうそう何かあることもないと思いつつも、ホッとする。
(もしかして託された書状は、この件に関すること?)
しかし何故宛先が魔法世界の国王でなく王子なのだろう。
そもそも王子の存在を何故王女は知っているのか。実は国交が秘密裏にあるのか。考えればキリがない。
ライサはサヤの顔、リーニャの顔を思い浮かべ……そして、最後にディルクの顔を思い出す。
侵略なんて、戦争なんてしたくない。
例え彼らに嫌われてしまったとしても、ライサは戦いたくなどなかった。
そしてなによりダガー・ロウと自分の国の王とのこと、王女とのことーー科学世界での暗い部分をも見てしまったライサは、科学世界こそが全てという今までの自分の考え方を、信じられなくなってしまっていたのである。
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