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冒険編
第七章 北聖の言葉-2
しおりを挟む最初にディルクが話し始める。
「今回の科学の事件に関しては、まずネスレイが予知したことなんだが……」
「そう、我が主人ネスレイ様が不穏な気配に気づき、いち早くラクニアの西聖ガルデルマ様にこのことをお伝えになったのですよ。科学の者達が騒ぎを起こし始めたのは、その予知の少し後、実はここ最近になってからなんです。それまではそれはそれは皆、平和に暮らしておりました。日が昇ると同時に人々は活動を始め、夜になればその日一日の成果を互いに労いあい、飲んで騒ぎ、笑いあう……」
と、ドパ。ディルクは顔をしかめながらも話を続ける。
「でもその事件の原因が全く解明されないものだから、俺も王都から派遣されて……」
「調査が難航していたところに、ライサさん、あなたがいらっしゃったのです。科学が原因と判明したばかりでなく、爆撃まで減ったではありませんか! そこでもう一度ネスレイ様が、あなたのことを加味して予見してみたところ、吉、とでたんですね! ただしその吉は、あなた単独ではなく、共に協力しあってこその吉! 早速そのことを折り返し、ガルデルマ様にお伝えになり、あなたの守護はむしろ強化される予定でした。四聖たるもの、常に怠ることなく互いに情報交換を行っているのです。ふふ……驚かれました?」
と、またまたドパ。ディルクの眉間には皺がよっている。
「要するに、この件の対応は強制的に、俺と、お前頼みということに……」
「ええーあなたの身の安全を確保した上で、更に協力こそが重要でしたのに、事情の説明もしないまま部下任せにした挙句あなたを見失い、大変な目にあわせてしまったというわけです。ああ、なんということでしょう! 折角ネスレイ様が助言してくださったのにですよ! それを全く活かさず、危険を防ぐことができなかった。要するに、この御方の完全なるミス……」
そこまでドパが言ったとき、ディルクはドパの襟元をつかみあげた。
「うるせぇ! だからお前は黙ってろって……」
パンッといい音が鳴り響く。
最後まで言いきる前に、ディルクは頬に平手打ちをくらっていた。
「だから、コトバ、控えなさいって言ってるでしょ!!」
ライサの平手打ちは思いのほか痛かった。ディルクは自分に何が起きたのか把握できず、一瞬呆然とする。
その様子を見て笑い出したのは、執事のドパ、それに北聖ネスレイだった。
二人とも彼の顔を見て大爆笑している。ドパがディルクをポンポンと叩きながら言った。
「あっははははは! そうそう、言葉は気をつけなければいけませんね! それにしても、ひっ……ひっぱたかれるなんて! 先代以来じゃないんですか? しかも顔真っ赤! 腫れてますよ! でもよかったじゃないですか、ミスの罰がこの程度で済んで……ふふふっ! あーそのライサさん、一応この御方とネスレイ様は、ご友人であらせられましてね……うくくく」
「ゆ、友人!? ど、どうしてまた!」
「うるせーなドパ。一応ってなんだよ一応って……ライサも驚きすぎだ、ったく」
ディルクはふてくされながら、ドパの爆笑を聞いていた。
◇◆◇◆◇
ライサが退室した後、ドパも部屋を出て行き、ディルクとネスレイが残った。
と、彼らを呼ぶ声が聞こえる。
『ネスレイ、ディルク』
二人が同じ方向に顔を上げそれぞれ応じると、そこに魔力が発生する。続けてよく知る顔が浮かび上がった。
西聖ガルデルマからの通信魔法である。
『や、ネスレイ。ディルクの彼女はどうだった?』
「ガル……お前いつまでそのネタ引っ張る気だよ」
「問題ない」
「いや、そこは突っ込み入れろよ、ネスレイも!」
じと目で抗議するが、二人ともそれには触れず、話を進めた。
『じゃあまず報告。例の軍事施設は調査を入れたけど、昨日の時点で何も残ってなかった。で、今朝出た国王指令がこれ』
半透明のガルが何処からか黄色い紙を出す。
それには各将軍宛に、科学世界からの侵入者における注意喚起が記されていた。
「受理済み」
「でたのか、イエロー。レッドになる前に動向が掴めればいいんだが」
国王が発令するイエロー及びレッドペーパー。
イエローは基本的に将軍や兵士のみを対象にした、注意喚起及び報告強化命令である。
レッドが発令されれば、全国民にまで及ぶ厳戒態勢がとられる。
『彼女を連れてる以上、一番軍と接触する可能性が高いのはディルクだからね』
「理由は何か」
二人の視線がディルクに向く。
ライサは隣国人とはいえ、軍とは無関係だ。なのに軍の標的となり、しかも対抗すら出来ている。
その理由が二人にはわからない。
ディルクは頭をかきながら呟いた。
「んー実はあいつ科学者。しかも科学知識は相当。宮廷博士の一人かもしれん」
二人の空気がピリッと緊張するのがわかった。
宮廷博士とは魔法使いが最も恐れる称号だ。未知の分野を知り尽くした科学者の最高峰。
科学世界の中では彼女こそが最強なのだ。
敵対心でなくとも、明らかに二人に警戒心が生まれたのがわかる。
この国の最高峰の魔法使いといえど、二人とも隣国に関してはほぼ知識がない。わからないということは、それだけで恐怖に結びつく。
それが敵国の最高峰の存在なら尚更だ。
それ故にディルクはあまり言いたくなかったのだが、やむを得まいとため息をついた。
「まぁだからこそお姫さんは、ライサを遣わしたんだろうけどな。この、敵国の魔法世界にさ」
「王女の使者か」
『今更なんだけどさ、手に負える? 俺たちだけで。君のことは信頼してるけど』
軍の報告はしたが、彼女のことは王子には話を通したものの、国王には伝えていない。
その瞬間彼女は捕らわれ、尋問されることが目に見えているし、当の王子にも報告時に嘆願されてしまった。
国王は容赦がない。直訴するならまず王子に、などという暗黙のルールが、民の間に蔓延するほどである。
だが、事情を知る者としては、慎重にならざるをえなかった。判断ミスで魔法世界を滅ぼすようなことは、間違ってもあってはならない。
しかし話が大きくなりすぎている気がする。そして、書状の内容も不明瞭だ。
「十中八九、今回の軍の侵略に関して書いてあるんだろうなーと思うけど。流石に王子宛のもんを見るわけにもいかない」
さっくりネスレイに王都に転移させてもらう考えもなくはないが。
「現状が吉」
「俺もそう思う。死の軍への対抗策がまだ万全でないのに、放って行くわけにいかない。それにある程度囮になれる筈」
『任せていいのかい? その囮役』
「てか、俺しかいないだろ」
まだマナの所にも顔出してないしとの呟きに、それぞれがこの場にいない、もう一人の友人の姿を思い浮かべた。
話が終わり、ガルの通信魔法が消える。
ディルクは大きく伸びをしながら扉へと向かった。そして扉に手をかけ、ふと動きを止める。
「そういえばネスレイ、ひとつ気になったんだが……」
「?」
ネスレイが顔を向ける。
「ライサが廃墟で賊に襲われた件、お前本当に予知してなかったのか?」
本来ならば賊退治はラクニア配属の兵士の仕事だが、あの時は街の調査に兵はほぼ駆り出されていた。だからたまたま到着したばかりのディルクが、ガルに頼まれて追った。
「他の道なく」
あの日あの時ディルクがあの場に行くことでのみ、最大の危機が回避された。他の者ではよい結果はひとつも見えなかったという。
しかし、引き換えにその先に見えたのは、この友の苦しみの未来。
それを知り、あえて賊退治にディルクを向かわせるよう、ガルに伝えたのはネスレイだったのだ。
「やっぱり知ってたか、ライサの来訪。偶然会ったにしては出来すぎだと思ったんだ」
「すまない」
「いや、お前は正しい。だってそれで、ラクニアの危機が回避出来たんだろ」
それにもう十分悩みの人生送ってる、とディルクは苦笑し、特に気にした様子もなく退室して行った。
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