隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第七章 北聖の言葉-3

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 一方ネスレイとの話を終え、ライサが部屋に戻ってみると、サヤとリーニャが待っていた。
 リーニャが面白そうに、どうだったか聞いてくる。

「そういえば、殆どお声を聞かなかった気がする。相当ご機嫌を損ねてしまったみたいだわ」

 ディルクの態度も悪いのよ、などと続けながら、ライサはため息をついた。
 するとサヤとリーニャが顔を見合わせ、それぞれに話し出す。

「あら、私もそうよ。あの方、一度に一言しかお話しになられないもの」
「うちも聞いたことあるわ、その噂。えらい寡黙で、お声が聞ければラッキーなんやて?」
「は?」

 ライサは意外な言葉に間抜けな一言をもらす。

「そして、傍にいる執事さん。あの方は一呼吸で百は話すとか言われているわね」

 北聖ネスレイは昔から呼吸器系疾患があったらしく、連続して二言以上話すと、息があがってしまうのだという。
 そのため魔法呪文もろくに唱えられない。それでも、彼は呪文なくして魔法を使えるようになった。
 そもそも呪文とは魔法を構成したり、魔法陣を描くための道しるべのようなもので、勘と経験があれば、なにも唱えなくても魔法は使えるという。
 それには構成時の精密さと魔力量が問われるが、呪文があれば、ある程度崩れて魔力量がなくても魔法は発動するので、普通は呪文を媒体にするのだそうだ。

「そういえばディルクも、あまり呪文みたいなの唱えないね」

 ライサがふと気づいて言うと、サヤは頬を赤らめ嬉しそうに語った。

「マスターの魔法は最高ですもの。北聖様にだって負けやしないわ!」
「そ、そうなの?」

 いくら自分の上司とはいえ、それは褒めすぎではなかろうか。
 仮にも宮廷魔法使いが相手だ。というより、サヤの態度は、上司への尊敬の意を明らかに超えている気がする。
 そんなことでは、王都でサヤの慕う王子の友人に会っても、誤解を招くのではないかーー。

 そこでライサはふと違和感に気づいた。しかし、その違和感を確かめようとする、その言葉が喉の奥でつっかえて出てこない。
 北聖の屋敷の用意された部屋で、寝る前にひとしきりガールズトークをしていても、その質問がサヤに発せられることはなかった。


  ◇◆◇◆◇


「おはようございます、マスター」

 翌日、女性陣の泊まった部屋に訪れたディルクを、サヤは笑顔で迎えた。

「おはようフィデス。二人は?」
「あちらで、仲良く話してますよ」

 サヤの指す先に二人の姿が見えた。しかしその様子にディルクは顔をしかめ、何かを考え込む。

「……呼んできましょうか?」

 主人の顔がだんだん険しくなってきたことに戸惑い、サヤは声をかけた。
 しかし、ディルクは「入るぞ」とぶっきらぼうに言うと、そのまままっすぐ二人の元に向かう。
 随分と不穏な空気に、サヤは慌てて彼を追いかけた。

 話に夢中になっていた二人は、いつの間にかディルクが傍にいたことに驚いたが、すぐに表情を緩め、彼を笑顔で迎える。
 リーニャは手にライターを持っていた。

「なーなー見てみ! うち、呪文なしで火ぃつけられるんやで!」

 そう言いながら、リーニャは得意そうにライターで火を出してみせる。
 もちろん彼女にはプラスチック製ライターの姿は見えていないはずである。手探りでつけているのだ。
 それを見て、ディルクの表情は更に険しくなっていく。

「ディルク? どうしたの?」

 彼の様子に気づいたライサが声をかける。
 と、ディルクは突然彼女に向かって怒鳴りつけた。

「ライサ、ここは魔法世界で、その子は魔法使いだ! リーニャが魔法使わなくなっちまったら、どうするんだよ!」

 ライサは、はっとした。確かにこんな風にどんどん、変に科学に馴染んでしまったら、リーニャはどうなるのだろう。
 魔法を使わなっていくこともあるかもしれない。
 でも、たかがライターである。大袈裟なーーそんな思いも彼女にはあった。
 リーニャが傍で、自分が欲しいと言ったんだ、ライサは悪くない、そう訴えていたが彼は聞く耳持たなかった。

「もし、魔法使いをーー魔法世界を混乱させるようなら、すぐにでも科学世界に強制送還する!」

 本気の牽制だった。
 科学世界に行ったことがある彼には、そのくらいやってのけそうな説得力がある。

「わかったわ」

 ライサは低い声で応えた。まだ帰るわけにはいかない。

「みなの前で科学の力は使わない」

 そしてリーニャにライターを返してもらう。「ごめんね、あげられなくて」というライサに、リーニャは心配そうな顔をしながら応じる。
 ディルクはそれを見届けると、険悪な雰囲気をそのままに、身支度を整える為さっさと自分の部屋に戻って行った。


  ◇◆◇◆◇


 ディルクがネスレイに挨拶を済ませて退室すると、そこにサヤが待っていた。
 彼が扉を閉めるのを待ち口を開く。

「先程の……言い過ぎじゃありません? マスター」

 サヤが小さく主君に告げる。ディルクが去った後の雰囲気は緊張気味だったという。

「しょうがないだろ。ここは俺が管理しておかないと」

 ため息をつきながらディルクは答えた。言い過ぎなのは自分でわかっていた。

「でも……だからお前がいるんだろ? フィデス。お前は何も言わないでいいんだからさ」
「ええ、マスター」

 サヤやリーニャが彼女とうまくつきあっていくために、嫌な役があるのなら、ディルクは自ら請け負うつもりでいた。
 ライサが異国人と知られた以上は、今までのようにはいかない。
 その気がなくても、科学が入り込みすぎては、後々厄介なことになるのは言うまでもない。
 サヤは主君の自分のための気遣いに、心配しながらも心が温かくなるのを感じた。

「あの……」
「ん? なんだ、フィデス?」

 恥ずかしさに顔を赤らめながら、彼女はなんとか声を発する。

「その……私のことも、サヤ、と呼んでもらえないでしょうか?」

 爆発しそうな心臓の音を必死に抑えて目を瞑り、サヤはじっとディルクの言葉を待った。

「え、ああ……そうだな、すまん。じゃあサヤ、これでいいか?」

 そういえばライサもリーニャも名前で呼んでいたなぁと思いながら、ディルクはいとも簡単に訂正する。
 一方、サヤは初めて名前で呼んでもらった幸せに、顔が緩まないよう必死に堪えていた。
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