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冒険編
第八章 地下都市ララ-1
しおりを挟む魔法世界は、南北に大きな河が流れている。
南方に位置する四大都市ララと南聖の屋敷は、北の街ベコからは河下に位置しており、四人は河に沿って歩いていく。
北聖の屋敷を出発して早二日。ディルクとライサのギスギスした雰囲気は今もなお続いていた。
ライサが何かをしようとすると、毎度毎度あからさまにディルクが不審な目を向けてくる。そしてサヤとリーニャが間に入って取り持つ、そんなことの繰り返しだった。
必然的に二人を関わらせないようサヤがディルクと歩くので、ライサは主にリーニャと話をしながら歩く。
リーニャは科学の話を聞きたがった。
ライサはそれが嬉しくて、科学の物は使わないまでも、そっといろいろな話を聞かせていた。
その日は、河の傍の小さな村で日が暮れた。
夕食を終え、借りた小さなコテージのリビングとバルコニーで、皆思い思いにゆっくりとくつろぐ。
ライサはテーブルで紙に数字を書きながら、リーニャに何やら説明していた。
ディルクがいつものように絡んでくる。
「なに、教えてるんだよ?」
あからさまに疑いの目をされたので、ライサはぶっきらぼうに答えた。
「算数よ、さ・ん・す・う!」
実際その時ライサは、足し算引き算といった計算の仕方を教えていた。
「魔法使いだって、算数くらいやるんでしょ?」
マホー馬鹿ってわけじゃないんでしょと言うと、ディルクは何も言わずに、バルコニーへ去って行った。
実際魔法使いも算数、数学を学ぶことが望ましいとされている。緻密な魔法構成や陣も、数学的な計算により、いろいろな理論が出来上がっていた。
ディルクも数学は得意な方で、彼が構成する魔法は、見れば芸術の域に達するような見事なものである。
残念ながらライサには、殆ど見ることはできなかったが。
ディルクが行った後、ライサはやれやれというように呟いた。
「厄介な奴と関わっちまった、とか思ってるんでしょうね」
便利屋の彼は、馴染みの宮廷魔法使いに雇われて、面倒な異国人である自分の護衛と監視をするよう、依頼を受けてしまったのだーーそのくらいの想像はつく。
しかしそれを聞いたリーニャは、即座に否定した。
「ちゃうちゃう! そないなこと思っとらんて。うちにライサの説明したとき、完璧にライサの肩もっとったもん。だからうち科学世界への偏見、きれいサッパリなくなってしもたんやで」
何度も怖い怖い怯える自分に、何時間もかけて、科学世界の説明をしてくれたのだという。
ディルク自身科学に興味があるからこそ、そんな説得が出来たのだし、リーニャが興味を持つ危険性にも目を向けられたのだ。
それを知ってライサは尚更ため息をついた。
(つまりそれ、科学関係なく、私自身が嫌われてるってことじゃ……)
科学自体は好きなのに、面倒を見なければならない対象がこんな自分であることが面白くないのか。
「というかディルクってば、サヤさんと仲良くしすぎなのよね!」
「へ?」
「ううん、なんでもない!」
ライサとリーニャは道もわからないので二人の後を歩くのだが、前方でサヤとディルクが並んで楽しそうに話しながら歩いているのを見ると、まるで恋人にしか見えないのだ。
対して自分に対する警戒心丸出しのあの態度。
別に誰がどういう関係でもいいし嫌われたっていいけど、あてつけるのはどうなのよ、と言いようのない怒り、そして不可解な悲しみが湧いてくる。
ライサは拳を握りしめ、半ばヤケになりつつリーニャに言った。
「よっし、くやしいから物理を教えてあげよう!」
それを聞いたリーニャは、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
◇◆◇◆◇
「国王様は戦争をされるつもりなのでしょうか?」
サヤとディルクは、コテージから少し離れた河岸で話をしていた。
「さあ……戦意喪失したとは聞いてないな」
休戦中とはいえ、相手の出方次第で国王は戦争を決断すると思われる。境界の壁も、要するに双方で壊しあえば崩れ去ってしまう代物だ。
そもそも兵役に就くものや将軍、宮廷に関わるものは皆、敵国との戦いの心構えを教え込まれており、それは古来より続く、先達からの伝統でもある。
そして自分の世界が狭いまま年をとった者ほど、自分と違う世界の者を認めず、頑固で変化を望まない。
所詮魔法と科学は相反するものと主張し、わかりあうことなど考えもしないだろう。
国王が戦闘意思を見せれば、皆それに呼応することなど想像に難くない。
「でも王子には全く戦闘意思がない」
ディルクは苦笑する。よくぞここまで、親子で似なかったものだなと思う。
「あちらのお姫様がお好きなんでしょう? きっとまだ忘れられないのですわ……多分、お姫様の方も……」
何故なら、王女側からライサが来たからだ。二人には現在、連絡の手段すらないのだから。
「一年半……なんだよな。連絡絶ってから」
この年月が二人にとって、長いのか短いのかはわからない。だが状況が刻々と変化しているのは確かだ。
少なくとも一年半前には、王女のまわりにライサという頼もしい存在はなかった。
「はぁ……よりにもよって、敵国の王女に王子が惚れるとか……」
ディルクはライサの言葉を思い出す。領主なら他に、誰とだって一緒になれるというのにーーと。
サヤはそんな主の反応を見て、ふと柔らかく微笑みを浮かべた。
「私は……わかる気がします。私もマスターが科学世界のお方だったとしてもきっと……」
「サヤ……?」
サヤは頬を赤らめ、言いよどむ。そして意を決して口を開いた。
「お慕いして……います。マスター……ディルシャルク様……」
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