隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第十一章 東聖の役割-3

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「離して! 逃げないから、お願い!」

 基地が見えなくなる程の距離を転移して来たところで、ライサは懇願するように言った。
 ボルスはゆっくりと解放する。

 ライサがラクニアでちらっと見たディルクの部下は二人。サヤと、もう一人の方だろう。
 肩ほどの黒髪をくくり、額には水晶が数個埋め込まれた、シンプルなサークレットが見える。
 長身で鍛え上げられた筋肉が服の外からでもわかり、ライサは無駄な抵抗を諦め、ため息をついた。

 と、突然腕を掴まれる。
 しかし、痛いと思うと同時に爽やかな風を感じ、その痛みが引いていった。怪我をしていたのを治してくれたようだ。

「あ、ありがとう。親切なのね」

 もっと手荒に扱われるものと思っていたライサは、むしろ大事に扱われている気がしてお礼を述べる。すると、

「マスターが悲しむ」

 短い一言が返ってきた。その内容に思わず苦笑する。

「マスターって、ディルクが? 私のことで? まさか」

 何で自分が怪我をするとディルクが悲しむのか、利用という存在価値さえあればいいだろうーーライサがそう言うと、ボルスは心底驚いたという顔を見せた。

「何故そう思う?」
「え、だって私は死の軍に対する切り札でしょう? 監視と警護をしてくれていたのも利用するためだから……」
「そんなわけはない」

 きっぱりとボルスは否定した。それなら縛って拘束し、脅して協力をさせれば済むことだと。
 ライサはドキリとする。確かにそんなことをされれば、何の訓練も受けていない彼女は簡単に無抵抗になるだろう。

「でも……私と一緒にいた理由なんて他に……」
「本人に聞けばいい」

 はっと顔を上げると、ディルクがその場に出現した。
 そこかしこに傷を負っており、ダガーとの戦闘の激しさを物語っている。
 気づいたボルスが即座に治療にあたった。

「マスター、戦況は?」
「うん、軽傷八十、重傷七。死の軍側はわからんが、相当の手傷を負わせて撤退した。いてっ!」

 隠密行動も叩き込まれていた彼らは、不利を悟ると驚く速さで去っていったという。

「ダガー……は?」

 ライサの遠慮がちな質問に、ディルクはため息を吐きながら答える。

「残念ながら逃がした。はー強ぇなーあいつ……」

 ダガーは死の軍のトップだ。そんな人とまともに戦って、無事なディルクも相当化け物である。

「ありがとな、ボルス。王都に報告頼めるか?」
「御意」

 短く答えるとボルスは姿を消していった。

 それを確認すると、ディルクはその場に倒れ込むように寝転んだ。外傷は消えても、まだまだ負傷したところは痛むようだ。
 横になりながら、「で?」と傍らに座るライサに声をかける。

「何が、本人に聞けばいいんだ?」

 ボルスが最後にライサに言った言葉だ。それだけ聞こえた、とディルクは言った。

「え、と……その、ディルクが私を拘束も強制もしないで、普通に一緒にいてくれた理由……?」
「拘束して強制がよかったのか!」

 それは悪かったと大仰に驚くディルクを、思わずポカリと叩いてしまう。

「ま、真面目に聞いてるのに! だって、利用さえできればよかった筈でしょう?」
「んーそれを聞かれたら、答えはNOだ。他の奴は知らないけど、俺はお前が王子に会うに足る人物かどうか、見てただけだからな」

 ガルもネスレイもマナも、結局のところ科学については無知に等しい。
 軍とは無関係のライサが味方についていてくれれば心強いと、結果利用したようになっても、それは仕方のないことだとも言える。

「そうだな……頼りにはしたか。囮にもなった。目は離せなかったというよりは離したくなかった」
「?」
「科学自体、元々気に入ってるからな、俺。しかも世界最高峰の宮廷博士様の科学なんて最高じゃねーか」

 立場的に皆の前では規制したが、本当はもっともっといろいろ見たかったと悔しそうに言う。
 そんな彼にライサは思わずクスッと笑った。先程までの緊張が徐々に解れていく。

「ま、俺が本気でお前を利用するなら、サヤやリーニャがいようがパソコン使わせて、ガンガン軍の情報ハッキングさせて国中に垂れ流させてんよ」
「ぐ……それをさせられてたらと思うと……立場ないわ、いろいろ……」

 祖国への裏切りもいいところだ。
 そんなことをしないでいてくれた彼に、疑ってしまった申し訳なさすら感じてくる。

 ディルクは身体を起こすと、ライサの頬にそっと手を当てた。彼女の心臓がドクンと音を立てる。
 大好きな、優しい顔だった。

「俺が科学を頼りだす前から、お前自主的に魔法使い助けてただろ。爆弾解体したり、リーニャの母親治したり」
「し、知ってたの……ってそっか、サヤさんに聞いて」
「敵だとか、利用しようなんて思わねーよ。……立場的にいけないんだろうけど」

 誤解したまま行って欲しくなかったと、こうして話せてよかったと言う。
 ライサは苦笑した。

「なんか、変だね、私達ーーきっと最大の敵同士なのに。今すぐここで殺し合ってもおかしくないのに」
「今なら俺負傷してるし、簡単だぞ、多分」
「馬鹿言わないでよ!」

 即答して、ライサはビシッと指を差しながら言う。

「そんな、弱い者いじめみたいなことしないわよ! いいこと? 戦うなら万全の状態で正々堂々とよ! 手加減抜き! 魔法なんてこてんぱんにしちゃうんだから!」
「ははっ、怖いなぁ、科学世界の宮廷博士殿は」
「全力の東聖殿ほどじゃあないわよ」

 そして顔を見合わせると、二人はくすくすと笑い合う。
 これから先、起こるだろう戦争を各々予感しながら。

「ねーディルク」

 再び横になった彼に、ライサは夕日を眺めながら話しかけた。

「ん?」
「姫様たち、会えるといいなって思わない?」
「あー……」
「考えてみたらロマンチックよね! 世界の壁を越えて恋を貫くなんて。素敵な愛だわぁ。姫様には是非とも幸せになってほしいっ!」

 両手を合わせ左頬に添えながら、自己陶酔を始めるライサ。
 心の奥に恋心を秘めつつ全てを諦めながら、代わりにとばかりに主人へとその想いを全力で馳せる。
 そんなライサに、ディルクもまた彼女への想いなど微塵も感じさせずに応えた。

「そうだなぁ。なんか出来そうだよな、意外と簡単に」
「でしょ! やろうよ、お二人の恋のキューピッド作戦!」

 具体案はもう少し待ってね、完璧な作戦練りたいわ、とうんうん唸り始める。
 ディルクはそんな彼女に微笑みながら思った。

(相互協力が吉……か。本当に何でも出来そうだよな)

 ディルクとて主人達の無謀な恋路に手を貸したくなかったわけではない。
 ただ、一人では難しかった。どう考えてもいい未来が見えなかった。
 けれど、今は彼女がいる。

(喜べよ、シルヴァレン。お前らはまた出会って、そしてこの先必ず一緒にいられるようになる)

 両世界の最高峰の存在を、その恋の味方にすることが出来たのだからーー。
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