隣国は魔法世界

各務みづほ

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冒険編

第十二章 王都到着-1

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 王都に入ったのは、翌日になってからだった。
 ダガーとの戦闘で痛みが残っていたディルクは、もう一晩マナのところに泊まり、王都への即日入りを避けた。
 王子に自分のそういう姿を見せたくないのだそうだ。

「変なところにこだわるのね」

 言いながら、ライサも例えば風邪を引いて寝込んでいるところなど、王女に見せたくないなと考える。

 王宮に直接転移はせず、二人は朝早くに街の入り口に降り立った。
 ライサが門番に通行証を見せようと鞄を開ける。
 しかし横を見ると、ディルクは何も用意せず門へ向かって行った。

「よ、ごくろうさん」
「ん? おおディルクか、お疲れ。また飲もうなー」

 ディルクは軽く手を振って、門を簡単に通過する。

(か、顔パスきた!)

 他の街の対応とは門からまるで違うのか、ライサは絶句する。

 王都は今までで最も大きな街だった。ラクニアよりも倍くらい大きい。
 中央の丘に王宮が見え、その周りに比較的美しい屋敷や施設、お店なども建ち並ぶ。王宮から離れるほど家が庶民的になっていくが、それでも人々には活気があるように見えた。

「よぉ、ディルク、久しぶり!」
「あら、ディルク。この間はありがとう」

 街を歩くと次々に声をかけられる。さすが彼の故郷である。
 みな、東聖であるディルクの顔を知っているのだ。
 しかしそれよりも、宮廷魔法使いである彼に、みんなしてタメ口なのに、身分にうるさいライサは驚きを隠せない。
 それを本人に指摘しても、

「あいつら王子にはちゃんと“王子様”って言うんだけどな」

 特に気にした様子もなく苦笑するだけだった。

「なぁディルク、横のねーちゃん誰だ? いっけね、野暮なこと聞いたかな」
「ディルク兄のよめか、けっこんするのか!」

 二人きりで歩いていると、そんな野次も聞こえる。

「いいかよく聞け、このおねーさんはなぁ、俺じゃなくて王子の花嫁」
「はい?」

 ライサが思わず振り向く。

「……の、側近として、今から王宮に上がるんだ。失礼言うなー」

 真面目だか冗談だかわからない調子で街の人達と話しながら、王宮に向かって歩いて進んで行った。


  ◇◆◇◆◇


「ディルシャルク!」

 貴族街に入ったところで、一人の青年に呼び止められた。
 長身で、金髪に青い目の、整った顔をした男性だ。素材はいいようだが、動きやすいようシンプルな服装をしており、額のサークレットには宝石が三つほどついている。魔法使いとしては、サヤより上級、四聖より下というところだろうか。
 周りを見回すとそういう人はたくさんいる。流石貴族街である。

 笑顔で手を振りながら歩いてきたその青年に、ディルクは呆れながら返事をした。

「……よぉ、なにやってんだ、こんなところで」
「散歩だよ。えーと、こちらのお嬢さんが、噂の君の恋人さん?」
「あのなぁ、お前までなんだよ!」

 顔を赤くして怒るディルクを宥め、面白そうに青年は笑った。
 また街中のように事情を知らない人のただの冷やかしか、とライサが呆れていると、その青年が直接声をかけてきた。

「はじめまして、遠いところをようこそ、ライサさん」

 おや、名前を知ってる、ディルクが教えたのだろうかとライサが首を傾げる。
 ディルクが不機嫌そうに、「えーとこいつは……」と言うと、青年は自ら名乗った。

「私はシルヴァレンといいます。どうぞよろしく」

 言って笑顔で右手を差し出してきた。
 シルヴァレン? 何処かで聞いたようなーーとライサが困惑していると、ディルクが軽く咳払いをして面倒くさそうに紹介した。

「あーライサ、こちら、このオスフォード王国の、シルヴァレン・エル・ディ・オスフォード第一王子だ」
「えっ?」

 そうだ、王女から預かった書状の宛先の王子の名だ。

「え、あれ……何で同じ名前? え……?」

 ライサがなおも困惑していると、ディルクがその目の前で手を左右に振って意識を戻そうとする。

「おーいライサー? ……ほらな、だから大人しく宮殿で待ってろって言っただろ」
「君がのんびりしてるからじゃないか。僕だって姫からの手紙気になっているのに」
「お、おおお王子様っ! なのですかっ!?」

 ライサが素っ頓狂な声を上げると、周りの道行く貴族達が一斉にこちらを振り向いた。
 しかし皆驚いた様子はなく普通に挨拶をして来る。

「ご機嫌麗しゅう王子様。ディルシャルク様もお久しぶりにございます」
「ラストン殿もお元気そうですね」
「ご無沙汰しております、ラストン殿」

 王子、ディルクもそれぞれに挨拶を返す様は、先程までの軽い調子と異なり、まさに貴族の振る舞いそのものであった。
 そんな調子で二、三組、軽く挨拶を交わし、去って行ったところで二人は息をつく。

「……君は本当、貴族街似合わないよねー」
「てか……こうなることわかってて、何で門から入って歩いて王宮まで来いなんて言うんだよお前はー。魔法もどってるんだし、転移すれば済むことだろ。平民街でもめっちゃ目立ったじゃねーか。俺はともかく」
「だってライサさんに見せたいでしょ、君の王都!」
「だああぁぁあぁああもうぅ!!」

 ライサは二人の様子に呆気にとられていた。仲が良い友人同士とは聞いていたが。

(えええ、私と姫様以上じゃない!? いやいや、私達だって負けてないわよ、うん!)

 一人謎の対抗意識に燃え、拳を握りしめる。

 王子は唸るディルクをよそに、あらためてライサに向き直った。
 何故だかこちらも唸っていると思いつつ、顔に出さず語りかける。

「ライサさん? えーと、そんなわけで。姫からの書状、いただけるかい?」
「あ、ははははいっ!」

 ライサが、慌てて鞄を開け、はっと我にかえる。

「え? ここで?」

 王子がニコニコ頷くので、戸惑いつつケースを取り出しロックを解除すると、彼女は震える両手で王子に書状を差し出した。

「こ、こちらでございます!」

 王子はその様子に苦笑しつつ、ありがとうと言って受け取ると、離れて待機していた警護の者を呼んだ。

「じゃあ、僕はこれ読みたいから帰るけど、ディルシャルクはこのまま、彼女とデートでもしておいでよ。ごゆっくり、ライサさん」

 にっこり笑うと、ディルクの抗議を流しつつ、さっさと警護の者と共に王宮へと戻って行く。

「ったくあいつは! なんか、すまんなライサ」

 彼女はまだ呆然としていた。なんとも呆気ない書状の受け渡し。
 こう、王宮の応接間みたいなところで、膝をつきつつ、仰々しくお渡しするのかと思っていたのだ。

「あーうん、それはない」

 少なくとも王子にも王女にも、そんなふうに受け渡ししたことはないと、ディルクはきっぱり断言した。
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