隣国は魔法世界

各務みづほ

文字の大きさ
39 / 98
冒険編

第十二章 王都到着-3

しおりを挟む
 
 ライサはゆったりとした服に着替え、上着を羽織ってバルコニーに出ていた。
 空を見上げると星が綺麗に瞬いている。魔法使いは基本暗闇でも見えるので、明かりは大量にはつけない。そのため、随分小さい星までも見ることができた。

「ライサ? まだ起きてたのか?」

 下の方から声がかかる。庭にディルクと思われる人影が、なんとか確認できる。

「えーと、ディルク、だよね?」

 人影は飛翔すると、ライサのいるバルコニーに降り立った。
 ようやく顔が確認できる。
 見ると、いつもの彼とは違い、とてもきちんとした格好をしていた。
 旅の最中は破れてこそいないものの、かなり質素な服だった。
 今は、絹を素材とし、青を基調とした服を纏っている。落ち着いた雰囲気の、だがかなり高価な衣装であることが一目でわかる。頭にはやわらかめの帽子を軽くかぶっており、額には、大きなサファイアのついた、とても上品なサークレットをしていた。

「え、どうしたの? その格好……ふふ、いいじゃない。東聖様みたい」

 まだじっくり観察しているライサに、少し照れながらディルクは答える。

「宮殿行ってたからな。書状のこととか聞いてきた」

 言ってディルクは、王子に聞いたことをライサに伝える。

「じゃ、国王様に知られた内容って、やっぱりラブレターなんだ」
「まぁな。しかもわざわざペンを変えて書いてたんだから、ある程度姫さんも想定してたんじゃないか?」

 そうかと、ライサはホッとしたような心配なような、微妙な顔をする。

「どうした? そこまで気にする内容でもないと思うが……多分」
「どうかなぁ。国王様は姫様を溺愛されてらっしゃるから」
「……」

 娘をたぶらかすなんて許さん戦争じゃ、などと本気で言い出しかねない国王の姿を思い浮かべ、嘆息した。

「戦争にならないといいな。戦いたくない……」
「……戦わなかったら、どうしたい? 俺達が、敵同士でなかったら……」

 ディルクが聞くと、ライサは考えることすらせずに即答する。

「そりゃあ、魔法の、魔力の研究でしょう! とことん付き合って貰いたいわ!」
「ははっ、いいな、それ。ずっと……一緒にいられるな」
「えっ?」
「あ、いや……」

 ディルクが顔を逸らし口元を覆う。ライサは特に気にも留めず、話を続けた。
 
「私ね……明日帰ろうと思う」

 その瞬間、夜の暗闇が一層増した気がした。何故か身体も重くなっていく。
 何か話さねばと焦り出す。

「そっか……久しぶりの、帰国だもんな。姫さんは元より、お前婚約してるんだって?」

 努めて明るい声でディルクが言ってきた。男いないとか言っておきながらと苦笑する。
 そういえばダガーがそんなことを言ったとライサは思い出す。

「姫さんの兄か弟か? メルレーン王国王子殿下。出世じゃねーか」
「違う! そんな婚約してないわ! 誤解!」

 ライサは力一杯否定すると、ペラペラと事情について説明しだした。
 ダガーが言ったヒスターという男は王女の弟であること、それ故に顔を合わせる機会は多かったこと、でも婚約などという話が出てきたのはつい最近で全く興味もないこと、向こうも宮廷博士という肩書が欲しいだけなことを一気に捲し立てる。

「だから、やめて! 間違えないで! ディルクだけは、そんな誤解しないで!」

 腕を掴んでの切羽詰まったような懇願に、ディルクは慌てて首肯した。

「そんな、血相変えなくても……」
「本当ね、絶対よ! というか、ディルクこそ、ちゃんとサヤさん大事にするのよ!」

 すると今度は、ディルクの方が怒ってライサに詰め寄った。

「待てよ、なんだよそれ! 違うって言っただろ。お前こそ、この間からいい加減しつこいぞ!」

 しかし今度はライサは引き下がらない。

「何言ってるの、いい加減気づいてあげなさいよ。どう見ても信頼し合ってるし、付き合いだって長そうだし、お似合いじゃない。どこがダメなのよ!」
「ダメじゃねーよ、いい奴だあいつは! 元々王子が落ち込んで臥せっていた時に、ラクニアから医者として呼ばれたんだよ。でも俺の部下ついてからはまだ半年だ。長い付き合いでもなければ、俺はサヤをそういうふうに見たことだってない! お似合いだとか言われたくねーよ、お前にだけは!」

 ディルクが力一杯否定する。サヤとの事情を添え、誤解を解くため、まさに先程のライサのように。

「何それ意味わかんない。私にだけって……」

 ふと、違和感に気づく。
 自分もさっき言った、ディルクにだけは誤解されたくないと。
 それは彼を意識しているからだ。特別に好意を持ってしまったからだ。
 想いを伝えることがなくても、せめて誤解だけはされたくないと……それは悲しすぎると。
 じゃあ、彼は何故、そう言ったのだーーーー?

「お前……?」

 ディルクの呟きに、ライサはギクリと身体を硬直させた。

(気づかれた……! 同じことに!)

 ライサは何も言わずクルリと背を向け、部屋に入ってバルコニーの扉を閉めようとする。
 ディルクは驚いてそんな彼女を即座に捕まえた。

「待てよライサ! お前……お前も、もしかして……」
「ち、違う! やめてディルク! そんな筈ないんだから。あったらいけないことなんだから!」

 溢れ出る涙。ディルクはもう、そんな彼女に黙っていることなど出来なかった。

「いや、違わない……」

 ライサの動きが止まる。彼から目が離せない。

「俺は……お前が好きだ、ライサ……」

 ディルクは静かにそう告げると、躊躇うことなく彼女の唇を己のそれで塞いだ。

 ライサは抗うことが出来なかった。ディルクにされるがまま、その口付けを受け入れる。
 何故、どうしてという疑問と共に、頭の中で何度も何度も彼の言葉が繰り返された。
 長い口付けの後、ディルクがそっと解放する。

「ごめんな、困らせた……忘れて、いいから」

 顔を上げようとしないライサに、ディルクはそれだけ言って部屋を出ようとする。
 すると今度はライサが咄嗟にその袖を掴み、俯きながら消え入りそうな声で伝えた。

「私も……困らせていい? ーーーーーー貴方が、好きです……」


  ◇◆◇◆◇


 翌朝まだ暗いうちに、ライサは着替えて荷物をまとめ、一人こっそりと部屋を出た。

 昨夜は結局夜遅くまで二人で過ごし、お互いの気持ちを確かめ合った。
 言うつもりはなかったと彼は言っていた。ライサも、伝えようとすら思わなかった。
 王子達のこと、とやかく言えないな、と苦笑する。
 それから互いに緊張しながらも、手を合わせ、寄り添い、キスをした。
 それは本当に夢のようなひと時でーー。
 それぞれの部屋に戻ったのは夜もかなり更けた頃だったが、ベッドに入ってからも、眠ることなど出来なかった。

 廊下をそっと抜け、玄関の扉を開ける。するとすぐさま後ろから声がかかった。

「黙って行くのか、ライサ」

 ビクッと彼女は身体を強張らせた。やはり昨晩のことは夢ではなかったのだと認識する。
 激しい動悸を抑えながら、小さい声で後ろ向きのまま呟いた。

「……ディルクの顔見たら、帰りたくなくなる、と思ってーー」

 すると彼は「ばかだな」と言いながら、後ろからそっと抱きしめた。

「夕方まで待てるか? ちゃんと壁まで送るから……」

 きちんと別れようーーディルクは腕に力を込め、震える声で呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...