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戦争編
第十六章 生物兵器の恐怖-1
しおりを挟む西聖ガルデルマは、三日ぶりにラクニアを訪れた。
ディルクの王都と同様、ガルにとってこの街は彼の故郷であり、ここでは彼は有名人だ。
男は殆ど兵役で召集されてしまったので、残っているのは配備された兵士と、それに女、子供、年寄りばかりである。
だが、ガルの姿を見かけると、皆一様に親しげに声をかけてきた。
前ほどの活気はなくとも、皆それなりに元気そうであり、ガルは安心する。
「ガルデルマ様!」
その時一人の兵士が息を切らせてやって来た。曰く、医師の手配は出来ないかと。
医師も当然徴兵されているので、いつもよりは数が少ない。
しかし、南部の一区画で高熱の病が流行っているようなのだ。
「わかった、屋敷にある分の薬を持って来る。後ほど様子を見に行こう」
ガルは軽く応じて兵士を戻した。
医療分野が得意なガルは、屋敷に薬や原料をそこそこ備蓄している。
大抵の病には対処できる自信はあった。医師を手配するにしてもそれからだ。
彼は屋敷に転移し、薬草庫の鍵がある自分の執務室へ向かう。
『ガル!』
すると、ちょうど魔法通信をしてきた北聖ネスレイに呼び止められた。
ガルが受信に応じると、そこに同朋の姿が浮かぶ。彼の顔は青ざめていた。
一体どうしたのだろう。ネスレイがこんなに取り乱すのは、かつてないことだった。
「なにか、あったのか?」
ガルは不安で、問い掛けずにいられない。
『ラクニアに死の軍!』
「何だって!?」
しかもその攻撃の手段が、人の体を蝕む病だと言うのだ。ガルは先程の兵士の言葉を咄嗟に思い浮かべる。
ガルの行動は素早かった。すぐ様ありったけの薬をかき集め、ラクニア南部に向かう。
現地は一見平穏そうに見えた。
しかしガルの不安はとまらない。近くにいた子供を呼び止める。
「やあ少年、なんかこの辺で変わったことはないかい?」
呼び止められた子供は一瞬驚いたが、ガルの顔を見ると笑顔を見せる。
「あ、ガルデルマ様や!」
同時に一緒にいた子供二、三人が振り向いて、ガルのまわりに集まりだした。
子供達はひととおりワイワイ騒ぎだすと、その中の一人がガルに向かって口を開く。
「そういえば、あっちの方でおかしな病気が流行ってるんやって。近づいたらあかんて、お母さんに言われたー」
子供が指したのは、もう少し街外れの一区画。
ガルは子供に礼をいい、近づかないように念を押してからそちらへ向かう。
現場に着いたガルは一瞬我が目を疑った。規模はまだ小さいものの、風邪などとは及びもつかないほどの症状が一目で確認できる。
悪夢とも呼べる状況が、そこには広がっていた。
◇◆◇◆◇
「ウイルス兵器!?」
その知らせを聞いたとき、ライサは卒倒しそうになった。
死の軍の一部が、魔法世界ラクニアの街に、ウイルスによる攻撃を仕掛けたという。
もちろん彼女の知らない範囲だった。
とうとう、科学世界側は生物兵器にまで手をだしたのである。
魔法使いは感染症には極端に弱いーーそうダガーと会話したのは、つい先日のことだった。
なにか使いそうな雰囲気はあったが、まさかこんな使い方をされるとは。
科学世界ではウイルスの危険度が四段階に設定されているが、危険レベル四に分類されるそのウイルスの致死率と感染力は絶大だ。
空気感染も起こすので、病人の傍にいるだけでも感染する可能性がある。
そして発病すると高熱をだし、発疹が全身に表れ、致死率も六割を超える。
「しかも、残ってるのは女子供、お年寄りに病人……」
リーニャや彼女の母親、近所の子供達の顔が次々と浮かんだ。
しばらくぶつぶつと独り言を始め、そして、彼女は慌ててその場にいる研究所所員に命令を始めた。
「早く、ワクチン……種痘をありったけ集めて! それと消毒用アルコールに解熱剤、あと栄養剤、点滴と注射器、清潔なタオルとガーゼも大量に用意して!」
所員達は俄かに騒ぎ始めた。そのワクチンの予防接種は、この科学世界では皆が受けており、しかも極めて有効なので危険はない筈である。
それでもどこかで発生したのか、ウイルスが変異して新たな脅威となったのかーーそんな思いから、所員達はライサの言うとおりの物の手配を始めた。
ライサは研究室をとびだし、この王都のみならず各地へも手配するため、廊下をパタパタ走り出す。
と、何者かに彼女はぶつかった。騒ぐ彼女を押さえつけ、手近の部屋に入り込む。
それでもなお騒ぐライサの口を、その人物はぐっと手で強くふさいだ。
「静かにしたまえ! ライサ・ユースティン!」
見ると、王子ヒスターがそこにいて、怒りの表情をあらわにしていた。
ライサはその恐怖にがくがくと震え、その場に立ちすくむ。
ヒスターは彼女の口から手を離し、両手を強く押さえつけて怒鳴った。
「貴方は、何をしようとしているんだね?」
「ラクニアの街へ行きます! ウイルス兵器だなんて酷すぎるわ!! こうしている間にもどんどん広まっている筈です!」
ギッとライサは精一杯ヒスターを睨んだ。彼は少したじろぎながらも彼女に言い返す。
「問題ない。かのウイルスに関しては、我が国では既にワクチンが存在し、全国民が免疫を持っている。対処法も万全だ……待ちたまえ!」
ヒスターの言葉も中途に、ライサは走ろうとするが、即座に止められる。
「我が軍が劣勢なのだ! 仕方なかろう! それに生物兵器を使うことも、レベル四のウイルスが使われることも、貴方には予想できた筈だ!」
「でも!」
なおも言い返そうとするライサに、ヒスターは諭すように語り掛ける。
「やはり、少し疲れてるんじゃないかね? 貴方は優しすぎる」
優しさは戦争には不要だよーーそう耳元でささやくが、彼女には逆効果だった。嫌悪感が背中を駆け巡る。
「離して! 私は行きますっ!」
ライサは更に暴れだした。だが所詮は女の力である。
ヒスターは難なく彼女を抑えるが、一向に落ち着く様子を見せない彼女に、怒りが湧き起こる。
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