隣国は魔法世界

各務みづほ

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戦争編

第十五章 開戦-4

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 彼女を現実に戻したのは、会いたくないもう一人の男の声だった。

「本気で戦う気はあるのか?」

 はっとライサは顔を上げる。死の軍指揮官、ダガー・ロウだった。
 戦況に不服なのはヒスターだけではなかったのだ。

「わかってる筈だぜ? 魔法使いの弱点」

 戦いは如何に効率的に効果をあげるかによる。
 当然、弱点をついた攻撃が最も効果的なのだが、今までは戦場でよく使う爆弾、銃、ミサイルなどを使った対戦がずっと行われていた。
 要するに、真正面から物理攻撃をしていたのである。

 これではあまり効率的でないことは彼女も重々承知していた。ダガーはそこをついてきたのだ。
 いつかは言われることだと思っていたが、使わずにいられるなら使わずにいきたかった。

「ええ……弱点は、感染症……あっちには、抗生物質やワクチンは存在しない」

 当然感染症にかかれば、抵抗力のない者から倒れていく。リーニャの母親は肺炎で亡くなるところだった。

「それに合成化学物質……未知なる物に対抗するには、それなりの知識と時間が必要」

 ダガーはそれを聞くと、満足したのか、何も言わずに去っていった。

 ライサは崩れるようにその場に座り込んだ。
 明かりはついているはずなのに、目の前がだんだん薄暗くなっていく感じがする。外の喧騒や実験器具の規則的な騒音が遠くくすんでいく。
 現実が酷く遠ざかっていくように感じられた。


  ◇◆◇◆◇


 一方魔法世界では、国王本軍も戦場に到着し、全員一同に顔を合わせていた。互いに労いと励ましの言葉をかけあう。
 しばらくして王子とディルクが国王の陣営に呼ばれた。

「双方ともご苦労じゃった。戦況を報告せよ」

 随時戦況報告は行っていたが、あらためて国王は問い掛けた。
 魔法世界側がだんだん優勢になってきたことに国王は大変満足している。
 今までは境界での争いが続いていたが、本軍も到着し優勢になったのを機会に、一気に攻めるつもりだった。

 ディルクが報告をしている間、王子は黙って平伏していた。
 だがしばらくして、耐えかねたように突然頭をあげる。

「おそれながら、父上、申し上げたいことがあります!」

 隣りにいたディルクはぎょっとした。王子の言うことなんて一つだ。

「こんな戦争はやめて、科学世界と和解すべきです! 犠牲者がでるだけです」

 国王はやはりというか、これ以上ないくらい憤怒した。
 まわりが皆、息を呑んでことの成り行きを見守る中、国王はそれ以上王子の話を聞くこともせず、厳しい声で命ずる。

「誰か、こやつを連れてゆけ!」

 すぐさま王子のまわりにいた者が数人で王子を取り囲んだ。
 王子は抗ったが将軍数人にはかなわない。訴えながらも、連れられて行ってしまった。
 ディルクはただ見ているしかできない。

「東聖よ」
「はっ」

 突然呼ばれ、ディルクはすぐさま返事をして頭を下げた。

「あやつはずっと、あんな感じだったのか? 全てお前が指揮をとっておったのじゃろうな」

 国王は嘆息した。

「私がとったのは細かい指示だけであります。全体的な指示は王子自らなされておりました」

 ディルクはフォローを入れた。少々脚色はしたが。
 だが国王は再び嘆息すると、あらためてまわりの者に指示を与えだした。

「王子の部隊及び風子ふうし光子こうしは王都に戻り、そこを守衛せよ。進軍は……」

 国王はてきぱきと、進軍する軍と、王都を守る軍に振り分けた。
 各将軍が預かる兵の数はおよそ一万であり、既に王都を含む四大都市にはそれぞれ二人の将軍が配備されている。
 それに加え四聖が一人ずつ、王都には王子と二人の将軍が戻ることになる。
 他五十の将軍と国王及び東聖が、科学世界に進撃する手はずとなっていた。
 国王の配備は完璧だった。



 夜遅く、ディルクは配下二人に指示を与えた。

「二人とも王子を頼むな」

 くれぐれも突拍子もないことをしないように念を押す。
 あの王子様、放っておいたら戦いを止めようと、自ら戦火に飛び込んでしまうかもしれないと。

「そんな、マスターお一人で残られるのですか!?」

 サヤは驚いてディルクにつめよった。彼はため息をついて言う。

「お前がこっち来たら誰があの件、やってくれるんだよ。あ、ボルス、頼むな。勝手にこいつが俺を追ってこないように見ててくれ」
「承知した」

 ボルスは応えると、サヤをつかんだ。

「ひどいです! マスター! 私はマスターの傍にいたいのに!」

 サヤは泣き叫んで訴えたが、ディルクはそれでも考えを変えなかった。

「一人のほうが動きやすいからな」

 言うと振り返りもせず本陣へと向かう。
 彼女はその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

 ディルクは彼女を傍においておきたくなかった。
 この期に及んでもライサを忘れきれない自分に、彼女の気持ちは心苦しかった。

 そして、これから先は本当にどうなるかわからない。死の軍もおそらく出てくるだろう。
 彼女を守りながらでは動きにくいし、守り抜けるかわからない。
 せめて無事でいて欲しい、なるべく危険からも遠ざけておきたい。
 王都で王子の傍に仕えるのが最も確実だった。


 翌朝、境界を越える勢いで魔法世界の大軍が陣を敷いた。
 その数はおよそ五十万。最初の王子の軍の約十倍である。
 科学世界側は魔法世界の進軍をいち早く察知し、負けじと軍を編成したが、流石に国王率いる軍勢である。

 途中ディルクの目が戻り見えなくなってからも、持ち前の強さと勢いでどんどん侵攻を続けて行った。
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